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おくり人〜栞〜|綴16 『 赤い薔薇 』 後編

※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
  登場する人物、団体、施設、企業は
  すべて架空のものであり、
  実在する人物、 団体、施設、企業とは
  一切関係ありません。

※本作品は、 
  毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴16『 赤い薔薇 』後編

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

夜明け前の本堂には、
まだ誰の気配もなかった。

境内を包む朝靄が、
巨大な本堂の輪郭を曖昧にしている。

しかし、本堂の奥だけは違った。

仏前には一人の老人が座している。

頑固鉄斎寺住職。

齢八十を超えたその背筋は、
今なおシャンとしている。
後ろ姿だけをみれば、壮年の男性だ。

深く息を吸う。

そして静かに経を唱える。

低く響く読経の声は、本堂の梁を伝い、
幾重にも反響しながら闇へ溶けていく。

長い年月。

住職は数え切れないほどの人を
見送ってきた。

数え切れないほどの家族を見送ってきた。

その中には、彼の恩師や友人。
古くからの檀家。
そして…自身の両親。

だからこそ分かる。

人は、いつか死ぬ。
そして、寺も永遠の存在ではない。

それは抗えない…不変。

読経を続ける額に汗が滲む。
閉じた瞼を汗が伝う。

(伝統とは何だ)

(格式とは何だ)

(仏の教えとは……)

何百年も守り、受け継がれてきた教え。
そして、守り続けられた戒律。

その一つ一つは、先人達が積み重ねた
知恵であり祈りである。

だからこそ…軽んじてはならない。
崩してはならない。

しかし……本当にそうなのか?

住職は胸の内で問う。

もし、仏の教えが形そのものならば。

なぜ仏教は海を渡ったのか。

なぜ国ごとに姿を変えたのか。

なぜ……
同じ仏を拝みながら異なる宗派が
生まれたのか。

経の響きだけが続く。

やがて問いは別の方向へ向かった。

寺を維持するには金が必要だ。
それは事実であり、綺麗事では済まない。

瓦は朽ちる。

柱は腐る。

境内は荒れる。

僧も食べなければ生きていけない。

寺を守るには金が必要だ。

では……

その金を得る為なら何をしても
許されるのか?

お経を読む声に力が入っていく。

(違う!)

(それは、断じて違う!)

もし金だけを追うなら、それは寺ではなく
商売だ。

だが……逆もまた然り。
金を拒み続け、寺が途絶えるならどうだ。

守るべき教えごと消える。

受け継がれてきた歴史ごと消える。

檀家は迷いの中に生きるだろう。
その時……祈る場所は失われる。

では……

寺が成り行くのと。
寺が途絶えるのと。

どちらが罪深い?

住職は静かに瞼を開に、静かに仏を眺める。
仏像は何も答えない。

当然だった。
答えは最初から外にはない。
問われているのは自分自身だからだ。

住職はゆっくりと立ち上がった。

本堂の障子を開ける。
朝日が差し込む。

(赤薔薇に正当性はあるのか?)

住職は静かに考えた。

仏教の歴史を振り返れば…
教えは何度も姿を変えてきた。

形は変わった。
言葉も変わった。
衣も変わった。
寺も変わった。

だが……
変わらなかったものもある。

仏の教え。
信仰。
教義。
そして…死者を弔う心。

残された者が手向ける祈り。
それだけは、これからも変わないと…
信じたかった。

中井美樹の真意が、亡き父への手向ける
祈りであって欲しい。
その表現が、赤薔薇であって欲しい…。

住職は深く息を吐く。

もし今回の赤薔薇が……
彼女の見栄の為だけなら、決して認めない。
権威の為だったなら赦されない。
金の為だけなら…未来永劫、死してなお、
それは”罪”として刻まれるだろう。

だが……

そこに故人を送る祈りがあるのなら。

その祈りを…
花の色だけで否定する資格は……
自分にはない。

住職は静かに数珠を握り締めた。

「証明してみせよ!!」

誰へ向けた言葉なのか。
自分へなのか。
遺族へなのか。
それとも仏へなのか……。
住職自身にも分からなかった。

ただ一つだけ確かなことがある。

今日…頑固鉄斎寺の本堂に。

歴史上初めて、赤い薔薇が運び込まれる。
そして、その気配が遠くで聞こえる
エンジン音だと確信した。



「で?
 どう挿すの?」

「分からない」

岩田の質問に即答する夏帆は、
ポケットをゴソゴソして…その手を止める。

栞には、この本堂に赤薔薇は不釣り合いに
感じられた。

燦然と黄金に輝く仏像に、赤薔薇…。
きっと夏帆は、この完璧な和の空間に対して
洋花の代表格である薔薇を合わせる
イメージがもてないのではないか?

