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【連載小説】男友達との約束:5


前の話


 悠也との友情を引き裂かれそうになった翌日から、私は、悠也の彼女さんについて調べることに必死になっていた。彼氏の友人関係を管理しようとするなんて、とんでもない束縛系の彼女であることは間違いないのだが、悠也は別れようとしない。今回は大丈夫だったけど、彼女さんがまた嫉妬して、同じような事態に陥るかもしれない。私だけでなく、他の女友達もブロックさせられて、最終的に悠也は孤立させられてしまうかもしれない。そんなの駄目だ。私が悠也を守るしかない。
 悠也の彼女さんは、なんと本名でSNSを登録していて、しかも、主に写真や動画を投稿するタイプのSNS上で、顔写真や地域名等もまったく暈していない。無防備すぎる。ネットリテラシー皆無だ。けれど、おかげで私は容易に情報を得ることができた。
 会社の休憩室のテーブルに行儀悪く両肘をついてスマホを覗き込み、悠也の彼女さんのSNSを必死にパトロールしていると、向かい側に誰かが座った。

「お疲れ様でーす」

 明るく呑気な口調で挨拶しながらテーブル上にコンビニの幕の内弁当を広げているのは、他部署の後輩女性だ。滅多に休憩時間が重ならないから、名前までは覚えていない。よくある苗字だった気がするんだけど、何だったかな……。

「どうしたんですか。愛里先輩、めちゃくちゃ怖い顔でスマホ睨んでますよ」

 後輩の名前は思い出せないままだったが、相手はしっかり私の名前を覚えている。気まずくて曖昧に微笑んだが、後輩は気にした様子も無い。それどころか、「彼氏と喧嘩でもしました?」と、冗談混じりに無神経な質問を投げかけてくるので辟易した。スマホを睨んでいたから彼氏と喧嘩なんて、思考が偏りすぎてないか。
 目の前で弁当を食べ始めた後輩と当たり障りの無い雑談をするの羽目になっても億劫なので、立ち上がろうとした。……が、ふと、思いついてその場に留まる。私と悠也の友情について、第三者の意見も聞いてみたくなったのだ。
 昔からの友達である結菜や芽依は、中途半端に悠也を知っているせいで、どうしても主観が入ってしまう。だから、男女の友情について理解してもらえないし、私が悠也に恋愛感情を抱いているなんてとんでもない誤解までされてしまう。仮に、悠也の彼女が束縛系のヤバい女で悠也が危ないという話を彼女たちに相談しても、他人の恋愛に口を出すなとか、私が悠也の彼女に嫉妬してるとか、的外れなアドバイスをされるに決まっていた。
 その点、目の前にいる後輩は余計な先入観が無い。公平な意見が聞けるかもしれない。

「ちょっと意見聞きたいんだけど、いい?」

 遠慮がちに切り出してみると、仕事の話だとでも思ったのか、後輩は少しめんどくさそうに「はあ……」と曖昧な返事をした。

「彼氏の女友達に嫉妬して、女友達のメッセージアプリをブロックさせるって、束縛系のヤバい女だと思う?」

 私が言葉を続けると、後輩の瞳はたちまち生き生きと輝いて、完全に野次馬の表情になった。

「えー? それって、愛里先輩がブロックされた側ですか? それとも、させた側?」

 身を乗り出して問いかけてくる後輩の勢いに私の方が怖じ気づいてしまい、「いや、私の友達の話なんだけどね……」と、ありきたりすぎる言い訳をしてしまう。後輩は「ふーーん」と、腑に落ちない様子で首を傾げたが、すぐに瞳は好奇心を取り戻した。

「彼氏の友人関係にまで口出すのは確かに束縛ですねー。しかも友達をブロックさせるなんて強者ですよ」

「でしょ? やっぱり」

 好奇心丸出しの後輩の態度は気になるが、私と同じ意見だったので安堵した。やっと味方ができた気分だ。

「でも、彼氏の方も合意してるならいいんじゃないですか? 他人の恋愛なんて首突っ込むの面倒だし。嫉妬深い女がかわいくて好きっていう男もいるし」

 安堵していた直後に後輩があっさり意見を翻したので、私は混乱した。男友達が質の悪い束縛女と付き合ってるってわかっていながら放置するってこと?

