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No.1028 「血」を頻繁に使うのはなぜか?
自分にとって生命力を感じる行いを言語化する際、この生々しい表現が相応しいように思えるからなのと、顔も声も大人しい普段のわたしとの差を付けたいから。
主にここの創作活動や読書に対して使用しますが、
共通するのは、他者が差し出した言葉の背後にある世界観の見え方を学べること。
つまり、他者の世界観とそれを見る自分の世界観が融合する(ような気がする)こと。
この営みから生命力が強化され、使える言葉数も以前と比べて確実に増えました。
言葉そのものは誰かの借り物
しかし、その中身を知らないままというか、知ろうともせず伝えるで完結させるのは、思考停止と言えるし、まるで伝書鳩的ではないか?
使う言葉には自分の世界観から引き出した解釈を重ね合わせる。それも更新する前提で。
創作活動をするまでずっと狭かった世界観を広げるに相応しいこの環境に移動しなければ、ずっと年だけを重ねてたでしょう。
人間だけが持つこの能力を使い切るまで使う
それは文字だけでなく声も同じように心血を注ぐ。
熱量は相対的に弱めですが、これも回数と時間を重ねて、やがてサクサク語れるようでいたいです。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
”サクセスストーリーの創作”はこれからも続きます!