クワロマンティックのことと私の恋愛観
この記事で伝えたいこと(まとめ)
以下長文で申し訳ないので、最初にあえて結論というか、この記事で伝えたいことの概要を示しておきたいと思います。
私は「クワロマンティック・アセクシュアル」を自認する。「異性の方を "好き" だと思う気持ちについて、友情と恋愛という形で明確に分ける」考え方や「男女の友情は成立しない」という考え方とは距離を置きたい。「恋愛感情については一生わからない」けれど、「性的なことは一切したくない」ことは確かであり、それが自分の価値観です。
下記3つは、実際には当てはまる可能性が高かったり、考え方の面で親近感があったりするものの、"恋愛感情がどういうものか分かっていることを前提" としており、これらとは一線を画したい。また、同様の理由で「ノンセクシャル」でなく「アセクシャル」を自認している。
アロマンティック(誰にも恋愛感情を抱かない)
ヘテロロマンティック(異性に対して恋愛感情は抱ける)
デミロマンティック(感情的な絆や信頼関係が築かれている人に対してのみ、恋愛感情を抱きうる)
私は、仮に、性格も顔も声も好きな女性がいたとしても、「付き合いたい・一緒に暮らしたい・エッチしたい」というところにまで願望や想像が及ばない。
とても仲の良い男女のコンビをすぐ色恋で見る考え方、無理やり恋愛的に結び付けようとしたり、それを期待したりする、そういう「冷やかし」は嫌いだし、やめて欲しい。私のやっている男女の音楽ユニットについても、相方とは適度な距離感で、お互いに信頼し合える関係性を築いてこられたと自負しているので、他の女性の音楽仲間たちも含めて、そういう見方をされるのは嫌です。

(※2026.6.30追記:のちに、性嫌悪のあるアセクシャル=アポシセクシャルへ自認変更。)
"恋愛対象は女性"
私は「恋愛対象は女性」と思っていたいんです。
「異性を好きになれる」ということを言葉で表すのに、それが一番伝わりやすいから。男性には苦手意識があり、少なくとも同性愛(ゲイ)ではない。
でもその "好き" は恋愛感情と呼ぶには恐らく不十分で、恋愛感情って自分の想像以上にもっと凄い気持ちなのかもしれなくて、私は真の意味で分かっていないのだと思いますし、そのまま一生分かることは無いのでしょう。
だから、本当はアロマンティック(誰にも恋愛感情を抱かない)なのかもしれないけれど、そう言ってしまえば、あたかも「女性を好きになれない人」みたいに聞こえないでしょうか…?
私は先日、LGBT-QIAの「A」=「アセクシャル(アセクシュアル)」であることを自認の上カミングアウトしました。
「男女を問わず、誰とも性行為(セックス等)をしたいと思わない」
私が女性の方と接する上でこれが最重要項目であり、アセクシャルという言葉を知る前から長いこと一貫して変わらない自分の価値観です。
アセクシャルは「無性愛」と訳されますが、でもそれはあくまで「性愛」をどちらの性別にも抱かないだけなのであって、女性が好きになれないのとは違います。
私は女性の方が好き。今年(2026年)から全面的に視聴を辞めましたが、それまで長らくアニメを観てきて、女の子のキャラクターはみんな可愛くて元気をもらってました。リアルでも、不思議なご縁で自分は音楽活動の中で女性の方と接する機会が多く、人として魅かれ尊敬でき、大切と思える方々に恵まれたと思っています。同性に比べて「まるでこちら(女性)の方が同性なんじゃないか」と思えるくらい話しやすい感覚があって、性別として惹かれる部分も多い。
だから「女性の方のことを好きだと思える」ことは異性愛の方と何も変わらないわけで、あえて「恋愛対象は女性」と表現しておきたいのです。
そうすると、ヘテロロマンティック(異性に対して恋愛感情は抱くが、性的には惹かれない)とは言えるのではないかとも思えますが、でも私はアロマンティックに加え、これとも一線を画したいと思っていて、その理由は次節で述べたいと思います。
そもそも恋愛感情って何?
