天昇る火柱~最終第三部(2)「平凡」【歴史小説】
この小説について
この小説は、赤沢新兵衛長経という武将を主人公として、15世紀末~の戦国時代初期を描く『天昇る火柱』の最終第三部です。
薬師寺元一の乱、阿波守護家の反乱、そして両畠山の合体という立て続けの危機を、当主政元の知略と、赤沢宗益の武略という両輪で、何とか乗り切った細川京兆家。
目指す「日本国惣知行」へ向け、一路邁進してゆくはずが、思わぬ落とし穴に足を取られる。
それが「難治の国」大和。
あっさりと再征服を果たすはずの赤沢党は、国の奥深くまで誘い込まれ、大和惣国一揆に完全に包囲される。
一体何者が、このような計略を描き出したのか。
さらに運命の地、丹後天橋立で、赤沢宗益と新兵衛の二人を待ち受ける結末とは……
神も仏も恐れぬ赤沢党の戦いを描く壮大な歴史シリーズ、ここに堂々の完結!
本編(2)
京を出た新兵衛たち一行が向かっているのは、木津の鹿背山城である。
昨年末からの両畠山征伐で、大和一国は挙げて細川軍の通過を拒んだ。
河内を征服した赤沢宗益は、国境を迂回した見返りに、興福寺から二百貫文の礼銭をせしめていた。それでもやはり、大和を自らの所領として取り戻したい野心は消えていない。
敗残の畠山義英が吉野へ逃げ込んだとの雑説も聞こえており、強いて兵を入れる口実もあると言えた。
かくして今、赤沢勢による大和侵攻が、三たび行われようとしている。
ただし細川政元は、そこに二つの条件をつけた。
一つは、細川一門と和睦し、恭順の意を示している興福寺、および奈良町に対する手控えである。
大寺社の庇護にうるさい将軍家からの介入をかわし、なおかつ惣国一揆の団結にひびを入れるためでもあった。
そしてもう一つは、三好之長率いる阿波衆の加勢であった。
幾多の合戦、失脚と赦免を経て、宗益直属の赤備えは、全盛時の半分ほどにまで数を減らしていた。今回は加賀門徒衆の援軍もない。
その穴埋めに阿波勢を使おうというわけだが、政元にとっては、新たな兵力が実際どれだけ戦えるのか、見極める場ともしたいのだろう。
新兵衛には、河内で政経と遊佐氏との間を取り次ぐ仕事が残っていた。宗益と之長は先に木津へ入り、既に軍評定を始めているはずであった。
鹿背山城は、木津川の流れが弓なりに湾曲したほとり、東に瓶原、西に上狛を見下ろす山腹に立っている。
空堀に設けられた土橋を渡り、西の郭から東の主郭へたどり着くと、僧綱領を立てた小柄な男が迎えに出てきた。
「お久しうござる、新兵衛尉殿」
他でもない、五十の坂を越えた古市澄胤であった。傍らには、まだ頭の剃り跡も青々とした若僧を連れている。
「河内より遠路はるばる、まことにご大儀でありました」
慇懃に下ろした面を上げると、顔の半分に三日月のような刀傷が走り、右の瞼まで食い込んでいた。
「その傷は」
「なに、先年井戸城を攻めた際、自ら殿軍を務める羽目になりましてな。今となっては、てんで大したことではござらん」
笑ってみせた唇も、不自然にめくれ上がって歯茎を覗かせている。
「あなたもとことん懲りぬ人だ。城を二度にわたって焼かれ、そのような体になっても、また郷土へ攻め込もうというのか」
「一口に大和と言っても広いもの。拙僧は、古市と奈良以外の土地を郷土と思ったことはない。箸尾や十市などといった田舎者と、わざわざ一味同心したいとも思いませぬな」
またしても惣国一揆より除外され、木津から国中を睨みつけている澄胤は、大和から見ればもはや鬼子以外の何者でもなかろう。
「とは言え、やはり拙僧も興福寺衆中の一員。今はこの子に、官符衆徒棟梁となる道を残してやりたい一心です」
澄胤は、厚ぼったいたなごころを、隣の若僧の肩の上に置いた。
「我が子の胤盛にございます」
小柄な父と、さして変わらぬ背格好である。よく澄んだ両の瞳で新兵衛を見上げてから、機敏に一礼してみせた。
澄胤の妻は、越智氏の娘である。ところが越智の当代は、宿敵の筒井と婚姻している。つまりこの胤盛は、既にして母方の実家と対決する宿命にあるのだった。
