40代婚活体験記【#6】婚約破棄後の恐怖|12年婚活して238人とお見合いした40過ぎの女がスピード婚した話
訪れた恐怖の再来
あれから数日が経ち、彼から謝罪のメールが届いた。
「この間は取り乱してごめん。もう二度とあんなことはしない。
話し合いたいから、一度会えないかな?」
短い文章のはずなのに、その一文が画面越しにねっとりとまとわりつく。指先は冷たくなり、携帯電話を持つ手が小刻みに震えるのを感じた。
――もう二度としない?
婚約指輪を選ぶ。
たったそれだけのことで、彼はあんなにも激しく怒りをぶつけてきたのだ。そんな人とこのまま結婚したら、長い結婚生活の中で彼の怒りを買うことがどれほど起こるだろうか。
料理の味付けが気に入らなかったら?
休日の過ごし方が思い通りにならなかったら?
子どもの教育方針で意見が分かれたら?
そのたびに私は彼の機嫌を伺い、神経をすり減らして生きることになる。そう考えて、彼からのメールには何も答えずにいた。
数日後、両親が買い物に出かけ、私は家で一人で過ごしていた。
昼下がりの休日。
いつものように紅茶を淹れ、本を読もうとしたとき、インターホンが鳴った。
モニターを覗き込むと、彼の姿が映し出された。
一瞬、息が止まった。
手が震え、全身がこわばる。
――なんで? もう終わったはずなのに。
彼は何度もインターホンを鳴らし続けた。
――お願いだから、どうか帰って。
私はその場にしゃがみ込み、震える指で携帯電話から父へメッセージを送った。
「至急帰ってきて。彼が来てる」
両親が帰るまで、私はただ息を潜めるしかなかった。
父がすべてを断ち切る
両親が帰宅した直後、再びインターホンが鳴った。玄関先には、まだ彼がいたのだ。
「渚さんに会わせてください」
深く頭を下げ、必死に懇願する姿を、私はリビングのドア越しに覗き見る。
父は毅然とした態度で、はっきりとこう言った。
「娘はあなたが怖くて、会いたくないと言っています」
彼はしばらく沈黙した後、「でも……」と何かを言いかけた。だが、父はそれを遮り、静かに、しかし揺るぎない口調で続けた。
「婚約指輪は、幸せな結婚をするという目的のための、一つの道具でしかない。それなのに、あなたはなぜ目的と道具を履き違えているのですか?」
彼は困惑したように眉をひそめる。
「いや……僕は、ただ、渚さんにふさわしい指輪を選びたかっただけです」
父はゆっくりと首を振り、まっすぐ彼を見据えた。
「本当に、娘のためだったのですか?
もしそうなら、娘が違うデザインを希望したとき、なぜ怒鳴る必要があったの?」
父の声は冷静だったが、微かに怒りがにじんでいた。
「あなたにとって大事なのは、娘が喜ぶことではなく、"自分が選んだ指輪を受け入れること" だったのでは?」
彼の表情はこわばり、わずかに喉元が動いたが、言葉は出てこなかった。
「結婚とは、二人で築くものです。結婚指輪も、結婚生活も、"どちらかが決めたことを、相手が黙って受け入れる" という関係で成り立つものではないでしょう? 」
父の言葉が、冷静な静けさの中で重く響く。
「あなたには、大事な娘を託すことはできません。どうか、このまま終わりにしましょう」
静かだけれど、揺るぎない拒絶の言葉。
そう告げられた彼は、別れを受け入れるしかなかった。しばらく立ち尽くした後、彼は小さく息を吐き、肩を落とした。
「……わかりました。式場の方は、僕がキャンセルの連絡を入れておきます」
彼は背を向け、その場を立ち去った。
玄関の扉が閉まる音を聞いたとき、私は深く息を吐いた。
心の限界
怖くて動けなかった私に代わって、父がすべてを断ち切ってくれた。
それがどれほどありがたく、どれほど心強かったか。そして、婚約破棄という親不孝をしてしまった自分が、情けなくて仕方がなかった。
彼との縁が切れ、静かで穏やかな時間が流れ始めた。しかし、私の心はすでに限界を迎えていた。
地面がスポンジのように沈み込む感覚があり、歩行中にふらついた。
動悸が止まらない。
眠れない。
それでも、「今までのストレスがたたったのだろう」と自分に言い聞かせ、何とか日常を保とうとしていた。
だが、追い打ちをかけるように、愛猫のチャースケが病死した。
一人っ子の私にとって、チャースケは大切な弟だった。大好きな家族を失い、私の心は完全に折れてしまった。
心療内科を受診した結果、診断は「軽度うつ」。
もう、婚活どころではなくなったーー
こうして私の婚活は、長期休みに入ることとなった。
◇◇◇
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