自分は元々自己否定や自己嫌悪が強い人間です。そのため「(あえて卑下しますが)こんな自分のために一生懸命何かを頑張って助けてくれた女性」には人として惹かれるし、人間関係としてずっと大切にしたいと思えます。そして、人としての付き合いが長ければ長いほど、やはりちょっとした特別感・愛着みたいなものは芽生えます。親兄弟だってそうですから、そういう方は自分の中で「ファミリー」みたいな感覚に近いのかなと。
もしそういう方から「恋愛感情を持たれるのは嫌です。」と言われた時、私は一応「安心してください。そういう気持ちはないですよ。」とは言う。根本的に、好きで大切だと思える人とは適度に距離の取れた関係を壊さずキープしたいという価値観を持っているし、実際、調べて「人として好き」と「恋愛感情」は違うという記事を何個か見かけましたが、確かにそこで言う「恋愛感情」は自分にはしっくりこなかったので、それに嘘は全くない。具体的にその判断基準を簡潔に言えば「その方が他の男性の方と付き合っているところを想像して嫉妬するかどうか」・「自分のものにしたいという独占欲があるかどうか」。無いです。
むしろ基本的に「(人として)好きになった人が他の男性を選んだとしても、それを心から応援したい」というのが私の価値観。好きで大切な方だからこそ幸せになって欲しいし、その人の選択を最大限尊重したいんです。
なので、結局誰にも恋愛感情を抱かないアロマンティックと言ってもいいのかもしれない。けれど「あなたには恋愛感情を抱いていませんよ。」と言うことは本当はおかしい。なぜならそれは、恋愛感情がどういうものか(実感として)知っている、理解できているという前提に成り立つからです。これはヘテロロマンティックも同じだし、またノンセクシャル(他者に対して恋愛感情は抱くものの、性的欲求を抱かない)でなく、アセクシャル(他者への性的欲求を抱かないが、恋愛感情の有無は問わない)を自認するのもそのためです。繰り返しますが私は「そもそも恋愛感情が何一つ理解できていない」という立場。
私は過去に、感謝の気持ちのあまりに、何かプレゼント(差し入れ)をあげたり、ご飯やデザートをご馳走して差し上げたりしたことがありますが、それは特定の女性たちです。自分としては最大限にお礼をしたい気持ちの延長のつもりであり、何せアセクシャルなのでそれ以上の意図は本当に何もありません。ただ、そこまでに気持ちが高まった経験がなかったので、「まさかこれが恋じゃないよな…?(いや流石に違うだろう…)」と自分では少々疑いはしました。でも前に述べたような独占欲・嫉妬心、そして性的欲求は全くありませんでしたし、別にどうしても「付き合いたい」と考えることも無かったわけで、逆にそれを「恋愛感情」と呼べるのかというお話。むしろ告白とか余計な一石を投じることで、関係が変わってしまう、壊れてしまう方がずっと恐ろしくて嫌でした。
恋愛感情とは何なのでしょうか? ただの「好き」と何が違うのでしょうか?
正直性格も顔も声も好きで、なんか共通点も多かったり温かい言葉を沢山かけてもらったりして仲良くできているとかなりの好印象を持ちますし、「プレゼントしたい、食事を奢って差し上げたい」っていうのも結構な気持ちの高揚なんじゃないかと思うのですが、それは「恋」になってしまうのでしょうか…?
でも、適度な距離感や関係を大切に保ちたいというのが一番で、付き合いたい・性的なことまでしたいとまで特に考えなかったり、他の男性と付き合っても応援できたりするそれは「恋愛感情」と呼べるのでしょうか? 反対にそのレベルだと「好きになっている」とは言えないのでしょうか…?
「恋愛感情を持たれるのは嫌」といったその方々は、どんな意味合いの「好き」であっても、そう思われること自体が嫌だったのでしょうか? いや、流石に「嫌い」とか「興味がない」とか「何も思わない」って言われたらそれはそれで悲しいでしょう。①適度な距離感を保つこと、②独占欲を持たないこと、③性的なことをしないこと、最低限この3つさえきちんとしていれば大丈夫なのではないかというのが私の認識なのですが、どうだったのでしょう…?
