恣意的にV字回復を演出 則天去私と能力に応じて社会を担った先の景色 その2 涙ぐましい程の焼きリンゴへの思い 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
この続編です。
温故知新かなぁ…
そもそも焼きリンゴ世代なんです。

ユーザーさんの「焼きリンゴ」という表現、懐かしいですね。Apple IIや初期のMacintoshが熱暴走を起こしやすかったことから、そう呼ばれていた時代がありました。特にApple社のコンピュータは筐体がコンパクトだったこともあり、熱がこもりやすかったのです。
1980年代は、現在のコンピュータの基礎を築いた、まさにパーソナルコンピュータ(PC)の黎明期でした。この時代は、コンピュータが一部の専門家や企業だけでなく、一般家庭にも普及し始めた画期的な時期です。具体的な歴史や事例、数値データ、そして出典を含めて詳しく解説します。
1980年代のPC市場:群雄割拠の時代
1980年代初頭のPC市場は、現在のようにMicrosoft WindowsやmacOSが支配する状況とは全く異なり、多種多様なメーカーが独自のアーキテクチャやオペレーティングシステム(OS)で競争を繰り広げていました。
Apple社:Apple IIとMacintoshの登場
Apple社は、1977年に発売したApple IIで家庭用コンピュータ市場を牽引しました。Apple IIは、カラー表示が可能で、拡張スロットを備えていたため、多くのソフトウェアや周辺機器が開発され、特に教育市場やホビーユーザーに人気を博しました。しかし、前述の通り、冷却機能が不十分で熱暴走を起こすこともあり、ユーザーの間で「焼きリンゴ」と揶揄されることがありました。
1984年、AppleはGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)を搭載した画期的なPC、Macintoshを発売しました。このコンピュータは、それまでのコマンド入力式(CUI)とは一線を画し、マウスを使ってアイコンやウィンドウを操作するという、現在のPCの原型となるスタイルを提示しました。
Macintoshの仕様(発売時):
CPU:Motorola 68000 (7.83MHz)
RAM:128KB
価格:2,495ドル
ディスプレイ:9インチ白黒CRT
出典:
Linzmayer, Owen W. "Apple Confidential 2.0: The Definitive History of the World's Most Colorful Company." (No Starch Press, 2004)
IBM社:IBM PCとPC/AT互換機
一方、ビジネス市場をターゲットとしていたIBMは、1981年にIBM PC (IBM 5150)を発売しました。IBMは、主要な部品を標準化し、OSをマイクロソフトに、CPUをインテルに委託するというオープンアーキテクチャを採用しました。この戦略は後にPC/AT互換機という巨大な市場を生み出し、PCのデファクトスタンダードを確立しました。
IBM PCの仕様(発売時):
CPU:Intel 8088 (4.77MHz)
RAM:16KBから256KB(最大)
OS:MS-DOS
価格:1,565ドル(ベースモデル)
出典:
Ceruzzi, Paul E. "A History of Modern Computing." (The MIT Press, 2003)
パーソナルコンピュータ黎明期の技術革新
1980年代は、ハードウェアとソフトウェアの両面で目覚ましい進歩がありました。これらの技術革新が、PCをより強力で使いやすいものへと進化させました。
CPUとメモリの進化
1980年代初頭のPCは、8ビットCPU(Zilog Z80、MOS Technology 6502など)が主流でしたが、中盤には16ビットCPU(Intel 8086/8088、Motorola 68000など)が普及し始めました。これにより、処理速度が飛躍的に向上しました。
メモリ容量も同様に増加しました。初期のPCのRAMはわずか数KBでしたが、1980年代後半には1MBを超える機種も登場し、より複雑なソフトウェアの実行が可能になりました。
GUIとマウスの普及
Xerox PARC(パロアルト研究所)で開発された技術を基に、AppleがMacintoshでGUIとマウスを本格的にPCに導入しました。これにより、コンピュータの操作はより直感的になり、プログラミングの知識がない人でもPCを扱えるようになりました。
ソフトウェアの発展
1980年代には、表計算ソフトLotus 1-2-3やワープロソフトWordStar、データベースソフトdBase IIなどが登場し、PCはビジネス用途で不可欠なツールとなりました。さらに、グラフィックソフトや**DTP(デスクトップ・パブリッシング)**ソフトウェアの普及により、PCはクリエイティブな分野でも活用されるようになりました。
PCが社会に与えた影響
1980年代のPCは、単なる新しい家電にとどまらず、社会に大きな変革をもたらしました。
オフィス環境の変革:
手書きやタイプライターに代わり、PCを使った文書作成やデータ管理が一般的になりました。これにより、事務作業の効率が劇的に向上しました。
ホビー・教育の普及:
コンピュータゲームやプログラミングが、趣味として広まりました。また、学校教育にPCが導入され始め、子どもたちがコンピュータに触れる機会が増えました。
新たな文化の創造:
コンピュータ雑誌やユーザーグループが活発化し、情報交換や知識の共有が行われました。これは、後のインターネット文化の礎となりました。
1980年代のPCは、まだ高価で限られた層のものというイメージもありましたが、この10年間で性能が向上し、価格が下がり、PCは急速に普及し始めました。これらの技術革新と社会的変化が、今日のデジタル社会の基盤を築いたのです。
……………………………………………………………
パソコン黎明期に航空宇宙分野の研究をして居たの頃に遊んだのはコモドール社のPET 2001 パソコン。

