今回の受験の結果に不満な方への応援歌 成功するまでバッターボックスに立ち続ける こうして私は受験を乗り越えた その3.41 最難関大学受験の顛末 流石に懲(こ)りた結果 自己変革 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
成功するまでバッターボックスに立ち続ける
これは私の座右の銘。
運と勘としつこさの人生
のしつこさの部分に相当します。
……
此方の続編です。
経緯
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此処から心の深い位置に… 準備しなくても普通に生きていれば何とかなると思い込む勘違い人生(笑)がスタート
初めての受験失敗が小学校受験でした。
そして公立小学校に入学。大学生活の様な知的欲求の赴くままという毎日…
その辺りの極一部は此方から
無手勝流でも四谷大塚の補欠試験にまぐれで合格するのでした。
運と勘しつこさの人生の運…
小学校5年生の時に与えられたfast track:
への乗り移り。この運を完全には活かせなかった。先頭集団からはオマケしても2周遅れ(2年分)のままの中学校受験。最難関中高一貫の進学校と、最難関私立大学附属中学校2校、当たりですが全て不合格。バッターボックスに立つも惨敗。
地元の区立中学校に進学。四谷大塚のお陰で授業だけで好成績、実力テストでも偏差値72と云う現実に… またも勘違い。
此処から心の深い位置に… 準備しなくても普通に生きていれば何とかなると思い込む勘違い人生(笑)が再スタート
特段勉強しなくても今度こそ最難関校には合格できると思い込んでしまいました。生徒会活動にのめり込み充実した中学生生活。それが2年生秋の学校主催のマラソン大会での骨折で休学、治療。復学するも期末テスト、実力テスト共には散々。それでも楽観的に最後迄生徒会中心に楽しみ切っての受験。希望の最難関附属高校は全滅と云う…
バッターボックスに立つも同じ失敗を繰り返した…
某総合大学の附属高校に入学。
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今回は2周回遅れのままで、しかも内部進学前提ののんびりした附属高校の中で、生徒会活動からも足を洗いイジメも受けつつの孤軍奮闘をした話。
そこは中学部も有り、女子部も有りの男子高校でした。基本的に内部進学前提の学校。成績下位の場合は外部進学を考えると云う仕組みでした。
閑話
因みに今は様変わりして…
難関国立大学や難関私立大学に多くの学生を輩出する進学校の機能と相変わらずのマンモス大学附属高校としての機能も果たす、マルチな高校になっています。
これは私が先鞭を着けたからだと思っています(笑)
閑話休題
そんな中でガチで受験勉強に臨(のそ)んでいるのは場違いと云うのは百も承知。なのでキッチリイジメを受けました。まぁ、イジメにも慣れて居て、いつも助けてくれる仲間(特に女子が優しかった…)が居ました。
幼い頃からの家族ぐるみでのお付き合いの近所の幼馴染も一緒だったので、防波堤になってくれていました。クラスは別だったので、行きだけは一緒に通学。彼は勿論真っ当に付属高校生活を… 私も昼休みには一緒に硬式テニスをしたりと仮面を被るのですが… 放課後の図書館通い、その後毎日予備校へ等、まぁクラスメイトは良く見てる(笑) 今思えば女子部が仕切っている図書室では全くの平和でした(笑)…
その中で改心しガッツリ受験勉強に取り組みました。当時難関大学入試に最強だった駿台予備校の入学試験を受け、駿河台の本校に合格できました。
高校1年生からの入校。成績別のクラス分けで、上位者向けのクラスは中高一貫の進学校の生徒さん達がズラリ。四谷大塚に居た方々との再会(笑)。私は真ん中より少し下のクラスとなりました。当たり前過ぎの結果ですが、
キッチリ自分の客観的な現実を思い知らせて貰いました。
そして駿台予備校中心の高校生活が始まりました。ネタバレですが現役時代は結局最後までそのポジション。浪人して初めて上位クラスに入れる事になるのです。まぁ、所謂本校の午前部って奴で、当時はそれなりにレベルが凄かった…。
話は戻って、残念ながら相変わらず記憶力が悪い上に偏りが有り、興味が無いと全くの覚えられないという状況でした。しかも運悪く…
当時、私の大学受験のタイミングで共通一次試験が初めて導入される予定でした。

入試科目が増え、5教科7科目。これは結果としてキツかった。一寸
欲を出して本来の志望校ではなく最難関国立大学を目指したのが記憶力ハンディの私には身の丈を越えていた…
ですから上述の二重苦を、
①記憶量が少なくて済む理系に進学すること
②日本史、世界史は受験科目から外すこと
③その分、英語、倫理社会、政治経済は逃げないこと
というソリューションで乗り切ろうとしていました。
今は許されないのですが当時は②を選択できたのでそこは助かりました。しかも倫理社会も政治経済もとても興味の有る分野でしたので、記憶力の問題は多少回避できました。勿論現代国語、古文、漢文も大好物だったのです。なので受験勉強と云うよりは自分の趣味を受験に被せたのでした。
2周回遅れでの戦線拡大はやり過ぎ。
手を広げすぎ…(笑)
特に英語もキツく、
ともかく単語が頭に入らない。英語は嫌いではないものの、心の底で結局知ってるか知らないかだけの問題じゃないかと中学以来バカにしていました。それがいけなかった。
模擬試験で知らない単語が多いと、読解できないという屈辱を何度も味わいました。これに時間は掛かったものの主に通学時の空き時間を活用出来て… 弱点克服にトドメを刺したのこのソリューション。
通学と云えば… 電車とバスを乗り継いでの通学。帰りのバス停の場所は本屋さん。バスを待っ間、店内で物色と云うのが日常でした。女子部が有ったため少女漫画も多数平積みになっていて、疲れていた時に戯れに手に取りそのまま購入したらハマりました。
また中学生から聴き始めた深夜放送も相変わらずの癒しを与えてくれました。それどころか知的なストレッチも… 特にド文系の野沢那智さんは理系の私には新鮮でした。
萎えた気分を転換するには、特効薬でした(笑)
気分転換と云う意味では、迷った挙句修学旅行には参加しました。時間が惜しいと云うのも有りますがまぁ溶け込む事を優先… それよりも問題は初(うぶ)で自分の生理を自分で処理する術を知らなかったから…
それでも広島、長崎訪問は素直に感動的で、私の高校時代に華を添えてくれました。その後の人生にも…
(連作の最終回をご紹介しています。そこから連作を俯瞰できます。宜しければお楽しみ下さい。)
こんな感じで、附属高校での生活と折り合いを付けながらの次のバッターボックスに立つ準備としての新生活でした、
つづく
