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【完結】天昇る火柱~最終第三部(6)「火柱」【歴史小説】


この小説について

 この小説は、赤沢あかざわ新兵衛しんべえ長経ながつねという武将を主人公として、15世紀末~の戦国時代初期を描く『天昇る火柱』の最終第三部です。

 薬師寺やくしじ元一もとかずの乱、阿波あわ守護家の反乱、そして両畠山はたけやまの合体という立て続けの危機を、当主政元まさもとの知略と、赤沢宗益あかざわそうえきの武略という両輪で、何とか乗り切った細川ほそかわ京兆家けいちょうけ
 目指す「日本国にほんこく惣知行そうちぎょう」へ向け、一路邁進してゆくはずが、思わぬ落とし穴に足を取られる。
 それが「難治の国」大和やまと
 あっさりと再征服を果たすはずの赤沢党は、国の奥深くまで誘い込まれ、大和惣国一揆そうこくいっきに完全に包囲される。
 一体何者が、このような計略を描き出したのか。
 さらに運命の地、丹後たんご天橋立あまのはしだてで、赤沢宗益と新兵衛の二人を待ち受ける結末とは……
 神も仏も恐れぬ赤沢党の戦いを描く壮大な歴史シリーズ、ここに堂々の完結!

本編(6)

 五月の末、丹後八田館の細川政元のもとへ、帰京を命じる勅令ちょくれいがもたらされた。
 政元の不在に苛立った公方が奏請そうせいしたのである。おのれ独りではもはや掣肘せいちゅうできないと見て、焦りを募らせているのだ。
 とは言うものの、帝の命とあれば従わないわけにはいかない。政元は早々に陣払いの支度を始めた。
「若様も御屋形様とともに帰洛なさるとのこと。我ら阿波衆もお供せねばなりません」
 三好之長は、でっぷりした腹を突き出しながら無念そうに言った。
 国府の戦線が動かなくなると、一色方の包囲を赤沢勢に任せ、加悦にいる澄之と香西の応援へ向かっていた。
 国人衆の石川直経を挟撃し、一気に加悦谷を制圧する目論見もくろみのはずだったが、ほどなく国府へ戻ってくると、にわかに撤退を告げたのである。
「わしは帰らぬぞ」
「ご安心くだされ、足軽の人数は残しておきます。京にてご武運をお祈りしておりまするぞ」
 ふん、と宗益は鼻を鳴らした。
 京兆家のきらびやかな大軍が丹後を去り、月が改まっても、膠着こうちゃくは一向に変わらなかった。
 山上の利を得ている武田勢が駆け下ろうとしても、一色の堅城に跳ね返される。少数で山裾へ詰めている赤沢勢には、犠牲をいとわぬ力押しはできない。かと言って一色方にも、包囲を突き破るほどの武力はない。
 こちらが得意の山焼きを敢えて強行すれば、助けるはずの武田勢をも蒸し上げてしまうだろう。
「泥沼にはまり込んじまいましたな」
 双葉のついた草の茎を食みながら、猿丸はあくびを噛み殺していた。
「頼みの綱は丹波勢ですが、ずいぶん長く加悦谷に居着いちまってるようで。今となっちゃお互い様ですが、城を攻めてるのか、物見遊山ものみゆさんをしに来たのかわかりませんや」
「うむ」
 長経はぼんやりとうなずいた。
