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おくり人〜栞〜|綴17 『 自他一如 』


※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
  登場する人物、団体、施設、企業は
  すべて架空のものであり、
  実在する人物、 団体、施設、企業とは
  一切関係ありません。

※本作品は、 
  毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴17『 自他一如 』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

大量の供花の札枠を抱えた栞は、
最後の力を振り絞って本堂まで辿り着いた。

「はぁ、はぁ、はぁ、
 ふぅー。
 アイツ……
 絶対あとでしばく!!」

車内でエアコンを全開にしてダウンする
山本の姿を思い出すと……
毒を吐かずにいられない。

(あれ?)

本堂の入口には、見慣れた後ろ姿。

(ノブさんだ……嫌だなぁ…、)

気持ちとは裏腹に、
札を届けないことには仕事が終わらない。

「お疲れさ……」


ガッシャーー!バラバラバラ。


信孝に声を掛けて本堂へ踏み込もうとする。
しかし、衝撃の祭壇が栞の目に飛び込んだ。

そして…両手に抱えた、札枠の入った
段ボールを落としてしまった。

鋭い信孝の視線が向けられる。
それよりも栞は祭壇から目が離せなかった。

(え?……白?)

怒鳴る信孝の声が遥か遠くに響く。

栞が立てた大きな響く音と、栞の様子。
それに一瞥すらせず…表情ひとつ変えない
中井美樹。

「まあ」

祭壇を眺めながら、それだけを口にする。

へたり込んでいる下澤は、その姿勢のまま
動けずに…ただ震えていた。

「どうかな?」

少し重く低い声が、住職から放たれる。

その表情は、怒が滲んでいるようにも
呆れているようにも…悲しそうにも見える。

「下澤さん」

中井美樹の声は、とても静かだった。
それでいて、何故かゾクッとする。

へたり込んだ下澤は、ただ顎を震わせ、
目元には涙を浮かべる。

彼女から放たれる死刑宣告を待つかのように…下澤は言葉を待つしかなかった。

ゆっくりと開かれた口から放たれた言葉は…

「とても素敵な祭壇に仕上がりましたね」

その言葉は、下澤の張り詰めた何かを
解くには充分だったのかもしれない。

声をあげて泣く下澤。

「あんたは…これでいいのか?」

住職の投げかけた言葉に中井美樹は微笑む。

「良いも悪いもありませんわ。
 仏様と父に供えられたものですから」

「……」

「それに、ご住職。
 生前、父が行った業があったとして…
 その業が、浄化されているようでは
 ありません?」

「……」

「父の葬儀で、ご住職から賜る
 お言葉が楽しみですわ」

そう言って中井美樹は、夏帆へ歩み寄る。

「榊さんでしたよね?」

「夏帆って呼んで下さい」

「夏帆さん。素敵な祭壇ありがとう。
 父に代わってお礼するわ」

中井美樹は、深々と腰を折って頭を下げた。

札枠を拾い集めている栞は、ここで驚く
光景を目にした。

深々と腰を折って頭を下げる夏帆の姿。

中井美樹と遜色ない美しいお辞儀。

(えっ?)

思わず札枠を拾い集める手が止まった。

「おい、花屋。しっかり見ておけ」

栞だけに聞こえるよう、信孝は呟いた。

中井美樹と夏帆は、ほぼ同時に頭を上げる。
そして、お互いの視線が交わった。

「……」

「……」

………。

……。

…。

無言の時間が流れる。
本堂へ吹き込む風に乗って、
落ち葉が、カサッカサッと鳴る。

「夏帆さん。あなた素敵ね。
 落ち着いたら、お誘いしたいのですが、
 よろしい?」

「恐縮ですね。
 その際は、お手柔らかに
 お願いしたいです」

2人はニコッと微笑んだ。
そして、中井美樹は住職の方へ向き、
深く腰を折って頭を下げ、本堂を出た。

「自他一如か…。
 この歳になって学ばされたよ」

住職は、夏帆の肩をポンと叩いて言った。
その横顔は柔らかく微笑んでいるように
見えた。
そして、本堂を出て行った。

(えっ?なに?)

