中庸からアウフヘーベンへ 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
中庸と云う言葉を高等学校で初めて深く理解しました。
これは私の人生にとって糧(かて)となることになった重要なキーワードとなりました。
そして中庸のバランスを崩して次の高みに導いてくれるのがアウフヘーベン。これも受験勉強で初めて理解を深めた高校の倫理社会での学習の賜物…
創造的破壊…

ですから、こんな時ですらその言葉“アウフヘーベン”は私の頭を過ぎります。
「物理的な針と文字盤という伝統的なアナログ表示時計と100円でも手に入るデジタル表示の時計とのアウフヘーベンという感じでしょうか。クオーツ時計の良さのみ残したという意味で。」
こんな基礎的な理解からの…
つづく