自分ならどうする?
多分…いや、絶対にイメージ出来ない。

栞の頭の中では、
夏帆の思考が作られていた。


ガラガラ……。


背後で、本堂の扉が開かれる。
それともに、とてもいい匂いが…
風と一緒に本堂へ入ってきた。

「おはようございます。
 今回、祭壇を準備していただける方ね」

女性は、肩まで伸びた髪。
白いワンピースは、何故か気品と上質さを
感じさせる。
何より、その女性から感じられる雰囲気。

『住む世界が違う』

栞は何故か、その女性に圧巻されていた。
挨拶も忘れる程に……

「あ、どうも。
 今回担当させていただきます。
 榊夏帆です。隣は弊社部長の岩田」

「岩田です。
 よろしくお願いします」

「私は、この度お世話になります。
 中井美樹と申します。
 どうぞ、よろしくお願いします」

夏帆と岩田はペコリと頭を下げる。
対して、
中井美樹は深々と腰を折って頭を下げた。

栞には、中井美樹のお辞儀がとても美しく
感じられ…比較する。

自身の記憶で吉村のお辞儀は美しく綺麗だ。
しかし、中井美樹のそれは、それ以上。

理由は分からない。

「とても綺麗な薔薇ですね。
 生前父は、自分を送る際には赤薔薇で
 見送って欲しいと言ってましたので…
 今回、皆様には無理を言いましたね」

「滅相もないです。
 私達の使命は、故人様やご遺族様の
 お別れのカタチをお手伝いすること
 ですから」

珍しくニコリと微笑む夏帆の表情に、
栞は戸惑う。

(夏帆さんって…微笑むと可愛い)

「それでは、祭壇の完成。
 楽しみにしてますわ。
 きっと…
 亡き父も仏様も喜んでいただける
 祭壇になると信じてます」

「……」

中井美樹は、本堂の仏像へ手を合わせ。
それから本堂を出ていった。

「あれだな…」

夏帆が呟く。

「あぁ…ほんまそれ」

岩田が頷く。

栞には意味が分からない。
呆然としていると…

「お嬢ちゃん。
 大至急、菊200と白マム100。
 小菊2バケに、ハイブリ50本咲いてるの
 取ってきて」

「え??
 赤薔薇だけの指定じゃなかったんですか?」

「あぁ。
 赤薔薇だけで飾るよ」

「じゃあ…なんで?」

戸惑う栞に、岩田がウインクして言った。

「“間宮っち“。
 取り敢えず、“夏帆っち“の言った花
 持ってきて」

「じゃぁ〜岩ちゃん!
 挿そうか!
 菊が届くまで、それ以外を完成させるよ」

「ほいほ〜い」

2人を眺めて…言葉を聞いてて……。
栞は頭の中で叫んだ。

(なに?この人達???)



それからは、怒涛の時間が流れる。

花を届けた栞は供花配達の往復で走り回る。

祭壇なんて見てる暇はない。

供花を立てるパイプスタンドを、
両肩へ5本づつ担ぎながら境内を抜け本堂へ
向う。

本堂でパイプスタンドを並べたら、
再び境内を抜けて、駐車場の車から
パイプスタンドを両肩へ担いで本堂へ……。

一緒に運ぶ山本は、白いワイシャツから
肌が透けて見える。

汗なのか…供花の水が掛かったのか…
もうビチョビチョ。

「ちょっと、山ちゃん!!
 さっきから私ばっか運んでない?」

「はぁ、はぁ、はぁ、
 し……栞ちゃん、俺、もう無理!
 今日だけで10キロ痩せたかも!」

「あっ!ノブさんだ!!」

栞は、そこに居ない信孝の方向へ指さした。

ピューーー。

指差した方向も見ず、
山本は凄い早さで供花を両手に1基づつ
持ちながら、本堂へ駆けて行った。



葬儀担当の下澤は、ほとほと疲れていた。

信孝がサポートしてるとはいえ、
打ち合わせや準備確認は膨大すぎる。

通夜まで5時間残っているとは言え…
余りにも少なく感じられた。

それに…一番気になるのは祭壇。

依頼は”一面、赤薔薇で故人を送る”。
住職は怪訝な顔をするが…特に言わない。

しかし、
下澤へ対する態度は刺々しさがある。

(早く終わらせたい…)
(これ終わったら…休み申請しよ……)

そんな事を考えながら本堂の扉を開いた。

「おー、下やん。
 祭壇できたよ」

夏帆の言葉は、下澤へ届かなかった。

大きく見開かれた目は……
祭壇から動かせない、言葉が出ない。

その時、下澤の背後に気配がする。

「……なんと」

深く低い声。
しかし、頭と胸まで響く音。

住職は下澤の横に立った。
彼と同じように、祭壇から視線が離せない。

仏像を囲むように…

『 『  白  』 』

菊で形作られた蓮の模様。
蓮の中心には…
大輪の百合が無数に配置されている。

そして…
向かって右に故人が写る電照パネル。

パネルを囲むように、
赤薔薇が敷き詰められている。

まるで、パネルから仏像へ…
緩やかに色が溶けていく様は、
言葉に出来ない不思議な感覚だった。

口をパクパクさせ、大量の汗を額に浮かべる
下澤は…今や卒倒寸前だった。

「………よ…べ」

微かな言葉の断片が、住職の口から漏れる。
しかし、次の瞬間。
下澤は全身に強烈な電流が流れた。

「喪主を呼べ!!」

その声は本堂で留まらず、
恐らく境内全体に響いたのかも知れない。

「あら」

へたりこむ下澤に目に、本堂の入口で立つ
中井美樹と、その後にいる信孝の姿が
映った。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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