見出し画像

おひとり様は、Webの真ん中にいる。 無職の蜘蛛の糸のその先は――

※この記事はかなり、独断と偏見にみちた内容になり、不快になることが予想されます。
すがすがしく一日を過ごしたい方は、
そっと閉じてください。
お越しいただきまして、ありがとうございました。



私は無職。
世間とのつながりがほぼない。
今の世間とのつながりは両親だけ。
両親がいなくなったら、その糸は完全に切れてしまう……


昨年の今頃、人生初の一人暮らしをした。
結果から言うと、半年も持たなかった。

職探しもうまくいかず、部屋に引きこもる毎日。
眺めているのは壁と、窓から見える電信柱の電線だけ。

空しくて寂しかった。

その空虚感が、私に以前の「不安」を呼び戻した。

一度、不安障害を経験すると、“不安”から戻れなくなる。

まるで、氷の上を滑るようにとめどなく
不安沼に落ちてしまうのだ。


その時、考えた。

「何が」私をこんなに不安にさせるのだろう、と。


それは――



よくこんな風に言う人がいる。

「私はひとりの時間が好きなの。1日中でもひとりでいられる」


あなた、本当にひとりですか?



紐帯(ちょうたい)という言葉がある。
「きずな・つながり」という意味。

私の知ってる紐なんて、
必殺仕事人の組紐屋の竜だけよ。
おまけに、“ちょう” って読むなんて
聞いてないわよ。



その「つながり」から強い紐帯と弱い紐帯というグループ概念がある。

強い紐帯とは、親・配偶者・親友等、深く信頼し、困ったときに助け合える近い距離感。

弱い紐帯は、会社の人、サークルの人、知り合い程度の人と距離感遠め。


人は、人という群れの中でしか生きられない。単独行動は、死に直結する。
24時間、猛獣や外敵の脅威を常に考えなくてはいけなくなる。
不安が常に心を支配する。

群れに属していれば、命の安全の確率は格段に上がり、何より安心が手に入る。

それは現代でも変わらない。


「私はひとりの時間が好き」と言える人は、
広い範囲の紐帯に、蜘蛛の巣のように糸をきれいに張り巡らせ、美しいレースのデザインのように、人との関係を作っているのだろう。
そして、その巣の主として真ん中にひとりでいるのだ。


巣を作れる蜘蛛はいい。
渋谷のスクランブル交差点のポスター並みの存在アピール。

だが、巣をつくらない蜘蛛もいる。

徘徊し、自分でエサをとるしかない。
太古の人間のように、ひとりでせっせと動くしかないのだ。

巣をつくらない蜘蛛は、糸がないわけではない。
高い所から降りる時、天井に糸をくっつけて降りたりと必要な時に糸を出す。

でも、天井も壁も床も何もなかったら?


私には、その天井も壁も何もないと気づいた途端、不安にのみ込まれた。

社会とのつながりという摩擦がないから、
ひとりぼっち。
どこまでもどこまでも止まることを知らずに落ちていく。


私を不安にさせるもの

それは――


孤独の先の無縁。



親も友も仕事もない。

戻るところもない。

手を伸ばしても誰も気づかない。

ひとりが好きなんて言葉はない。
だって、いつもひとりだから。

ひとりの時間が好きなんて言えない。
だって、分け合う誰かとつながっていないから。

だから、

もう一度聞きます。


あなた、本当にひとりですか。




蜘蛛の糸はつながっているのです。ふふふ…

「紐帯」についてもう少し知りたい方、こちらをどうぞ。



──おひとり様は、Webの真ん中にいる。 無職の蜘蛛の糸のその先は──
© 2026 Marie Spader All Rights Reserved.


いいなと思ったら応援しよう!

marie よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!