「じゃんけんは嫌い。勝てない勝負はしない」石橋を叩いて渡る彼女が、キャリーケース一つで有田に流れついた理由。
語り手:一般社団法人clay 中島 麻弥 様
聞き手:Your Verse 朝長 真吾
はじめに
「自分の物語を本気で生きる人」に光を当てる、YourVerse物語図書館。今回お話を伺ったのは、佐賀県有田町を拠点に活動する一般社団法人clayの中島麻弥さんだ。
前回ご登場いただいた代表の佐々木さんが、直感で種を拾う「冒険家」だとしたら、彼女はその種が育つ土壌を守る「守り人」のような存在かもしれない。有田町にあるシェアハウスに暮らしながら、一般社団法人clayにて移住者たちとの交流を行う彼女は、佐々木さん曰く「自分よりも熱量が高い」キーマンだ。
しかし、当の本人に話を聞くと、返ってきたのは意外な言葉だった。
「私、めっちゃ慎重派ですよ。負け戦は絶対しないタイプです」
「石橋を叩いて渡る」性格。そんな彼女がなぜ、生まれた場所とは別の地方のまちづくりに飛び込み、誰かのために奔走しているのか。その理由を紐解いていくと、ある一人の女性の「死」と、彼女自身が抱える切実な「人生のテーマ」にたどり着いた。
これは、流れついた場所で「一人にならない未来」を手繰り寄せていく、ある女性の等身大の物語だ。
「じゃんけんが嫌い」。その理由は、あまりに現実的。
朝長:中島さんは大阪ご出身で、今は有田に移住されて7年ほどになると伺いました。海外経験もあって、こうしてお話を聞くと非常にアグレッシブな方という印象を受けるのですが、ご自身ではどんな性格だと思われていますか?
中島:いや、真逆ですよ。私、小さい頃からじゃんけんが嫌いなんです。だって50%の確率で負けるじゃないですか。努力で勝率が変わらない、運だけの勝負なんて怖くてできないんです。
朝長:じゃんけんが嫌いな理由は初めて聞きました(笑)。
中島:「勝てない勝負はしたくない」んです。だから基本的には石橋を叩いて叩いて渡るタイプ。負け戦は絶対にしたくないリアリストなんですよ。
朝長:そんな慎重派の中島さんが、なぜ生まれた場所とは程遠い有田へ移住することになったんですか?
中島:きっかけは不思議な縁でした。私の父方の祖母が、40年以上前になぜか急に大阪から有田の隣町に移住したんです。理由は今も謎のままなんですけど(笑)。
その祖母の家の隣の土地が空いていて、「インバウンド需要もあるし、何かできるかも」と思ったのが始まりでした。当時、私は海外のゲストハウス文化に触れて「知らない人と話すあの交流の場を自分でも作りたい」と考えていたので、ここなら勝ち筋があるかもしれないと。
朝長:なるほど、そこにはちゃんと「可能性」を感じられたわけですね。
中島:はい。それでゲストハウスのノウハウを学ぶために福岡の宿で働き始めたんですが、そこでピンチが起きて。宿が改装工事に入ることになって、住む場所も仕事も同時に失うことになったんです。
「やばい、どうしよう」ってなった時に、たまたま有田のシェアハウスに住んでいた友人が部屋を出るって聞いて。「じゃあ、私がそこに行く」って。
朝長:えっ、仕事は決まっていない状態で?
中島:決まってないです。生活に必要なものを詰め込んだキャリーケースひとつ転がして、「今日泊まるとこないです」って大家さんに言って、その日から住み始めました。
朝長:さっきの「石橋を叩く」話はどこへ?(笑)
中島:そう見えますよね(笑)。でも私の中では、ちゃんと計算が成立していたんです。
「負け戦はしない」私ですが、なぜこの道を選べたのかについては、ある人物の存在が大きかったんです。

ここから物語が始まった。
第一印象は「とんでもない奴」。でも、彼がいたから橋を渡れた。
朝長:その人物というのが、clay代表の佐々木さんですね。
中島:そうです。有田に移住する少し前に出会った佐々木さんに対する初期のイメージは「とんでもない奴」でしたね。
イベントの際に、わざわざ大阪から手伝いに行ったのに、任されたのがほぼ一日中「駐車場係」だったんですよ。「なんなんこの人、イベントの中身も見れへんやん」と思って(笑)。
朝長:大阪から来て駐車場係……それは確かに「とんでもない」ですね(笑)。
中島:でも、その「気を使わなさ」が逆に心地よかったんです。誰に対してもフラットで、偉ぶらない。けれど、困った時には「仕事ないですか?」と言えば、なんとかして誰かに繋いでくれる。
「この人がいるなら、なんとかなるかもしれない」。
住む場所はあっても仕事がない状態で有田に飛び込めたのは、佐々木さんという確かな「セーフティネット」への信頼があったからです。
朝長:なるほど。佐々木さんという存在が、中島さんにとっての「叩いて確認した石橋」だったわけですね。
中島:まさにそうです。佐々木さんがいなかったら、多分来てないですね。やっぱり、勝算のない場所には行きたくないので(笑)。

