40代婚活体験記【#5】成婚退会後の婚約破棄を決意した大雨の夜|12年婚活して238人とお見合いした40過ぎの女がスピード婚した話
予定変更を許さない婚約者
思い返せば、彼はとにかく「予定変更」を嫌う人だった。
一度決めた予定は絶対に守らせる。
それが、どんなに小さなことであっても、だ。
初めて彼に違和感を覚えたのは、彼の友人が経営する居酒屋に行く予定の日だった。
その日、私は体調がすぐれず、申し訳ないとは思いつつも彼に頼んだ。
「申し訳ないけど、別の日にしてもらえないかな?」
しかし、彼は断固として譲らなかった。
「店に行くのは、ずっと前から決めていたことだろ?席も確保してもらってるんだけど」
「でも、今日は体調が悪くて……」
「 渚の体調のせいで、俺の予定を狂わせる気?」
次第に不機嫌になっていく彼が怖くなり、仕方なく私は予定通り友人の店へ行った。
店に着くと、彼の態度は一変していた。
満足そうな笑みを浮かべ、「この子と結婚するんです」と、初対面の客にまで私を紹介して回った。
そのとき、私は初めて悟った。
平和で過ごすためには、彼に逆らってはいけないのだ、ということを。
婚約者のモラハラ? 気づくのが遅かった兆候
彼は仕事のストレスを解消するために、週末になるとドライブに行きたがった。だが、遠出したときは、彼が決めた順番通りに観光スポットを回らなければならない。
今まではそれを極力守ってきたのだが、河口湖までドライブしたある日の夕暮れ時に、彼が突然こう言った。
「そろそろ青木ヶ原樹海に行ってみようか」
「え? いやだ。怖いし、行きたくない」
「なんで? ちょっと見るだけだって」
「いやだよ。暗くなってきて、気味が悪いし……」
「大丈夫だって! せっかくここまで来たんだから、行こうよ」
「やだ!」
「は? 俺が行きたいって言ってるのに?」
何度も「行きたくない」と訴えたが、彼は強引に私の手を引き、樹海の入口まで連れていった。私は恐怖で大泣きした。
彼は呆れたようにため息をつき、
「なんだよ、その程度で泣くなんて」と小さくつぶやいた。
結婚準備が進む中で膨らんだ不安
オーネットを退会し結婚準備を進める中で、彼の異常な一面がより明らかになっていった。
結婚式場を見学する日、運転中の彼は突然、不機嫌になり、車内に重い空気が漂った。
「何かあったの?」
そう尋ねても、彼は 「別に怒ってないから!」 と苛立ちをぶつけてくるだけだった。
もう見学どころではない。
ベソをかきながら式場の料理を試食する私に、半笑いで話しかけてくる。
「そろそろ機嫌、直った?」
そうやって、悪いのはいつも私のせいにされた。
違和感を抱えながらも、結婚の準備は着々と進んでいった。式場予約も両家の顔合わせも滞りなく終わり、気づけば後戻りできない状況に追い込まれていった。
別れの覚悟は決まった
マリッジブルーとは違う不安が膨らんでいく中で、ついに決定的な出来事が起こった。
それは、婚約指輪を買いに行った日のことだ。
デパートで一度下見を済ませ、いよいよ目ぼしい指輪を買うこととなった。私は彼が選んだものとは違うデザインの指輪を希望した。
「俺が選んだやつじゃないの?」
「うん、お母さんとカタログを見ながら相談したんだけど、こっちのデザインのほうが似合うかな、と思って……」
すると、彼の表情が一瞬で険しくなり、次の瞬間、大きな声を上げた。
「俺をコケにして、勝手に決めやがって!」
静かなデパートのワンフロアに、彼の怒鳴り声が響き渡った。
私は咄嗟に「ごめん」と謝った。
でも、本当は私が謝るようなことではない。
ただ、彼の怒りがエスカレートするのかが怖かったのだ。
――本当だったら幸せでいっぱいの日に、なぜこんなに苦しくなるんだろう?
指輪売り場で、私は人目もはばからず嗚咽した。通り過ぎる人たちから好奇の視線を浴びながらも、彼の怒りは一向に収まらなかった。
帰りの車の運転は、異常なほど荒かった。
雨が降りしきる銀座の夜道。
ワイパーが忙しなく動き、水滴を弾き飛ばしていく。フロントガラスには新しい雨粒が打ちつけられ、視界が滲んで見えた。
彼は無言のまま、睨むように前を見据える。
アクセルを強く踏み込みながら、時折乱暴にハンドルを切って、車線変更を繰り返した。
助手席に座る私は、シートベルトを握りしめたまま身動きができない。
誰かをひいてしまうのではないかーー
そう思うと、怖くて怖くてたまらない。
なのに、「やめて!」という言葉すら、喉の奥でかき消されてしまう。
私は必死に呼吸を整えながら、声を振り絞って言った。
「停めやすいところでいいから、もう停めて……」
しばらくして、彼は無言のままウインカーを出し、地下鉄の入口近くに車を停めた。私はドアを開けるなり、一目散に飛び降りた。
冷たい雨が肌を鋭く刺す。
先ほどまでの激しい鼓動が残る中、解放された安堵が押し寄せ、全身の力が抜けそうになった。
このまま結婚したら、私は早死にするかもしれない。
そこまでして、この人と結婚するべきなのか。
――もう答えは出ていた。
自宅に戻り、玄関の扉を開けると、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。湿った空気とともに、いつもと変わらない家の匂いが鼻をかすめる。
灯りのついたリビングからは、両親の何気ない会話が聞こえてくる。
「ただいま」
そう言った途端、感情が堰を切ったようにあふれ出した。
「……もう、結婚はやめたいの」
気づけば、私は肩を震わせながら泣いていた。今までの我慢が、一気に爆発した瞬間だった。
母は静かに、けれど迷いのない口調で言った。
「ずっと前から気づいていたわよ。でも、私たちが結婚を止めるのは違うと思って。渚から言い出すまで待っていたの」
その言葉を聞いて、ハッとした。
そうか、両親は何でも見透かしているんだ――
だったら、もっと早く本心を伝えるべきだった。
本当は、いつだって後戻りできたのに。
ここまで結婚に固執するなんて、なんて私はバカだったのだろう……
◇◇◇
▼次回の記事はこちら
【#6】婚約破棄後の恐怖
◇◇◇
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