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#38 「黒騎士部落」の怪 : 上海の路地裏に消えたサッカーチーム


すべての始まりは、評判の老舗上海料理店だった。
東京でお世話になっていた中医の先生が上海に帰省するタイミングで、私の知人にも声をかけ、一席を設けた時のこと。

隣のテーブルで飲んでいた、店の常連と思しき中国人のグループ。

「日本人!」

と、なぜか楽しそうに盛り上がってくれている。

既視感のある構図はニュースの中だけのことで、少なくとも現代都市の一般市民には当てはまらない、ということは体感で理解済み。

片言の中国語と片言の英語。そして、とりわけ日本語の堪能なオネーサンとは話も弾んだ。

「今度サッカーチームの集まりにおいでよ。」

そんな社交辞令のお誘いもありつつ、リアルに異文化へ触れられる、とても貴重な時間。
五月晴れの、新緑が清々しい日の出来事だった。


昨日、炎天下の街角でWeChatが鳴る。

「こんにちは、最近は上海にいますか。」

3か月前に作られた、あのチャットへのメッセージ。

「来週サッカーチームが試合の後に集まるので、皆さんで来ませんか?日本人のメンバーもいるよ」

差出人は「Jeff」。

あの時の集合写真を見返してみる。
ああ、タトゥーの入った腕でサムズアップしていた兄ちゃんか。

そして集合場所の住所を検索してみたところ、そのポイントには

「黒騎士部落」とある。

なに、この秘密結社の本部みたいな名前。
怪しすぎる。
ストリートビューを見たところ、更にそれが増す。

そして文面には続けて、
「弄堂(細い路地)の中だから。」

「早めに来る。」

「料理は任せろ。」

「アレルギーある?」

無駄にホスト力が高い。


さらに業種を調査すべく検索を進めると、都市が少しずつノイズを返し始める。

羊肉料理。

スポーツバー。

ん?

電動バイク?

修理?

ビリヤード?

そして電動バイク。

また修理。

……。

え?

サッカーのチームって、

バイク屋なのか?

頭の中で、オシャレなアジアンレストランの映像が、パイプ椅子に座るタトゥーアームの屈強なお兄さん達へと、ゆっくり置き換わっていく。

ここから、都市は静かにノイズを増やしていく。

まず、中医の先生の見解。
「その場所、ちょっと怪しいよ。」

ーーですよねぇ。

続いて、駐在歴の長い日本人。
「黒騎士部落? そんな店聞いたことない。」

ーーええ、そうでしょうとも。

そして、A子さん。
「黒騎士の正体を知らずに終われない!」

ーーもちろん、十分共感できます。


しかしさらに検索。

電動バイク。

ビリヤード。

バイク。

バイク。

卓球?

サッカーはどこ行った?


ここで、私の脳内会議。
頭の中の二人がやり取りをする。

都市マタギ : 奇貨居くべし。
(経験値上ガルヨ)

INTJ : リスク評価を開始します。
(建築家デスカラ)

都市マタギ : ガイドブック100ページ先の記事が書けるよ。

INTJ : リターンは魅力的です。しかし、安全係数が低下しています。

都市マタギ : 虎穴に入らずんば?

INTJ : 却下。


会議終了。


結局、丁重にお断り。
好奇心が勝っていたA子さんもご納得の上。

今でも思う。
そこへ行けば、きっと最高の記事が書けただろう。

『上海の弄堂に潜むバイカーコミュニティのリアル』
タイトルまで決まっている。

でも、

それは同時に、人生で一度しか後悔できない失敗だったかもしれない。
そう、ここは異国。

だから今回は、記事ではなく、ネタを持ち帰ることにした。

安全なカフェでアイスコーヒーを飲みながら、考える。

丁重にお断りすると、Jeffからはすぐに返事が来た。

「好的、有机会再聚!」
※OK、また会える機会があるよ!

その一言は拍子抜けするほど気持ちがよく、あの日に感じた人懐っこさは、最後まで変わらなかった。

行っていたら普通に楽しかったのだろうと思う。

羊肉を囲み、笑って、
珠玉のエピソードの一つや二つ、生まれていたのかもしれない。


バイク屋だったのか。

羊肉だったのか。

どんなサッカーチームだったのか。

結局、

黒騎士部落の正体は、最後まで分からなかった。

でも、それでいい。
今の私の経験値では、ここで寸止めが正解。

上海という街は、こちらが都市を観察しているつもりでいると、
時々向こうから、とんでもないノイズを投げ返してくる。

そして私は今日も、都市が投げ返してきたノイズを拾い、
笑みを浮かべて、家に持ち帰る。

検索するたびに、バイク屋、販売店、ビリヤード場が増えていく。
私の脳内会議は、この辺りで開催された。

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