彼らの存在こそが、中島さんにとってのセーフティネットだ。
「さよなら」の顔を変えたい。それが私の戦い方。
朝長:そうして始まった有田での生活ですが、clayとして活動する中で、中島さんを突き動かしている原動力は何なのでしょうか?
中島:一番は、有田を去っていく人たちの背中を見送る「寂しさ」ですね。
有田には焼き物を学ぶ場所があって、全国から若者が集まってきます。シェアハウスで一緒にご飯を食べて、バーベキューをして仲良くなる。でも、環境が合わなかったりして、夢破れて去っていく子も少なくないんです。
朝長:せっかくできた仲間がいなくなってしまう。
中島:そうなんです。しかも、有田での生活が「辛い思い出」になってしまって、二度と連絡も取らなくなる。縁がブチっと切れてしまうのが、すごく寂しくて嫌だったんです。
「熱い使命感」とか「地域活性化」みたいな綺麗な言葉じゃなくて、ただ、昨日まで一緒に笑っていた友人が暗い顔で去っていくのが耐えられない。
「もし仕事がうまくいかなくても、嫌な感じで去らなければ、『また遊びにおいでよ』って言えるやん」って。
朝長:ずっと友達でいられる関係を守りたかった。
中島:はい。clayという新たな団体になったタイミングは、いわばチャンスでした。今は友人が笑顔でいられるように、一度繋がった縁が切れないように奔走しています。
それは仕事という枠を超えた、私なりの「大切な人を守るための戦い」なんだと思います。

「さよなら」ではなく「またね」と言えるように。それが彼女の原動力だ。
「独りで死なないでいい世界」を作るために。
朝長:なぜ中島さんは、そこまで「人との繋がり」にこだわるのでしょうか。その根底にある想いを教えてください。
中島:私、「独りで死なないでいい世界を作る」っていうのが人生のテーマなんです。
きっかけは、有田に導いてくれた祖母の死でした。祖母はずっと一人暮らしをしていたんですが、最期には私などの親族に見守られて旅立ちました。その姿を見たとき、独身である自分自身の老後が重なったんです。
「私には子供も孫もいない。このままおばあちゃんになった時、私は一人ぼっちなんじゃないか」って。
朝長:今の明るい中島さんからは想像できないですが……ご自身の中に、そんな切実な不安があったんですね。
中島:じゃあどうすればいいか考えた末に出た答えが、「友達を増やすこと」でした。
死ぬ時に、周りに友達がいっぱいいたらいいなって。半分くらい先に死んでるかもしれないけど、生き残ってる人もいるだろうし(笑)。仕事とか関係なく、ずっと繋がっていられる友達がたくさんいれば、私は一人じゃない。
朝長:それが、今のclayでの活動に繋がっていると。
中島:そうです。有田に来る人と深く関わり、彼らがこの町を好きになり、長くいてくれれば、それは自分の「人生の登場人物」が増えるということ。
clayでやってることは、一見ビジネス的に見えるかもしれないけど、私にとっては「深く関わる人を増やす」という人生のテーマそのものなんです。
朝長:ご自身の人生を豊かにするための活動が、結果として誰かの人生を支えている。とても素敵な循環ですね。本日はありがとうございました。

最後に
「石橋を叩いて渡る」と彼女は言った。
その言葉通り、彼女は有田という場所を、自分が安心して生きていける場所にするために、丁寧に、確実に、人間関係という石橋をかけ続けている。
佐々木さんが「種を拾う人」なら、中島さんはその種から芽吹いた縁を、決して枯らさないように水をやり続ける人。
タイプは違えど、二人は同じ未来を見ている。
それは、売上や数字の達成ではなく「明日もまた、この人たちと笑い合える」という、ささやかで確かな幸せが続く世界。
毎日誰かと一緒にご飯を食べて、愚痴を聞いて、「またね」と言い合うこと。その積み重ねこそが、彼女にとっての「確かな勝算」なのだ。
(取材・文:YourVerse物語図書館)
一般社団法人clay代表理事 佐々木さんの記事はこちら
一般社団法人clay HP https://clay.or.jp/
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