そうしてあれこれ自分が抱く「好き」について考える中で、次の言葉に出会ったのです。
クワロマンティック
クワロマンティックは、一般的には「自分が他者に抱く好意が、恋愛感情か友情か判断できない/しない」と定義されますが、色々と調べていくともっと奥深いもののようです。
例えばこちらの動画(11:54~)で、男性ゲストの華嶌(はなしま)さんもご説明されているように、「友情(友愛)と恋愛感情をハッキリと分ける」考え方への否定や嫌悪感、あるいはそうした考えとは距離を置きたいという価値観として捉える傾向も出てきているようで、そのわかりやすい解説に私もかなり大部分で共感できるところがありました。
確かに私としても、まず恋愛感情は、友情を深めて深めて深まった先で芽生え得るもの。そしてお互いが相思相愛であることが確かめられた時に、一緒にデートしてみたり、この先ずっと共同生活してみたりしても良いかなっていうところにまで気持ちが高まったならば、「じゃあ、結婚…する…?(もしくは結婚前提で付き合ってみる…?)」っていう流れになるものだと思っています。なので、相手からの好意を確信しない限り、ただ自分が好きというだけで相手の方に告白することは絶対にあり得ないわけです。もしそういう相手にご縁が無ければ、マッチングアプリ等でわざわざ相手を見つけてまで無理矢理にでも恋愛や結婚をしたいという願望はありません。
ただ、我ながらややこしいのが、仮に相思相愛になったとしても、結局私がアセクシャル、ひいては性嫌悪・性的(セックス)恐怖症なので、もし性的なこと、あるいは「子供が欲しい」ということまで求められたら、残念ながらお断りしなくてはなりません。非常に申し訳なく思いますが、そう考えると私に恋愛や結婚、ひいては共同生活には全く向いていないのです。強いて言えば、プラトニック・ラブへのちょっとした親近感や憧れはあるかもしれませんが、それも令和の今現在には時代遅れな発想なのでしょう。
従って、仮に私が誰かを結構 "好き" になったとしても、恋愛(付き合う)にまで発展することはあり得ないでしょう。性格も顔も声も好きで、自分にとってこの先の人生にも欠かせないくらい、大切で何か特別感のある女性だとしても、他の男性の方と一緒に暮らしてもらって全然構わない、ずっと一緒に居てもらわなくてもいい、たまに会ったりやり取りしたりするだけでいい、「友だち」のままでもいい。私はそういう独占欲や嫉妬心が全くない価値観です。
みやざき明日香 先生の漫画『人としてつき合えたら』において、ヒロインの月城小夜さんも私と同じくクワロマンティック・アセクシャルを公言されています。自分の感覚がクワロマンティックに近いと明かした場面では、
「幸せでいてほしい」とか、
「あの人がいるから楽しく生きていける」とか、
そういう気持ちを恋愛か友情か区別しないし、する必要もない
と断言しており、私の価値観そのもので大変共感して感動しました…!!

