天昇る火柱~最終第三部(1)「地獄」【歴史小説】
この小説について
この小説は、赤沢新兵衛長経という武将を主人公として、15世紀末~の戦国時代初期を描く『天昇る火柱』の最終第三部です。
薬師寺元一の乱、阿波守護家の反乱、そして両畠山の合体という立て続けの危機を、当主政元の知略と、赤沢宗益の武略という両輪で、何とか乗り切った細川京兆家。
目指す「日本国惣知行」へ向け、一路邁進してゆくはずが、思わぬ落とし穴に足を取られる。
それが「難治の国」大和。
あっさりと再征服を果たすはずの赤沢党は、国の奥深くまで誘い込まれ、大和惣国一揆に完全に包囲される。
一体何者が、このような計略を描き出したのか。
さらに運命の地、丹後天橋立で、赤沢宗益と新兵衛の二人を待ち受ける結末とは……
神も仏も恐れぬ赤沢党の戦いを描く壮大な歴史シリーズ、ここに堂々の完結!
本編(1)
「はるばる信濃から上洛してみれば、このようなところを治めろと言うのだからな」
ひどく小柄な武士は、周囲の有様を見回しながら、露骨に顔をしかめた。
赤沢政経。
他でもない、信州に残してきた宗益の嫡子である。
新兵衛の甥に当たるが、奇妙なことに十も年上だった。
高屋城本丸の高台に、外見も年齢も間柄も、何もかもちぐはぐな二人は立ち尽くしていた。
往昔の帝王の古墳を利用した丘陵上だが、その城館は焦げた炭の柱ばかりとなり、ほうぼうから黒い煙を立てている。
眼下に望まれる町場もまた、一面の焼け野原となり、おちこちで静かに余燼を燻ぶらせている。
「まずは城を再建するところからですな」
赤沢新兵衛は、甥のぼやきに他人事のような答えを返した。
「我らの在地とて、決して穏やかではない。いつまでも自分の城を空けてはおられぬのだ」
政経は、信州善光寺平、千曲川の岸に立つ塩崎城の主である。
赤沢氏は、信濃守護小笠原氏の分流として代々主家に仕えてきた。だが信州でも守護家が三つ巴に分裂し、まるで終わりの見えない抗争を繰り広げていた。
そのようなただ中で、政経は宗益から、一族郎党を率いて上洛するよう命じられたのである。
二十年も昔に出家し家督を捨て、隠居分になっているはずの実父であった。内心は拒みたかったろうが、天下の覇者たる細川政元からの命令とあれば、にべもなく断るというわけにもいかない。
それだけ、京兆家には人手が足りなかった。焼いた餅のように、領国の外側ばかりが膨れ上がっていく。内衆筆頭たる安富まで零落し、もはや外様の赤沢が、一族を挙げて柱石たらねばならないのだ。
「お察しいたします」
年下の叔父は、てんで心のない調子で相槌を打った。
政経は既に中年に達そうとしており、額や口元には皺も目立つ。なぜこんなに小柄なのかと腹が立ってくるくらい、群を抜く偉丈夫の父にはほとんど似ていない。
「しかし、話には聞いていたが、本当に大和でそなたを養子に取っていたとはのう」
政経は、訝しむばかりの眼差しを傍らへ投げてきた。
新兵衛は顔を背け、薄い雲の棚引く北の空をはるかに眺めた。
こちらがずいぶん年下ということもあるが、叔父、甥という筋目をまるで守る気のない言葉遣いだ。嫡流と庶流、という生まれの違いが、どうしても表に出てくる。
全く、故郷を捨てたつもりが、こんな所に来てまで、またぞろそんなことを思い出さなくてはならないとは。
「父上は、もう鷹狩をせんか」
「鷹でございますか」
新兵衛は虚を衝かれ、思わず首をひねった。
「秋冬のものでしょうが、そのようなお姿は、ほとんど見たことがありません」
「さもあろうな。信濃では、故実の書をものするほど凝っておられた。それが変わったのは、やはりあの唐船なんぞに乗ってからだ」
「しかし、変わられたからこそ、今の父上があられるのでしょう」
年上の甥は答えず、また郭の焼け跡をぐるぐると見渡した。
切岸の上の土塁に、生首が堆く積み上げられている。老若男女問わず、あるものは白目を剥き、あるものは舌を突き出し、乾いた血糊と断末魔の苦悶にまみれている。
「首実検はしましたが、尾張守らしきものは見当たりませんでした。誉田城でも上総介は見つからなかったそうです」
「畠山という連中は、とかく逃げ足ばかりは速いらしい。これだけの者どもを、あたら死なせておきながら」
「畠山に限りませぬ。ただ人の上にあぐらをかいている者は、押しなべて同じです」
政経は、はっきりと反感のこもった目つきを向けてきた。
「勘違いするなよ」
「は」
「隠居した父の養子になったからといって、源氏小笠原流の跡継ぎになったなどとは考えるな、ということだ。どこまで行ってもお前は所詮、傍流の庶子でしかないのだからな」
「重々承知の上」
新兵衛は、凄みを宿した眼光で睨み返した。
「武士も、源氏も、小笠原にも興味はない。俺はただ、この役立たずの命を、父とともに燃やし尽くしたいだけだ」
