見出し画像

今回の受験の結果に不満な方への応援歌 成功するまでバッターボックスに立ち続ける こうして私は受験を乗り越えた その3.31 高等学校受験の顛末 あぁ勘違い 有頂天の日々 当たり前過ぎて意識しなくなっていること

成功するまでバッターボックスに立ち続ける


これは私の座右の銘。

運と勘としつこさの人生

のしつこさの部分に相当します。

……

 此方の続編です。

経緯

此処から心の深い位置に… 準備しなくても普通に生きていれば何とかなると思い込む勘違い人生(笑)がスタート

初めての受験失敗が小学校受験でした。

 そして公立小学校に入学。大学生活の様な知的欲求の赴くままという毎日… 

 その辺りの極一部は此方から

無手勝流でも四谷大塚の補欠試験にまぐれで合格するのでした。

運と勘しつこさの人生の運…

 小学校5年生の時に与えられたfast track:

への乗り移り。この運を完全には活かせなかった。先頭集団からはオマケしても2周遅れ(2年分)のままの中学校受験。最難関中高一貫の進学校と、最難関私立大学附属中学校2校、当たりですが全て不合格。バッターボックスに立つも惨敗。

………………………………………………………………………………………

 今回は此処から…

 しかし、直ぐに立ち直って順当に地元の区立中学校に進学しました。そこは越境してでも通学する生徒が居る程の進学校でした。

 そこでは当時は中学校から新しく入る英語に苦労しました。今は小学生から英語ありますよね。それでも…

 小学校2年生で行った友人との九州旅行。

 そこで硬い性格を大らかな性格に変えたのですが…

 その時、東洋英和

に通っていた友人の従姉妹の女子中学生の方が聴いていた洋楽。ミッシェル・ポルナレフ。

 これで洋楽に目覚めました。叔母もビートルズ等にハマっていましたが、フランス語のシェリーに口づけは私を魅力しました。流石私立の女子中学生は凄いと関心しました。

 その後も友人の父親がJazzの写真家で、その友人はJazzやポップス、例えばカーペンターズ等を聴いていました。これにも影響を受けました。そのお父さんは後にFMTokyoでJazz Love Houseなんて深夜番組迄やってニューヨークの空気を私に届けて下さいました。

 その辺りは此方からの…

 その友人が視ていた幼児番組のセサミストリート。部屋にはセサミストリートのパペットがズラリ。放送にはテキストが有って番組のセリフは全て掲載され、しかも和訳/解説付き。流石毎年半年はニューヨークに行く父親を持つ息子は凄いと関心しました。それ以来、詰まり小学校5年生位からセサミストリートで英語は聞き流しをして居ました。
 勿論まともに幼児目線で視聴するのではなく、幼児教育をこんな感じでするのね〜 と云う目線で視聴していましたので楽しめたのでした。この私立女子中学の学生の方、人生のロールモデルの1つにもなりました。

 これがその後の人生に効いて、海外畑のサラリーマンにまでなるのですが…

 英語は中学1年生は教科書とNHKの基礎英語。当然NHKの基礎英語の方が難易度が高くしかも広範な内容。此処でも文法は良いのですが、圧倒される程の単語の丸暗記がどうもバカバカしいと感じで… 
 特に記憶力には悩まされていて

特に女子生徒は丸暗記得意で必死にやるのですが、私を含めて男子生徒は丸暗記には引き気味。まぁ多少は記憶できるし、セサミストリートで基礎力は有るので誤魔化し誤魔化しと云う感じでした。

 ネタバレですがこの英単語の圧倒的語彙の少なさは後に始末を着ける事になります。

 ツケを返すと途端に英語の成績は他の教科に匹敵するレベルに… 寧ろ得意科目にたなるのですが、中学生時代はもがきました。(笑)

 定期テストは特に試験範囲の勉強を特段せずとも好成績成績。しかも実力テストと云う区内の公立中学の生徒全員が受ける試験範囲の無い、正に実力を測る試験では偏差値72以上。1500人弱のマンモス校で、一学年500人弱の中では学年で10位以内。しかも地域では進学校と言われていた中学なので勝手に安心してしまいました。

 四谷大塚の学習が効いていて、授業だけで好成績と云う現実に… またも勘違い。

此処から心の深い位置に… 準備しなくても普通に生きていれば何とかなると思い込む勘違い人生(笑)が再スタート

 特段勉強しなくても今度こそ最難関校には合格できると思い込んでしまいました。

 因みに当時は成績上位者は名前が張り出される時代。途中から流石にプライバシーの問題からか、張り出しは無くなりました。これで結構尊敬されて、生徒会の役員に当選していたのですが、特に女子生徒には絶大な好感を… 一方一部の反社会的な生徒、特に上級生の男子生徒には完璧に目をつけられました。校門で待ち伏せされるなんて事も有りました。幸い女子生徒さんが教えてくれて普段使わない裏門から下校して難を逃れたなんて事も(笑)

 中学生活も生徒会を軸に、その合間に軽くサッカー/軟式テニス等のクラブ活動もしていました。すっかり四谷大塚での2周遅れ(2年分)のままの中学校受験だった事は忘れて… 大いに中学校生活を樂しんで居ました。

 小学生の時に影響を受けた生き方

を中学校を舞台にやってみました。

 こんな事を言われた事も…

 生徒会活動も全期当選し、書記、副会長、会長と歴任し、その中で先輩からも大切なことを学びました。

 そしてぼんやり将来は政治家も良いなぁと
(それは有る事件で大転換するのですが…)

 勿論、学校の授業も楽しみました。

 勉強は学校の授業と、近所の学習塾、春期、夏期、冬期講習は東大学力増進会と云う建て付けで、生徒会活動の合間に勉強すると云う超難関校(四谷大塚の先頭集団が入学した中高一貫の進学校には最早募集すらない)を狙うにはナメたスタンスでした。それでも実力テストは常に好成績でしたので覚醒しなかったのです。

 それが或る事故を切っ掛けに一変…

つづく



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集