私も友愛と恋愛はハッキリと分けられるものではないと思っています。赤と白の間にピンクみたいな色が何種類もあったり(上のハートのように)、ドとド#の間にもどちらとも言えないチューニングのずれたような微分音が存在していたりするように、「友だちとしての好き」から「恋愛的な好き」の間もグラデーションのようになっていると信じたい。
人としての長い付き合いの中で芽生えた、「ただの友達以上、恋愛以下」の、ちょっとだけ特別な "好き" の気持ち。好きというより、大切にしたいという、ファミリーのように注げる愛情や愛着のような感情といった方がいいかもしれません。
それが抱ける私は、アロマンティックや、ヘテロロマンティックよりも、クワロマンティックだって思っていたいです。
恋愛とは違う男女の信頼関係の在り方
私は、実際に仲睦まじく居られているカップルやご夫婦ももちろん素敵だなぁと思いますが、恋愛や婚姻関係でないけれど信頼関係や絆がある男女の間柄っていうものにも魅力を感じるんですよね。
一つは、タイムリーな話題を出すと、今年(2026年)の冬季オリンピック(ミラノ・コルティナ)のフィギュアスケートペアでは、"りくりゅう" ペア(木原龍一・三浦璃来 両選手)の金メダル獲得が話題になりましたよね! 演技やインタビュー等を見ていて、お二人で培ってきた厚い信頼関係がとても素敵だなと私は感じました。
もう一つ、アニソンにハマっていた時代から、今でもYouTubeでほぼ毎週のようにチェックしている番組で好きなのが「でしょでしょ!!」。そのダブルMCである、オーイシマサヨシ(大石昌良)さんと鈴木愛理さんの関係もまた、素敵だなと思います。二人とも音楽アーティスト・シンガーでお互いにリスペクトはあるも、恋愛感情を抱いたことはないといいます。大石さんは既婚者であり、愛理さんも過去に熱愛報道が出たことがありますが、堅苦しくなり過ぎず、周りのスタッフさんたちにも支えられながら「ビジネスパートナー」として適切な距離感で仲良くやれているお二人。「でしょでしょ」外でも、楽曲提供やデュエットでのコラボもしてきています(2025年までに「最強の推し!」、「主人公になろう! feat.鈴木愛理」、「一生☆キミ推し」の3曲)。
奇しくも「でしょでしょ」とほぼ同じ長さの分だけ男女のユニット活動をしてきている私池上ですが、同じ音楽人として尊敬で憧れますし、その関係性や距離感・温度感はいつも参考にさせてもらっています。
ところが、いずれもその仲の良さゆえか、SNS等では「恋人同士?」「本当は付き合っているのではないか?」みたいに、勝手に期待するかのようなコメントも見かけたことがあり、その時私は残念な気持ちで不快感を覚えました。
このように私は、とても仲の良い男女のコンビを見た時に、それをすぐ無理やり恋愛的に結び付けようとしたり、それを期待したりするような考え方やそうする人は好きではありません。
恋愛関係でなくても、お互いに尊敬できて、信頼し合えて、仲良くできている男女の関係があったっていいじゃないですか!
たまたま性別が違うっていうだけのお友達、仲間、ビジネスパートナー。
奇しくもこの記事の投稿日にデビュー20周年おめでとうございます、「いきものがかり」さん!
吉岡聖恵さんと水野良樹さんの2人体制になられてからも、我々のユニットと同じくらいの期間が経っていて、それぞれ別の方と結婚されてお母さん、お父さんとしても頑張っていらっしゃいますよね!
元々同じく神奈川県出身で私も親近感がありますし、好きな楽曲も多くて、いつまでも素敵な関係だなぁと応援しています!
以上にご紹介したような人たちは、近すぎず、でも遠すぎもしない、適度な距離感を保って、性的なことも考えず、ただ「人と人」として信頼関係や絆を築けているんです。男女の音楽ユニットをやっている私もそこに重きを置いて今まで頑張ってきたつもりですし、有難いことに相方も「信頼していた」との言葉を言ってくれました。
ですから、そういう温かみのある男女の関係を、赤の他人がすぐ色恋で見るのははっきり言って「冷やかし」であり、やめて欲しい。自分もそういう風に言われたら悲しい気持ちになります。仮にもしそういったコンビが信頼関係の先で、交際や結婚を宣言した場合には、その時に祝福すればいいだけのことだし、たとえ別々に違う人を選んだとしても本人たちの選択ですから、どうか喜んで欲しい。
そういう意味でも、「恋愛」そのものと距離を置きたい気持ちがあるのかもしれません。適切な距離感や温度感を保てる絶対的な自信があるからこそ、友愛と恋愛をあえて意識も区別もせず、どっちの "好き" なのかなんて、そもそもそういうことを一切何も考えずに、ただカップルとは全然違うベクトルで、信頼し合える人間関係を大切にし続けていればいい。
私は、人間として尊敬や信頼・感謝の気持ちを持って「好き」といえる女性の方たちやユニットの相方に恵まれたと思っているので、このまま恋愛や結婚をしなくても全く怖くないし、ただそれだけで幸せなのです。
「Saya歌 × LiSmile Art」コンポーザー 池上颯人