政経は一瞬たじろいだ様子だったが、取り繕うように目を伏せ、鼻で笑ってみせた。
「せいぜい背伸びをしておるがよいわ」
肩をそびやかし、館の残骸を取り巻く陣屋の方へ歩き始めた。新兵衛も深く嘆息し、二の丸郭の方へ下っていこうとした。
「新兵衛尉」
途中で呼び止められて振り返ると、政経は妙に入り組んだ面差しをしていた。
「あのような父だが、家督のわしを領地から呼び寄せるほど切羽詰まっている。そばにいるそなたを最も頼りにしているのは、間違いあるまい」
「わざわざ言われずとも」
新兵衛は軽く手の甲を振り、ゆっくりと歩き去っていった。
永正三(一五〇六)年という年。
京兆家の勢威は、極盛を迎えようとしていた。
三月、本願寺実如の御文を受けた越中の門徒衆が、一斉に蜂起した。
そこへ加賀の一向一揆も合流し、各地で守護勢を破って武家領を荒らし回った。
越中守護であるはずの畠山尚慶は、紀伊へ逃れ生き永らえているとの雑説はあったものの、依然として消息不明であった。
能登畠山家もまた、兄弟での内紛を抱えている上、自国内の一揆勢を抑えるのに手いっぱいであった。
加賀、能登、越中の門徒衆は、併せて三十万という人数を号し、西進して越前へ雪崩れ込んだ。
越前守護の朝倉氏は、虎の子の兵一万を率いて一乗谷から出撃すると、九頭竜川のほとりではるか多勢の一揆方を大破した。
そのままの勢いで加賀との国境まで進撃し、北潟湖のほとりに立つ吉崎御坊を攻め落として火をかけた。かつての門主蓮如が建立した大伽藍は、三日三晩燃え続けて灰燼に帰したという。
こうして北陸道は、細川京兆家の意を受けた一向一揆と、それを何とか鎮めようとする守護勢との間で、血みどろの合戦が続いていくことになった。
「ほとほと、地獄の釜を開けるのが好きなお方だ」
黒漆塗の鞍上で揺られながら、新兵衛はぼやいた。
「これだけの戦を立て続けに続けて、その先に一体何があるんでしょうかねエ」
傍らで旗持ちを務めている猿丸が、どこか呑気な調子で応じた。
「右京兆様にしか見えていない、何かがあるのであろう」
日本国惣知行。そしてその後、鄭和の大航海事業を、この国の人間が受け継ぐ。
それは今や、新兵衛自身の夢と重なっていると言ってもいい。
一向宗にばかり戦わせていたわけでもないが、細川政元の目は、今や北方へと向けられている。
両畠山の勢力が壊滅したあと、河内でも残された国人衆たちの一揆が結ばれていた。京兆家は、守護代の遊佐氏が国へ戻ることを認め、信州から呼び寄せた赤沢政経を目付に置いて、河内一国をひとまず鎮定していた。
和泉においても、一度は畠山尚慶に駆逐された細川一門の守護家を復帰させていた。堺の納屋貸衆は六千貫文もの大枚を京兆家へ上納し、改めて服属を誓っていた。
南方の敵が消え、次に政元の標的となったのは、丹後の一色氏である。
一色は、足利一門にして七頭の一角であり、代々丹後守護職を相伝してきた。一方で、隣国若狭の新興勢力である武田氏と、鋭く対立し続けていた。
応仁文明の大乱以降、京兆家の忠実な藩屏となった若狭武田氏は、しばしば丹後へ攻め入り、その守護職を奪ったことさえあった。
一色氏の本家が断絶し、三河にいた一色義有が帰国して跡を継ぐと、政元はその筋目に非を鳴らし、武田氏に命じてまたぞろ丹後へ討ち入らせていた。難儀するようであれば、自ら出馬して一国を併呑する構えさえ示している。
「しかし、どれだけ領地を広げても、財産を積み重ねても、あの世まで持っていけるわけじゃありませんや。御屋形様が、近ごろ阿州から来た若様のために働いているわけでもありますまいし」
阿波守護家からの養子、細川澄元が上洛を果たしたのは、この四月のことである。
傍らには、執事の三好之長も付き従っていた。阿波勢の身なりはずいぶんと古ぼけ、みすぼらしく見えたが、西大路を行進しながら誰一人口を開かず、身ごなしは剽悍そのもので、暗く輝く眼光が餓狼の群れのようだったという。
一方で跡目を外された細川澄之は、ただ一介の将として、入れ替わるように丹後へ出征していった。
領国の丹波から兵を率いて北上し、大江山を越えて加悦城を取り囲んだが、敵方の国人衆を調略しているとばかり言い張って、一向に動こうとしないという。
「政務の行方はともかく、右京兆殿ご自身は、むろん末永く生き続けられるおつもりだ。そのための飯縄の修法でもあろう」
「日の本が丸ごと、山伏の国になっちまうんじゃありますまいね」
「そうなったら、猿丸は真っ先に笈を背負って山籠もりだな」
主従は声を揃えて笑った。
木津川沿いに広がる一面の稲穂も、それに応じるようにさわさわと揺れた。
~(2)「平凡」へ続く
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