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幸福の分析・人が不幸になる仕組み

自殺を考えたときに気づいたこと

人はなぜ「生きる」を選ぶのか


かつて、僕は本気で自殺を考えたことがあります。
そのとき、冷静に見つめた「生きる」と「死ぬ」の選択肢について、今でも忘れられない気づきがあります。

人間には二つの選択肢しかない

人間の根源的な選択肢は、たった二つです。
生きる」か「死ぬ」か。

そして「死んだらどうなるか」は、どれだけ思考しても分かりません。
無になるのか、天国のような場所があるのか。
可能性はいくつかあるかもしれませんが、それを証明できる根拠はありません。

一方、「生きる」を選んだ場合、待っているのは幸福か不幸かの状態です。

幸福には二種類ある

幸福には大きく分けて、外的な幸福内的な幸福があります。
外的幸福:お金、地位、美しさなど、社会的・物質的なもの
内的幸福:感謝、安心、満足感、つまり脳内のホルモン分泌によって得られるもの

本来、外的幸福は内的幸福を得るための手段であるはずです。
しかし現代では、多くの人がその関係を逆転させ、外的幸福を自己目的化してしまっています。

外的幸福は競争によってしか得られない

外的幸福のほとんどは他者との比較によって成り立ちます。故に外的幸福には限りがあります。競争相手の数が決まってるからです。

だからこそ、外的幸福を求めすぎると、不幸のスパイラルに陥っていきます。
•お金がなければ生きていけない
•競争に負ければ、自分は「価値がない」と感じてしまう
•周囲が努力している中で、自分だけが立ち止まると、相対的に「最低限」すら失ってしまう

ここでいう外的幸福の「最低限」とはお金など生存に直結するものです
つまり、私たちは命を人質に競争させられ続けられています
この構造がある限り、外的幸福を完全に捨てることはできません

競争社会を楽しむという選択肢

では、どうすれば外的幸福を求めながらも不幸にならずにすむのか?

そのヒントは、競争社会そのものを「コンテンツ」として楽しむことです。

ゲームのように、人生のステージを進めていく感覚で、競争を「楽しむ」側に回る。
このマインドを持つことで、不幸に飲み込まれるリスクは大きく下がります。

本当の地獄とは

一方で、内的な幸福が壊れているまま生き続けることは、真の地獄です。
• どれだけ物質的に満たされていても、心が壊れていれば意味がない
• 生きるという選択肢をとっても、それが「苦痛を味わい続けるだけ」なら、死を選ぶほうがマシかもしれない

だからこそ、人は幸福なしには生きられないのです

生きる意味は「幸福を求めること」

上記の記事を読んでいない人はこの話と深い関わりがあるので読むことをお勧めします

この「幸福を求める矢印」こそが、**すべての人に共通する“生きる意味”**だと僕は思います。

「生きる」と「死ぬ」の選択肢がある中でなぜ僕たちは生きるを選択するのか
それは「幸せになるため」です
「不幸なら自殺したほうがマシ」なので

余裕がある人は、この基本構造の上にいろんな「生きがい」や「目標」を積み上げているだけ。
でも、どんな人生も、根底にはこのシンプルな構造があるのではないでしょうか。

終わりに

僕が自殺を考えたとき、気づいたのは「死」を恐れることでも、「生きる意味を見つけること」でもなく、
**“生きることは常に、幸せを目指す行為である”**という当たり前すぎる真理でした。

今、苦しんでいる人にこの言葉が届くなら、僕が生きていてよかったと思えます。

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