くりまんじゅうに、私はなりたい
ちいかわの映画を観てから、noteにあるレビュー記事を読み漁っている。
なかでも心に残ったのが、島二郎、ラッコ先生、そしてくりまんじゅうの3人に着目し、「彼らはちゃんと大人の使命を果たしている」という洞察を展開されているこちらの記事↓
島二郎とラッコ先生は共に相当の実力者だし、現にセイレーンと戦ってもいるので、彼らが大人としてちいかわたちを守り、導く役割を担っていたのはよくわかる。
でも、「酒飲んでただけのくりまんじゅうもそこに入るの?」と思う人は多いはず。
私も最初はそう思った。
しかし、この記事を書いたいぷしろさんはこう主張する。
彼はずっと、手の届く範囲を幸せにしてたよ。目の前の1人だけを、ずっと幸せにしていたんだよ。
くりまんじゅうは、いっしょに来たシーサーと、ただただ穏やかな時間を過ごすことを選んだ。
そしてシーサーは、ずっと、ずーっと、その穏やかな時間の中で笑っていたよね。
本当に、それでいいんだと思う。
島二郎やラッコ先生ほど強くない人でもさ。
身近な大切な人に、穏やかな幸せな時間をプレゼントすることはできると思わないか。
私は、この文章を読んだ瞬間に本当に泣いた。その通りだと思った。
そして、私がぼんやりとくりまんじゅうに自分と同じものを感じていた理由をはっきりと悟った。くりまんじゅうは、ただ酒飲みとして私に似ているだけではなかった。
目の前の大切な人に、穏やかな幸せな時間をプレゼントすること。
それを理想としているから、私はくりまんじゅうにシンパシーを感じていたのだ。
特別な能力も抜きんでた勇気もない私は、島二郎やラッコ先生のような、かっこいい大人の男を演じることはできないだろう。
だが、くりまんじゅうのようになら、できるんじゃなかろうか。
マイペースに酒を飲んできちんと自分を楽しませつつ、一緒にいる人には優しく丁寧に向き合う。そして、一緒に楽しい時間を過ごしてもらう。
うん、それならば、できる!!!
というわけで、私はくりまんじゅうになりたい。くりまんじゅうのように生きたい。
討伐のような派手な労働はしないで、草むしりという地味だけど人のためになる仕事をコツコツとやって。
そしてささやかな報酬をもらって。
その報酬で、よくマッチするお酒と肴を買って。たまにちょっと贅沢もする、くらいの使い方で。
酒と肴を楽しむときは、周りにいる人にもどんどん分け与えて、なんなら一緒に乾杯したりして。
美味しく酒を飲むためなら、資格の試験も頑張ろう。
そして何より大事なのは、自分の身の回りの人に幸せを与えること。
社会全体を良くするなんてことはできないけれど、自分から見える範囲にいる人たちには、幸せになってもらいたい。
そのために、自分でもできることをしよう。
これが私の生きる指針だ。
くりまんじゅうの生き方が、私の目指す姿だ。

