おくり人〜栞〜|綴23 『 頼る勇気 』
※本作品には、葬儀に関する描写が
含まれています。
ご遺体、告別式、供花など、
死に関連する場面が登場します。
※本作品は創作です。
登場する人物、団体、施設、企業は
すべて架空のものであり、
実在する人物、 団体、施設、企業とは
一切関係ありません。
※本作品は、
毎週 火・木・土 更新予定です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴24『 頼る勇気 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
べーさんと山本が、衝撃の土下座で合コンを
迫ってから二時間が過ぎていた。
作業場では、花を切る鋏の音だけが一定の
リズムで響いていた。
パチン。
パチン。
パチン。
「通夜が一件、葬儀が一件かぁ…」
栞は呟いた。
作業台の上には白菊、百合、小菊が並び、
べーさんは供花の段取りを確認しながら
忙しそうに動き回って山本へ指示する。
「山ちゃん、それ終わったら次こっちな」
「うぃーっす!」
返事だけは威勢がいい。
しかし山本の手は花を挿しながらも、
どこか上の空だった。
(竜誠の奴……絶対ビビるやろなぁ)
口元が自然と緩む。
"花屋って女の子ばっか"
"俺、モテモテやねん"
"しゃあないから合コン開いたるわ"
脳内では、まだ昨夜の電話の続きを
再生していた。
(アイツ……
『山本様〜!』って言うてたもんなぁ)
思わず一人で吹き出しそうになる。
「コラ!山本!!」
「はいっ!」
「笑う暇あったら手ぇ動かせ」
「……すんません」
いつものように、“山ちゃん“と呼ばない。
べーさんの顔には、苛立ちが浮かんでる。
浮き立ち、妄想の世界を漂う山本を現実の
世界へ引き戻すには充分過ぎた。
隣では、栞が黙々と花を切っている。
鋏は動いているし、手も止まっていない。
でも、頭の中は全く別の場所にあった。
(どうしよう……)
山本には腹が立つ。
自分で見栄を張った上、勝手に約束して…
勝手に困った結果、最後は土下座。
(ほんと最低…)
思い出すだけで少し腹が立つ。
でも……
その横で一緒に頭を下げたべーさんの姿まで
思い出すと、怒りだけでは終われなかった。
(べーさん……関係ないのに)
山本のためじゃない。
何も関係無いのに、そこまでしたべーさん。何より、あれ以上困らせたくなかった。
「……はぁ」
小さく溜息をつく栞。
頭の中で、次々に知り合いの顔が浮かぶ。
(誰なら……)
知り合いの名前と顔…
次々浮かんでは、すぐ消える。
山本の友達には、会ったことはない。
でも…。
彼を基準に考えれば、きっとロクな交友関係
では無さそうだ。
むしろ、彼に似た部類の友達ばかりと考える
ほうが自然なのかも知れない。
(山ちゃんの友達なんだから……。
絶対、テキトーでいい加減でノリだけ)
栞の勝手な想像は確信になっていく。
(そんな人に紹介したら……
もし嫌な思いをさせたら……
友達との関係まで悪くなる)
「はぁ〜〜〜…」
今度は、大きく溜息をついた。
栞は誰とでも浅く付き合うタイプではない。
だからこそ、一人一人との関係を雑には
扱えない。
(どうしよう……)
その時だった。
ブーッ。ブーッ。
ポケットのスマートフォンが震える。
画面には『花奈』と表示されていた。
『最近調子どう?😊』
栞は画面を見つめたまま固まった。
まるで、頭の中を見透かされたような
タイミングだった。
親指が画面の上で止まる。
「べーさん」
「ん?」
「ちょっと電話だけ……してきます。」
「あぁ、いいよ。
早く戻ってきてな!」
栞は鋏を静かに置き、エプロンで手を拭く。
スマートフォンを握りしめたまま作業場を
出た。
深く息を吸ったあと、薄く目を閉じる。
そして、花奈の名前をタップした。
『はいは〜い。
電話してくると思った!』
「花奈、私…悩んでる」
『どうしたの?
あのデカい葬儀の後だから〜
何かあったと思ったけど、やっぱり?』
「え〜っとね……それじゃないんだ」
『おや?じゃあ、何?
もしかして、ウチに来る絡み???』
「ん〜〜、違う!
