なぜ優秀な医療STほど、こども領域に来ないのか
―それは「意志」の問題ではなく、「経験の動線」の問題です―
はじめに
「いつかは子どもの発達支援がしたい」——
そう思いながら、今日も成人の患者さんのカルテを書いていませんか。
ふと児童発達支援の求人サイトを開いては、そっと閉じる。
そんな夜が、何度かありませんでしたか?
「今さら小児なんて、経験がなさすぎる」——その一言で、何度も自分にブレーキをかけてきたのではないでしょうか。
でも、その”経験がない”という思い込みには、実はからくりがあります。
もしあなたがそうなら、まず伝えたいことがあります。
それはあなたの覚悟が足りないからではありません。
日本言語聴覚士協会の会員動向(令和7年3月31日現在)を見ると、有職者の勤務先は医療が60.50%、医療/介護が17.26%。
合わせて8割近くが医療・介護領域に集中しています。
一方で児童福祉は4.99%、学校教育はわずか0.37%です。
この数字は「医療STがこども領域に興味がない」ことを意味しているのではなく、むしろ逆だと考えています。
多くのSTは、養成校時代の実習経験のほとんどを医療施設で積みます。
指定規則上、実習時間の3分の2以上が医療提供施設、うち一定時間は病院・診療所と定められているからです。

人は、経験したことのある世界に身を置きやすいいものです。だから医療に流れる。
それだけの話であって、個人の情熱の差ではありません。
医療STが「持っている」のに、気づいていないスキル
こども領域への移行を考えるとき、多くの方が「小児の知識がゼロだから無理」と考えてしまいがちです。
ですが、医療現場で培った専門性の多くは、そのまま翻訳できるものです。
• 評価力:成人の失語症・高次脳機能障害の評価で鍛えた「症状から仮説を立てる」思考は、子どもの発達評価でもそのまま生きてきます。脳科学を基盤として日々臨床を続けてきた経験は、むしろ小児STよりも長けていると考えます。
• 多職種連携の経験:医師・看護師・理学療法士・作業療法士とのカンファレンスに慣れていることは、園・学校・福祉と連携する場面で強みになります。
• 家族対応力:病状説明や退院指導で培った「専門用語を生活言語に翻訳する力」は、そのまま保護者支援につながります。
• リスク管理の視点:摂食嚥下や医療的ケアの知識は、医療的ケア児の支援ニーズが増えている児童福祉領域で、むしろ稀少なスキルになりつつあります。
足りないのは「素養」ではなく
「小児領域での臨床経験の蓄積」だけであり、それは移ってからでも積み上げられるものです。

それでも移行が進まない、もう一つの理由
スキルの翻訳可能性を理解しても、実際に動く方が少ないのには理由があります。
• 児童福祉領域は事業所ごとに給与体系・キャリアパスがばらつき、病院勤務と比較したときの見通しが立てにくい
• 「子どもの発達」を体系的に学び直す機会が、現職者向けにはまだ少ない
• 医療現場を離れることで、専門性を失うのではという不安
これらは個人の努力だけで埋まる溝ではなく、受け入れる側の児童福祉・教育領域が、移行のハードルを下げる仕組みを用意する必要があると考えています。
研修体制の整備、給与水準の適正化、そして何より「医療での経験は無駄にならない」というメッセージを、業界全体で発信していくことが求められています。
経験は、移せる
需要は伸びています。
2012年の児童福祉法改正以降、放課後等デイサービスの事業所数は約1万9,000か所、利用者数は約30万人規模まで拡大しました(令和4年度、こども家庭庁資料)。
受け皿は増えました。
足りないのは、その受け皿に専門性を持ち込める人材です。
もしあなたが医療の現場で「子どものために何かしたい」と感じているなら、その気持ちは、あなたの適性のなさの証拠ではありません。

むしろ、これまで培ってきた評価力・連携力・家族対応力こそ、こども領域が今まさに必要としているものです。
キャリアは、ゼロから積み直すものではありません。
持っている経験を、置き場所を変えて活かしていくものでもあるのです。
参考文献
• 日本言語聴覚士協会(2025)「会員動向(令和7年3月31日現在)」
• 厚生労働省(2012)「児童福祉法の一部改正の概要について」
• こども家庭庁(2024)「児童発達支援ガイドライン等の概要」