「一旦あつかい・・・・にして、仕切り直した方がいい、てな話もちらほら聞こえとります」
「左様であるな」
「ちょっと、新兵衛のだんな。あんまり張り合いがないからって、近ごろ上の空なんじゃないですかい」
「誰が、上の空だと」
 いきなり声を尖らせ、眼差しを怒らせて睨みつけた。猿丸はすぐさま後ずさりし、地べたに平伏して許しを乞うた。
 ある夜、新兵衛は宗益から陣屋へ呼ばれた。
「よう来たな。このような日ごろでは、くさくさしてしまうのう。久方ぶりに、親子水入らずというのも悪くはあるまい」
 真っ赤な小袖の着流しで、小具足も身に着けていない。横板の上にあぐらをかき、特大の瓶子へいじに白焼きの盃を二つ置いていた。
「ありがたく」
 新兵衛は一礼して向かいに腰を下ろした。
「ずいぶんと張り詰めておるな。兵どもがお前に怯えきっているぞ」
 義父は笑みつつ、手ずから酒を注いだ。
「今に始まったことではありますまい」
「これまでとはやや違う。それを感じ取れない者どもでもあるまい」
「なにぶん、海が見える場所で戦うのは初めてのことゆえ。妙に血が騒ぎ、落ち着かないのでありましょう」
 咄嗟に思いついたことだったが、それは事実だった。信州で生まれ育ち、大和山城へやってきた自分は、本当の海を知らない。ただ兄の話を聞いて、幼いころから思い描いていただけた。
 互いに一息であおり、次いで二杯、三杯と飲み続けた。
 陣中の些細な出来事をぽつぽつと話していたが、やがて父は顎を上げ、まっすぐに子の顔を見据えた。
「長経、この戦が終わったら、お前は塩崎へ帰れ」
 聞き違いを確かめるかのように、新兵衛はゆっくりと目を上げた。
「わしが生きているうちであれば、実家の者たちも悪いようにはできまい。城の一つを割いて領地を与えるよう、政経にも言い聞かせてある」
「なぜ今になって、そのようなことを」
「わしも六十の歳が近づき、いつまであのような棒切れを振り回しておられるかわからん」
 宗益は、陣柱じんばしらの脇に立て掛けてある金砕棒と双刀そうとうを、どこか愛おしげに眺めやった。切れ上がった目尻の皴が、いつの間にかずいぶんと深い。
「この夢は、わしと御屋形の夢であった。だがどうやら、我ら一代で叶えることはならんようだ。お前はもう充分に働いてくれた。一度は預かったその命だが、お前はもう充分におのれをあがなった」
「そんな、他人事みたいな、水臭いことを」
 新兵衛は思わず声を上げていた。
朝経ともつね兄いの夢は、俺の夢だ。初めて塩崎で、鄭和ていわの大航海の話を聞かされた時から、それはずっと変わらない」
「これから何十年にもわたって、今までをはるかに超える数の人間をあやめ続けなくてはならん。そのような重みに、お前はきっと耐えられまい」
 長い沈黙があった。手の中でぬるくなっていく酒の水面みなもが、細かく震えていた。
 新兵衛はささやかに笑いながらかぶりを振ると、きっぱりとした眼差しを上げた。
「俺は、兄いを独りにしやしない。もう用済みだと言われても、死ぬまで食らいついて放してやるもんか」
 