そしてApple II plus パソコンも転がっていました。この前辺りのモデル迄が熱暴走して居たので焼きリンゴの異名が…(笑)

アメフトをやっていた叔父が戯れに買って、不要になり私の元に来たシャープ社のMZ-1200。

こんな洗礼を受けたのでコモドール、シャープさんは無くなり残ったApple社。ですから私的パソコン(正にパーソナルコンピューター(笑))と言えばアップルと云う構図。
一方で表面物理学研究室で主に超高真空の表面分析機器の制御とデータ収集に使っていたのはNEC98シリーズ。これへの入力用としての機器までも自ら設計製作して実験したものです。
リタイアして自分の時間を取り戻し… 心はそんな自由だった大学生時代に逆戻り。
今、丸っ切り抜けているのはアップル系の子孫。
喪失感絶大…
我が家ではApple社の端末は大人気で私が買うと直ぐに家族に(笑)。そのうち家族はApple系に天下統一(笑)。一方で私は勤めていた鉄鋼会社がIBMのメインフレームのアーリーアダプターかつヘビーユーザーで合弁会社を作る程の関係。入社当初配属された中央研究所計算機室に奇跡的に1台Apple社の100万円程度の端末が。そして米国駐在では既に手頃な価格になっていたので、米国シリコンバレーのベンチャーとの高速半導体共同開発案件でApple社の端末を1人1台配備。それを使ったのがお仕事での使用の最後。以降はWindows系。その後のIT会社も総合商社もお仕事系はお決まりのWindows系。携帯もAndroid系と云うことで…
それでも意地になって機会ある毎に個人的にiPad/iPodを買うも瞬間蒸発し家族の所有に(笑)。果ては母までもコンピューターはWindows、携帯電話はらくらくフォンでしたが、スマートフォンになってからはiPhone一択(笑)。
この数年、回り回って最早ブラウザも古すぎて多くのサイトが対応していないMacBookをDVDプレーヤーとして辛うじて使って居ました。それぞ意地になって、無理矢理見つけた互換バッテリーにして。でも… それも子どもの結婚時に中の懐かしい写真をサルベージすべく子どもの手元に懐かしがられつつ…
義父に買ったブラウン管式、フロッピー対応のSE

最早、ID、パスワードが分からず泣く泣く銀座のアップルストアに。店内に入るともう人だかり。珍しがられての回収でした。
そして最後に放置されている吾妹のiMacに今目をつけています。

この赤いiMacが自宅のガラステーブルに鎮座しています。そしてもう一つ、現実的なオブション。
母親の使っていないお古を譲り受けて居るので…



しかし上述の大事故で1年放置(笑)
そして満を持しての再デビュー準備なのです。
ぷぅ〜 長かった…
先ずは方針を決める必要が…
順当にはエクスペリアのデータをiPhoneにコピーして両刀使い…


しかし、SIMロックが掛かっているもののエクスペリアからのディザリングを含むWiFi機として活かす事で機能の重複を避け、よりApple社固有のサービスに特化して楽しむ事が良いと思い至りました。まず初めにiCloudに残っているCDから移行した音楽データを楽しむ事から始めたい。
初期化するか、今の環境はそのままにしてiPhoneのAppleIDを変更するか。何れにせよ母と私ののAppleIDとパスワードが無いと始まらない事が判明しました。
ソリューションは以下。