その光景は、栞にとって不思議なもの以外
何ものでもなかった。

「花屋。札の順番。
 綺麗に並べとけよ」

信孝はそう言って、札の順番が書かれた
一覧表を栞に渡して本堂を出て行った。

「”夏帆っち”。なかなかだな」

「ですね。なかなかですね」

岩田と夏帆だけが理解出来る会話。
取り残された栞の目に泣きじゃくる下澤が
映る。

(ここに……仲間がいる……)



事務所に戻ると、机の上で寝そべってる
べーさんの姿があった。

「ちょっと!
 何してるんですか!!」

「栞…俺…もう無理。
 だって、一人で供花挿して…
 一人で入荷した花の水揚げしたんだぞ…」

似たような事言ってた奴が、助手席で
伸びてた気がする……。

「おー。べっち。
 なんか、見ないウチに偉くなったなぁ」

「あっ!!お疲れ様です!!」

全く生気の無かったべーさんが、
部長の一声で復活した。

「みんな、お疲れ様。
 中々ハードだったけど、無事
 終わってなによりだ。
 明日の出棺も頑張ろうな」

「はい!」

部長の声は…
柔らかくて落ち着く響きだった。

「なぁ、岩ちゃん。
 頑張ったから、メシ奢ってよ」

空気を読まない金髪娘は、ぷは〜っと
白い煙を吐きながら岩田へ言う。

「ちんねんもメシ行くか?」

岩田はトイレへ籠る山本へ、
扉越しに声をかけた。

「あ、おのぅ〜部長。
 色々聞きたいんですけど…
 いいですか?」

栞は恐る恐る岩田へ尋ねる。

「嫌だ」

「えっ?」

ニヒルな笑みを浮かべ、
岩田はウインクした。

「お嬢ちゃん。
 メシ食べながらでいいだろ?
 早く片付けて、行こうよ」

いつの間にかトイレから出た山本が、
猛スピードで片付けを開始してる。

「なんだ…あいつ元気じゃん」

栞は大きく溜息をついた。



通りの角を曲がると、一軒の古びた店が
見える。

赤提灯に風に揺れる暖簾。

年季の入った木造の建物は、何度も補修を
繰り返してきたのだろう。
壁の色は所々褪せている。

それなのに不思議と汚らしさはない。

むしろ、長く生きてきた者だけが持つ
味わいを感じさせた。

提灯の下には手書きの看板。

『居酒屋 漉志淡々』

達筆とも言えない。
かといって下手でもない。

店主の性格がそのまま滲み出たような
文字だった。

ガラガラ――。

途端に、焼き魚の香りと出汁の匂いが
鼻をくすぐった。

「いらっしゃい!何人?」

「5人」

カウンターの奥から聞こえる声に、
岩田が答える。

店内は広くない。
だが狭苦しくもない。

磨き込まれた木のカウンターに、
年季の入った丸椅子。

壁には木札のメニューが隙間なく
並んでいた。

『刺身盛り』

『鯖塩焼』

『だし巻き玉子』

『牛すじ煮込み』

『蓮根天』

『本日の小鉢』

「へぇ〜、達筆だなぁ〜」

「昔は、供花の札や門標も手書きだった。
 葬儀屋も、その花屋にも達筆な人が
 多かったんだけどなぁ」

べーさんの言葉に、岩田は昔を
懐かしむように言った。

「なんか、印刷されたメニューよりも
 温度がありますよね」

話に加わりたいのか、山本が発言する。

「そぉ?」

岩田は素っ気なく返した。

栞はカウンターの奥に目をやる。
酒瓶が並び『全国各地の銘柄』と
張り紙がされていた。

その中でも、一際目立つ瓶があった。

山口の銘酒『獺祭』。

磨き抜かれた透明な味わい。

「日本酒を飲まない人でも、
 名前だけは知っている酒だよ」

夏帆が説明してくれた。
だけど、栞の記憶には無い。

そんな栞を余所に夏帆は説明を続ける。

「獺祭の隣が、東洋美人。
 その2つ隣が雁木。
 店主の好みなんだよ。
 山口の酒が多いのはさ」

「夏帆ちゃんへのお勧めは、"八千代"
 一択だな」

店主が言う。

「いつも言ってるじゃないですか…」

「だって美味し、夏帆ちゃんに似合う」

店主と夏帆は笑った。

「しかし、よく手に入りましたね」

岩田の言葉に、店主は腕をポンっと叩いて
見せた。

岩田はニヒルな笑みを浮かべ「なるほどね」
っと呟いた。

「あのぉ…このお店って、夏帆さんの
 行きつけなんですか?」

「ちょいちょい来るよ」

「嘘つけぇ〜、夏帆ちゃん毎晩閉店まで
 入り浸ってるくせに」

栞の質問に答える夏帆に突っ込む店主。
夏帆は後ろ髪を掻きあげて「うるさい」っと
店主へ行った。

その表情は、どこか照れが含まれいるのを
栞は感じた。

明るい居酒屋の外では夜がふける。

栞は、岩田へ聞きたかった事を……
忘れていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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