 ところが六月、事態は急変した。
 前兆は、丹波勢と一色方の和睦わぼくであった。
 澄之と香西元長は、ついに加悦城の攻略をあきらめ、敵将石川直経と談判して兵を引いた。国府の赤沢勢には何の言伝ことづてもないままであった。
「腰抜けどもが、尻尾を巻いて逃げ帰りおって」
 宗益は激怒したが、かくなる上は丹後に留まっていてもせんない。
 山上の武田勢と消息しょうそこを通じ合い、今熊野城へ使者を送って、一色方との和談に入った。だが勝ったつもりの武田氏側の鼻息が荒く、なかなかまとまらない。
 その最中さなかである。
 六月二十三日、京で細川政元が暗殺された。
 あまりに唐突な終わりであった。
 自邸の湯殿ゆどのを出たところで、裸のまま番士に斬殺されたという。
 そそのかしたのは香西元長、そして元一の弟、薬師寺長忠ながただであった。
 二人はすぐさま、澄之を丹波から迎えて京兆家の家督とし、澄元と三好之長を襲って京から放逐した。将軍義澄よしずみもこれを認めたという。
 宗益は一報に触れると、眉一つ動かすことなく、すぐさま陣払いを命じた。
「京へ駆け戻り、香西を討つ。御屋形の仇を取るのだ。ことは一刻を争う。急げ」
 だが既に、加悦から石川直経ら国人衆が大挙北上しているとの報せが届いていた。敵中に孤立し、包囲を受ける形勢である。刹那も足を止めてはいられない。
 京勢が陣所を離れると、弁天山の中腹からすかさず一色勢が飛び出し、怒号とともに山上の成相寺へ攻め上がっていくのが望まれた。
 赤沢党と大和衆は、後ろも振り返らなかった。徒士の者たちは振り捨て、切戸きりどに渡した船橋ふなばしを踏み越えると、阿蘇海を横切る天橋立の砂洲を駆け抜けていった。
 新兵衛は、一団の前寄りをひた走っていた。ちょうど砂洲の半ばに差しかかった辺りである。浜辺に沿って続く松並木の陰に、白くひらめくものを見た気がした。
 首をひねって振り向いたが、とても追いつかない。思わず力任せに手綱を引きつけていた。乗馬は白い泡を噴きながら甲高くいななき、前脚で慌ただしく宙を掻いた。
「だんな、どうして止まるんです」
 駄馬にまたがった猿丸が、遠ざかりながら声を投げてきた。が、止まったどころではない。新兵衛は馬首をひるがえすと、強く腹を蹴って反対側へ駆け出していた。
「藍紗、一緒に京へ帰るぞ」
 大声で呼ばわりながら、松がの間を縫って走り続けた。しかし浜の表側にも裏側にも、確かに目にしたはずの薄衣は見えなかった。
「藍紗、どこにいる。早く出てこい。もう時がないのだ」
 馬が白砂にひづめを取られてよろめき、新兵衛は鞍の上から投げ出された。砂にまみれた赤い兜を振り捨て、佩楯はいだての脚を引きずりながら、なおも海辺をさまよい歩いた。
「藍紗、新兵衛だ。今を逃せば、きっともう会えない。頼むから出てきてくれ」
 喉を潰して叫びながら、木陰の一本一本に至るまで捜し回り続けた。
 四半刻しはんときほどもそうしていただろうか。
 宮津谷の方で細い煙が昇り、獣の遠吠えのような鬨の声が響き渡った。
 我に返って対岸を眺めやると、意外なほどの大軍が山際にひしめき、海から渡ってきたばかりの京勢を隙間なく取り囲んでいた。
 点々と目に映る赤い鎧兜が、足軽どもによって馬から引きずり落とされ、鎧通よろいどおしを突き刺され、首を打たれていく。
 一際目立つ巨大な人影が、既に横倒しになった蒙古馬の傍らで、海を背に立ち尽くし、雨のように注がれる矢玉を一身に受けていた。
「朝経兄い」
 と、新兵衛はつぶやいた。
 体中にを突き立てたまま、よろよろと二三歩前へ進むと、左手で長大な金砕棒を振りかざして敵兵をたじろがせた。
 そうして扉の開いた文殊堂もんじゅどうの内側へ、倒れかかるように姿を消した。
 丹後兵はその周囲に群がると、手にした松明たいまつを次々に投げ込んで火をかけた。
「そんなはずはない。死ぬはずがないんだ、朝経兄いが」
 新兵衛は、裂けるほどに両目を見開いていた。しかし、ここからでは止める手立てもない。
「いやだ、いやだあっ」
 小さな堂宇は見る間に燃え上がり、一つの巨大な火の玉になって、天まで届くほどの赤い煙をまっすぐに立ち昇らせた。

                        ~「天昇る火柱」完

Ending Theme "Burn" Deep Purple


これにて「天昇る火柱」全編は終幕です。
ここまで見ていただき、心からありがとうございました。

(ちなみにトップの画像は、実際に天橋立の文殊堂にある、唐風の騎馬武者像の板絵です。大陸ぶりの猛将としての赤沢宗益の姿は、ここから着想しました)

次回からは、「流れぬ彗星」最終第三部を開始いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。

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