あ、、、あのさ、合コンの人集め……
お願いされちゃって…」
「………」
電話の向こうから応答がない。
その時間は数秒。
しかし、栞には長く感じられる。
(……嫌だよね……やっぱり……)
『別にいいよ〜。
私で良ければ参加するよー!』
「えっ?」
『しっかしさぁ〜、驚いたよ。
しおちゃんが合コンなんて〜』
電話の向こうで、花奈が笑う。
『日時決まったら教えてね〜。
あっ、土日はブライダルあるからダメよ』
栞は胸と喉につかえてた何かが…
ゆっくり流れるようだった。
「花奈…ありがとうね」
『いいって〜。
しおちゃんは親友だしね。
あと、今の職場、辞めたくなったら
いつでもコッチはウェルカムだからね』
そう言って通話は終わった。
本当は花奈に、あと1人誰かを呼んで
欲しかった。
だけど、栞が感じている…この負担感。
親友に押付けるのは気が引ける…。
同時に、彼女が状況や理由も聞かずに
引受けたことが嬉しかった。
スマホの画面には、通話終了の表示だけが
残っている。
栞は、それを両手で包み…
そっと胸に当てて目を閉じた。
べーさんは、出来上がった供花を眺めると、大きく頷いた。
「栞!この二基、
会館へ持って行ってくれ」
「はい!」
ふっと、辺りを見回す。
山本の姿は見当たらない。
「あれ? 山ちゃんは?」
べーさんは呆れたように肩をすくめた。
そして、トイレを親指で指す。
「……またですか」
栞は苦笑いを浮かべ、供花を車へ積み
込んだ。
会館へ着く頃には、通夜の準備はほとんど
終わっていた。
家族葬ということもあり、式場は静かだ。
受付も整い、祭壇の白い花だけが柔らかな
照明に照らされている。
栞は供花を所定の位置へ運び、全体を確認
した。
「……よし」
会館の事務所へ報告に向う。
「ヨッシー、供花終わったよ〜」
「あっ、しおちゃん。お疲れ〜」
吉村は書類から顔を上げた。
「親族分は揃ってるし、締め切ってるし
休憩していけば?」
そう言って、冷えたペットボトルのお茶を
一本差し出す。
「ありがとうございます」
キャップを開け、一口飲む。
冷たさが喉をゆっくり通っていった。
「ところでさ。
そっちの男共、ちゃんと働いてる?」
吉村は笑いながら言った。
栞も思わず苦笑いする。
「べーさんは大忙しです」
「あれ?山ちゃんは?」
「……現実逃避してます」
「あははっ!」
吉村は机を叩いて笑う。
「それより、ヨッシー!
聞いてよ〜、今朝さぁーーー」
栞は今朝の出来事を話した。
土下座。
合コン。
退職宣言。
そして、土下座したまま動かなかった山本。
話せば話すほど、自分でも呆れてしまう。
「もう……全部アイツなんですよ」
「はははっ!」
「勝手に約束して、勝手に困って、
最後は私に丸投げなんですよ!」
「山ちゃんらしいねぇ」
「全然らしくて嬉しくないです」
栞はお茶を一口飲んで、大きく息を吐いた。
「一人は親友が来てくれるって言ってくれ
たんです」
「よかったじゃん」
「でも……
本当は、花奈……その子にもう一人
誘ってってお願いしたかったんです」
「え?なんでお願いしなかったの?」
「なんか、私が感じてる負担まで…
彼女に背負わせるのは嫌で……」
吉村は静かに聞いている。
「他の友達もいるんですけど……
山ちゃんの友達に紹介して、嫌な思いを
させたらって考えると……
お願い出来なくて」
さっきまで、笑い転げてた吉村は、
お茶を一口飲む。
「それなら、私、参加しよっか?」
「…………え?」
栞は目を丸くした。
「えっ!? ヨッシーが???」
「うん。私は構わないよ」
あまりにも自然だった。
まるで『今日、お昼一緒に食べる?』
くらいの軽さだった。
「でも……」
「あ〜気にしない、気にしない。
ほら、山ちゃんのことは知ってるし。
あの馬鹿くらい、いなせるよ」
その一言だけで、栞の肩から何かが少しだけ
下りた気がした。
「それにさぁ、しおちゃんの親友、
ちょっと会ってみたい。
それが目的」
「え?」
「だって、
しおちゃんが親友って呼ぶ人だもん。
きっと、いい人なんだろうなってね」
栞は何も言えなかった。
花奈は理由を聞かず受け入れてくれた。
吉村は理由を聞いた上で、自分から手を
差し伸べてくれた。
どちらも違う。
でも、どちらも温かかった。
「……ありがとうございます。」
栞が頭を下げると、吉村は笑いながら
肩を叩いた。
「その代わりさ。
山ちゃんが暴走したら、皆でしばくよ!」
栞は思わず吹き出した。
「それ、一番大事です」
ニッコリ親指を立てる吉村が、栞には逞しく
感じられた。
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