「京兆家にとって、あなた方の忠勤は天晴れだ。古市が揺るぎなく南都を抑えてくれるなら、我らとていつまでも繰り返し、大和にばかり攻め入らずともよくなる」
もっとしっかりせよ、という叱咤も言外に含まれている。澄胤は、浅葱色の袍の袂を合わせて一礼した。
「そう言えば、昨年の末に胤栄が死にました。古市の迎福寺であったとのことです」
「左様か」
まだ生きていたのか、という思いと、死なせてしまった、という思いが、二つながらにこみ上げてきた。
「今まで機会を逸していたが、西方には一度じっくり尋ねてみたい話があった。此度の遠征のあと、古市を訪れられたらと思っていたのだが」
「一人きり、看取る者とてなく、寂しい最期だったとのことです」
兄の死に様を語る弟の口ぶりには、どことなく勝ち誇ったような様子が漂っていた。その左の腰には、今も変わらず銀銅蛭巻拵の太刀が佩かれている。
城館の会所へ赴くと、小袖一枚きりの宗益と、ひどく肥え太った黒い大紋姿の大男が向かい合っていた。
松皮菱に釘抜の紋で、赤沢氏と同じ小笠原流源氏であることを示している。それが細川阿波守護家の執事、三好之長であった。
背中を丸め、立て膝に頬杖をついている宗益と、背筋を伸ばして太鼓腹を突き出している之長がいるだけで、部屋が一間ばかりも狭くなったように感じられた。
新兵衛は目礼し、父の隣へ腰を下ろした。
「しかし、三好殿。そのような腹で、満足に馬を操ることができるのか」
酒盃も地図も間に置かないまま、宗益は愚にもつかぬようなことを尋ねた。
「仰るとおり、近ごろは鞍にまたがるのも苦しく、輿に乗ることが多くなっております」
「さもあろう。かくの如き有様で、臨機応変に一軍を率いて敵なしとは、かえって感心する」
「安禄山なら、この腹には赤心が詰まっております、とお答えするところでしょうな」
二人は低く声を揃えて笑った。あたかも虎と象が囁き合っているかのようだ。
「京雀どもも、此度の阿波勢の上洛には戦々恐々だったようだが、なかなかどうして。貴殿もその腹のように、ずいぶん丸くなったと見える」
「二十年も経てば、人は変わるもの。それに洛中は、今後若様の大切なお庭となる場所ゆえ」
膨れた瞼の下に不敵な光を宿しつつ、之長は微笑んだ。
三好勢の上洛は、これが初めてのことではない。応仁文明の大乱に際し、之長は既に京で活発に動いていた。
それも洛中で土一揆を煽り立て、乱取りを繰り返し、味方のはずの東軍大名とも小競り合いを起こすなど、悪名ばかりを高めていた。
当時の京兆家は厳罰を求めたが、阿波守護家の側ではむしろこれを庇い抜いた。それだけ替えのきかない男と目されていたのだろう。
「とは言え、沢蔵軒殿の大和での仕置きもまた、負けず劣らずのものだったと聞き及んでおります」
「まあな。奈良坊主どもを、千年の眠りから叩き起こしてやりたかったものでな。そのおかげで公方から睨まれ、一度は牢人の憂き目にあったわ」
「それゆえ、我らを似ている、と言う者も多いようでございます」
「ちっとも似ておらん」
「全く。ただ平凡な人間から見れば、我らのような者は一くくりに異類と思われるのでしょう」
「平凡な人間のう。筑前守、そなたはずいぶんと自惚れが強いようだな」
二人はまた静かに笑い合ったが、弓弦のように張り詰めた気配は隠しようもなかった。
之長が一礼しておのれの陣屋へ帰っていくと、宗益は畳の上に毛むくじゃらの脛を投げ出し、顎をしゃくってみせた。
「長経、あれをどう見る」
「ずいぶん暗いやつかと」
「そうよな、触れれば燃え上がるような陰火よ。あるいは、窯焼きにした鉄火か。まあ何にせよ、御屋形は面倒くさいのを引っ張り出してきたものだ」
白髪交じりの鼻毛を抜いて涙目になりながら、宗益は特大の大の字に寝転がった。
~(3)「覆滅」へ続く
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