なのですが、IDとして使って居たダークウェブに流失し閉鎖したアドレスが機能しないと何故か上手くいかず万策尽き、新規にアドレスを取得するかとも考えました。
しかし、運と勘としつこさの人生。
つづく
……………………………………………………………
経緯
能力に応じて社会を担うのは今の世の中の建付け…
例えば、
「特に私の年代は定年延長、って言うか…(頑張ってのイマドキの表現(笑)) 定年という概念を無くして能力に応じてという方向なのか… 生き方の多様化が一気に進んだ気がします。」
とか、
「一応本邦の方も。能力に応じて、(年金受給年齢になっても)基本働ける限り働いてくださいと云うのがスタンスなので」
とか。
一方で… まぁ、
アメリカはトランプ大統領を立てて能力に応じて世界に破格に貢献してきたけど、何も此処までするこたぁなかろう
Make America Great Againの動きも面白い…
MAGA運動は、アメリカ社会の根深い問題、特に経済格差、文化的分断、そしてグローバル化に対する不満を背景に誕生しました。その影響力はトランプ氏の大統領退任後も衰えておらず、アメリカ政治の重要な勢力であり続けています。将来的には、この運動がアメリカの民主主義や国際関係にどのような影響を与えるかが注目されます。この運動は、能力に応じて負担するという現代社会の建付けに反発し、自国の利益を最優先するという考えを強く押し出しています。
……………………………………………………………
……………………………………………………………
能力に応じて負担するという現代社会の建付けに反発し、自国の利益を最優先するという考えを強く押し出しています。
と云う動きが世界を揺るがしている事も承知してる上で崇高なロジックでのスタンス堅持。
そんなこんなで
則天去私
能力に応じて負担し続けて早40余年(笑)
高次の哲学的な示唆に心の居場所を見つけて始末しています。その辺りはGeminiさんに…
「能力に応じて負担する」が、社会を安定させるための現実的な「私」と公の関わり方であるのに対し、則天去私は、個人の精神を完成させるための究極的な「私」の超克を目指すものです。両者は異なる次元で「私」と「全体」の関係を問いかけていますが、MAGA運動が象徴するような、肥大化した「集団としての自我」が世界的な対立を生む現代において、漱石が提示した「則天去私」という思想は、利己主義を超えた普遍的な視点の重要性を示唆する、より高次の哲学的な示唆を与えていると言えるでしょう。
……………………………………………………………
至近の大波も辛くも飲み込み、その後チト恣意的にV字回復を演出するも…
急ぎすぎてしまったものの(笑)
運と勘としつこさの人生…
此処はしつこく恣意的にV字回復を演出…
ここからが何とも私らしい卑近な景色
ITプラットフォームの回復は知的開放の礎
なので(笑)…
能力に応じて社会を担った先の景色
先ずはパソコンの始末から。
吾妹の好プレーでIBMのTHINK PAD Windows10が我が家に。その後の引き続きの好プレーでそれが最新のWindows11に変身して我が家に…。しかし、とてもそれを設定する気になれずWindows11に変身して3ヶ月弱放置。勿体ない。そして今般。
先ずは商魂と云うソフトウェアのインストール。
半日掛けて試行錯誤。しかし結論として…
PCA 商魂 8は、そのバージョンに関わらず、SQL Server 2000という非常に古いデータベースに依存しています。互換性の問題: SQL Server 2000は、Windows 11やSQL Server 2022のような最新の環境では動作しません。これは、バージョンが古すぎて、OSやデータベースの仕様変更に対応していないためです。
と云う結論を超えられませんでした。仮想マシンを用意してそれ上で動作させるのも非現実的。
ですからインストールを潔く諦めました。
顛末を報告して終了。(笑)
お次はマイクロソフトのアカウント。そのインストールの過程でマイクロソフトのアカウントも私のアカウントも登録しないと使い難いと判明。ところが私のアカウントはダークウェブに流出したアドレスに紐づいていて、しかも暗証番号をどうしても思い出せない。
セキュリティのプロとして生きてきたのにお恥ずかしい事にIDや暗証番号を覚えきれず、還暦を期に物忘れが酷くなり暗記していたものを一冊分びっしり吐き出し隙が。案の定、自宅に帰る時に持ち出し紛失。車の移動なので自宅、車の中、別荘の何処かに紛れて居る筈なのですが現時点でその紛失した手帳を見つけられていないこれが致命的。
しかもWindows8やWindows10マシンは取り敢えずWindowsを開始する為だけの別の暗証番号で使えて居たので長期間放置していてアカウント自体がロックされていて居ました。インターネットで調べたり、Geminiさんに手伝って貰うもソリューションとしてはコールセンターに電話して是正して貰うしか無いとの結論。マイクロソフトソフトのコールセンターに電話するも人工知能が対応して話が通じない。果てはショートメッセージでサブスクの新しいライセンスを買うように促される始末。
ところが捨てる神あれば拾う神あり(笑) 10年程前に最後のWindowsマシンとして(笑)買ったWindows10マシン。
閑話
私が人生を賭したセキュリティ。TPM必須と云う仕様が敢えてアップデートとしてでは無くWindows11と冠された大きな理由の1つとの理解。塞翁が馬か(笑)
閑話休題
このライセンスは何とダークウェブに情報流出していないGmailのアドレスで新規登録していた事が判明。暗証番号も覚えていて… な~んだ。それをもっと早く思い出せれば無問題だったのにと云うオチ。と云う事で無事解決しました。
此処まではAndroidからWindowsと、まぁお仕事に囚(とら)われていた時代のプラットフォーム迄は回復/整備が終わったとの理解。
そしていよいよ大学生時代の焼きリンゴ(笑)…

