中庸 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
中庸と云う言葉を高等学校で深く理解しました。
以下の経緯での倫理社会への取り組み。
知的好奇心の方向性とも一致していて心地よい学習…
そして中庸と云う概念への出会い。

日本への先進文明のゲートウェイだった中国や朝鮮半島。故事にもその考え方の類型が見て取れます。


これは私の人生にとって糧(かて)となることになった重要なキーワードとなりました。それ迄(高校2年生位迄)、受験勉強、生徒会活動等に極端に選択と集中していた激しい生き方をして来た… その辺りは以下から樂しんで頂ければ…
私に取っては新鮮でした。高校生レベルとしてはかなり深めの理解だったと今でも自画自賛(笑)
バランス感覚
中庸なんて大上段に構えない… もうちょっと卑近(ひきん)な感じのニュアンス。

此処からの敷衍(ふえん)。高校生レベルでの理解の深化でした。

それでも、極端な取捨選択がネイティブなので頭で解って居ても行動が中々伴わなかったのもまた私らしい(笑)
そこから高校、大学…
社会人…
とぐるっと巡っての今は…
中庸の感覚も腑に落ちた感じかなぁ…
つづく
