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私のセクシャルのこと


作曲家の池上颯人です。
この度、動機となる出来事が重なり、私のセクシャルについて、カミングアウトすることと致しました。次の4点が確実と判断しています。

★アセクシャル
LGBT-QIAの「A」。
同性愛でも異性愛でもなく、無性愛者。男女どちらにも性的欲求(性欲)を抱けない。

★性嫌悪
性行為(いわゆるセックス)やそういう系の話題が嫌い。生理的に受け付けなくて吐いちゃったこともあります…

⇒ すなわち、この2つを合わせた「アポシセクシャル(性嫌悪のあるアセクシャル)」である。(※2026.6.30 更新)

★クワロマンティック(「好き」というのが恋愛感情か否かが分からない)
 (または  アロマンティック(恋愛感情を抱けない))

★デミロマンティック(深い信頼関係を築いた人しか好きになれない)


その他、多く特徴が当てはまっていることから、HSP(Highly Sensitive Person)であることもほぼ確実とみています。

以下、自分の性格や体験等について、箇条書きでまとめてみました。(中には、性的なものなどセンシティブな内容も含まれるので、読まれる場合はご注意ください。)

元々の私・対女性観

  • 私は他人から「欲が無いね」と少なからず言われる。正直、作曲欲と食欲以外の欲望は湧いてこない。物欲も、出世欲も、独占欲も、生存欲も、そして性欲もない…。恐らく幼少期に親からの虐待を受けたことで、あらゆる意欲が低下したのだと思う。

  • 小さい頃から女性を(性的感情は無く人として)好意的に思う傾向があった。本当の同性である男性よりも話しやすい感覚や親近感を覚えていた。同性苦手の傾向もあるHSPの影響かもしれない。

幼稚園の時もすごく仲良くしている女の子がいて、小学校時代も男子に交じって遊ぶより女の子と話している方が何となく楽しかった記憶があり…
大人になって音楽活動をする中でも、有難いことに(コラボ等で)女性の方と接する機会がたくさんあってはすごく話しやすくて。
そもそも家族内でも父や弟よりも、母親と話す方が圧倒的に多い。

  • 女性の方に対してはとにかく優しくしたいと思う性格。大切にしたい人に対しては、その方とキスや性行為などを行うと「大切にしたい」という気持ちが汚されたような感覚になり、仲が良くて大事な人ほど、男女の関係にまでなるのを避けたい気持ちになる

  • 過去、比較的女性の方と2人きりでお食事をする機会は多かったが、どの方に対しても性的な思いを抱いたことは一度もない。

  • 性転換をしたいと思ったことはないが、「(初めから)女性に生まれたかったなぁ…」と思ったことはある。女性の方とただ友人のようにして穏やかに接したくても、男であることによって気軽に誘いづらかったりする苦しさがあった。母が元々女の子が欲しかったらしく、その思いが通じてしまったのかもしれない。


学生時代

  • 性嫌悪」となるきっかけ。

  • 男同士で「彼女欲しいよねー」みたいな話題が出てきても、内心あまりついていけなかったし、いわゆる体育会系や陽キャな男子ならではのノリみたいなものにも全くついていけず、嫌悪感があった。

  • 男子校同然の中学・高校に通っていたが、"性欲旺盛"みたいな男子から、セクハラと言えるような行為を受けたことがある(会話的なものも含む)。多くはないが、特定の男子からいじめも受けていた。

  • 「子づくり」に必要な性行為についてちゃんと理解できたのは、二十歳前後くらいと遅め。保健の時間で頭に残ったのはむしろ「妊娠するとまずいからコンドームを付けましょうね」という禁止事項の方。但し、結婚もしていないのにそうした行為に及ぶという発想がなく、まさか女の子と付き合ってはそういうことをしたくなっちゃうのが男子学生としては割と普通と後から知った時には衝撃を受けた。

  • 性行為については、アニメか何かがきっかけで、少し気になって色々と調べてみた時に、(本来は子孫を残すという素晴らしいことなのに)どうしても生理的に受け付けなくて「気持ち悪い」って思って吐いてしまった。後述するが人間の身体を見ることに強い抵抗感がある。行為の部分を省いてくれるアニメとかならまだいいが、リアルだと「グロテスクが苦手」っていうのと多分同様の感情。
    何も知らない幼少時代は子供への憧れとかあったりもしたが、そういうことをしてまで欲しいという感情は全く無くなってしまい、今に至る

  • 以上の経緯からか、男性嫌悪の傾向がある。かつて父が浮気をしたこともその要因。

  • 男性と食事に行ったり、遊びに行ったりして真に楽しいと思ったことはほとんど無いと言っていい。


20代以降

  • 以上学生時代の経緯により、それまでもお付き合いは一度も無かったが、二十歳くらいから恋愛・結婚の願望は一切ない

  • 飲み会等での恋バナが本当にきつかった。みんなが誇らしげに話す中、耐えきれず大嘘をついたこともあった。

  • 数年前にも父を通じて仕事関係でお会いした男性会社員の方と、最初は父を交えて3人で、また日を改めて今度は2人で飲み屋さんに行ったが、同様の話題が出た時に嫌な思いをしてしまった。セクハラのように感じ、近年の鬱の一因に。

  • 自分の抱く好意が恋愛感情か否か自体が分からないため「クワロマンティック」としているが、そもそも、長い付き合いの中で信頼関係を築き、自分のことを大切にしてくれる友人・仲間にしか「人として好き」にならないので元々「デミロマンティック」に近い指向がある。よってマッチングアプリは忌避派。尚、「人として好き」というのは、尊敬や憧れの要素が強く、恋愛感情とは異なるようで、独占欲や性的欲求は全くない。


その他

  • 他人の結婚・出産等のおめでたい話題に対しては、(一瞬性行為のことは過(よ)ぎるが)基本的に素直に喜べる。塾講師の経験があるので、子どもが嫌いというわけではなく、可愛がってあげられる。

  • 今年(2026年)より、特に深夜系を中心とするアニメの視聴を一気に辞めたのは、作曲との両立が次第に困難となり時間的に支障が生じるようになっていたという理由に加え、それらの恋愛的表現、性的な表現にこれ以上耐えられなくなったのも要因。前年から、見ても楽しいという感覚が薄れているのを感じていて、内容が入ってこないこともあった。そういうドラマや番組も観ようとは思わない。

  • 性嫌悪の度合いが年々増すにつれ、趣味の温泉(スーパー銭湯)に行く機会も減った。本能的な何かが原因で、元々人の裸を見るのが苦手で、自分も裸を晒すのに物凄く抵抗感があった。男女問わず体を触られるのが嫌いで、自分から「触れたい」と思ったこともない。また自分のカラダの部分を見て吐いたこともある。

  • 自分にとってはこれまでお世話になった「人として好き」な人たちが特別な存在であり、その気持ちが自分が抱ける最大限の"好き"であり、でもそれは性的に惹かれているのとは違う。そして、今後仮に新たに他の女性と出会ったとしても、それ以上の感情・愛情を抱くことも無ければ、尽くそうという気持ち、触れ合いたいという気持ちにもなれないと確信したことで、アセクシャルを自認。


公表した理由について

冒頭に掲げた用語については、私も知ったのはほんの最近です。
間違いなく同性愛者(男性に惹かれる)ではなく、女性に好意的な印象を持つことが多かったので、自分はLGBT系とは無縁で、普通に異性を好きになれる人間だと思っていました。しかし、その女性にすら性的欲求が芽生えないことで、男女ともに性的欲求を全く抱かないアセクシャル(無性愛者)であることを知って、その奥深さを学ぶことができました。

男性は私が想像している以上にやはり性欲旺盛な方が多いみたいで、女性の方が不安になってしまうのも逆に私は共感できます。でも、そうでない男性もいるっていうことも知って欲しい
また、みんながみんな性欲があるわけではない。付き合いたくなるわけではない。男女問わず、性欲が無い、エッチな話題やコンテンツが嫌いな人もいる。私でさえ長らく知らず、日本での性教育の在り方や昨今の少子化対策を見ても、アセクシャル性嫌悪について、全く一般的な理解が広まっていないんだなというのを感じます。

故に、きっと私と同じようなセクシャルや悩みを抱え、声を上げられずに苦しんでいる人もいるでしょう。そういった方たちが少しでも声を上げられる環境・空気が作れたらと思い、公表に踏み切りました


最後に

以上、私のセクシャルについてお話させていただきました。まだまだ話し切れていないこともあるとは思いますが、どうか「こういう人間もいるんだ」、「池上って、そういう人間なんだ」と受け止めていただけたら幸いです。恐らく多くの皆さまと同じような人生は歩めません。でもどうか「可哀想」みたいに思わないで欲しいです。

もちろん、こんな本能的な拒否反応のせいで、人には出来て、自分には同じことができない悔しさが0というわけではありません。多くの人と会話も嚙み合わなくなって、友人が離れたり、逆に人と会いづらくなってしまったりして、「自分は何か間違っちゃったのかな…おかしいのかな…」と自分を責め続けては "人とのズレ" に苦しんできました(この上、自分は発達障害の可能性大です)。でも反対に、変な気持ちが起きないことで多くの女性の方たちから安心感や信頼を得ることが出来ているのも事実で、前向きに、女性に優しくできる自分を誇りに思いたい気持ちもあります。

私は「今後も(=一生)付き合わない」と決めた二十歳くらいの頃から、自殺未遂を乗り越えて、“作曲で生きた証を残していく”人生を選びました。有難いことに、これまでずっと私を信頼し、ユニット活動を一緒に続けてくれる心強い仲間がいます。曲を作り続けられる場所を残してくれたことに感謝と幸せを感じながら、残りの人生を全うしたいと思います。

「Saya歌 × LiSmile Art」コンポーザー 池上颯人

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