「……え? でも、そんな束縛女と一緒にいても、彼氏は絶対に幸せになれないよね?」

「でしょうねー。だけど、その彼氏にとっては彼女が最優先ってことだから、仕方ないじゃないですか。恋人ができたら異性の友達とは自然と疎遠になって縁が切れることも多いし」

 全世界の常識みたいな口調で後輩は語っているけれど、私と悠也は互いに恋人がいる時は適切な距離を保っていただけで、友人関係自体は続いていた。恋人ができて縁が切れるなんてことは無かったのに。そういう深い友情も存在していることを彼女は知らないんだ。

「彼女ができたら女友達と縁を切らなきゃいけないなんておかしくない? 異性の友達ってだけで、今まで築いてきた友情を諦めなきゃいけないのはおかしいと思うよ」

 つい熱くなって反論すると、後輩は驚いたように目を見開いたあと、何やら納得したように「あーー……」と頷いた。その反応を見て、一瞬、しまったと思った。自分の立場を暈して相談していたのに、今の発言で完全に私が女友達の立場だとバレてしまっただろう。だけど、私は間違っていないのだから、もうバレても構わない。

「思うんですけど、それ、性別って関係ありますかね? 恋人を優先したいタイプと友達を優先したいタイプがいるってだけの話じゃないんですか? 友達よりも彼氏を優先したいっていう女友達がいたら、自然と疎遠になったりしますよね? 彼氏ができたらいきなりブロックしてくる意味不明な人もいるし。男友達でもそれは同じだと思いますけど」

 やけに饒舌に語る後輩の口元をぼんやりと眺めながら、同性の友達に彼氏ができた時のことを思い出してみた。彼女たちから「彼氏できた」報告を聞くと、いつも「おめでとう!」と心の底から祝福したけれど、彼女たちは彼氏とのデートが最優先になってしまい、私との約束は後回しになり、恋バナに夢中になり、友情は最後尾に押しやっていた。彼女たちの恋愛は勝手に進行して、勝手に終わったり始まったりしていたから、すべて把握しておくのは疲れる。女同士の友情は維持するのが難しい。
 彼女たちの友情と、悠也と私の友情が同じとは思えない。だって、彼女たちは自主的に彼氏を優先しているけれど、悠也は束縛女の嫉妬のせいで強引に私と縁を切らされそうになったのだ。悠也は考え直してくれて私との友情は保たれたけれど、危ないところだった。

「女友達は疎遠になっても放置なのに、男友達にだけグイグイいってたらぶっちゃけ引きますよね。たまにそういう人いるけど」

 さっきまで好奇心を露わにして瞳をかがやかせていたのに、もう飽きてしまったのか、後輩は少しめんどくさそうに吐き捨てた。何があったのか知らないけど、後輩は明らかに「彼氏の女友達」を敵視している。ちっとも公平じゃない。
 言いたいことだけを吐き出した後輩は私の存在を無視して幕の内弁当の鮭を箸でほぐそうとしていたが、うまくいかなかったらしく諦めて噛みついている。とても行儀が悪い。
 異性の友情を馬鹿にしている後輩の言葉に反論しようとしたけれど、彼女に理解してもらえるとは思えなかった。そもそも、男だから、ではない。私は「悠也」を大切に想っているだけ。私と悠也の特別な関係を。

「ていうか、他の女の彼氏になった男なんて、もうどうでもいいと思いません?」

 咀嚼した鮭を呑み込んでから後輩が吐き捨てた言葉を聞いて、私は時間を無駄にしたなと思った。彼女は、異性の友人との間に恋愛感情や下心が存在していることを大前提として話していたんだ。それなら、私と悠也には当てはまらない。
 私が見ている世界と、後輩が見ている世界が違いすぎて目眩がしそうだ。いや、後輩だけではない。結菜や芽依も、異性との友情について少しも理解していなかった。
 目の前で淡々と弁当を食べる後輩と同じ空間にいるのが窮屈になってきて、スマホだけを持ってオフィスに戻る。昼休みのオフィスはだいたい無人だから1人になるには最適だと思ったのだ。それなのに、なんと、デスクに加納さんが座っていた。私がオフィスに入ってきたことに気が付いた加納さんは、「あら、お疲れ様」と微笑みかけてくる。私も「お疲れ様です」と返して自分のデスクに向かう。加納さんの隣。本当は昼休みまで加納さんの隣に座るなんて絶対に嫌だったけど、加納さんの姿を見つけた途端に引き返すのも気まずい。どうしようかなと悩んでいると、加納さんは立ち上がってオフィスを出て行こうとしていた。安堵して身体の力を抜く。

「……あの。愛里ちゃん、ちょっといい?」

 安堵しきって油断しまくっていたところに背後から声をかけられたので、あと少しで喉から声が飛び出してしまうところだった。危うく首を痛めてしまうのではないかと思うほど勢いよく振り返ると、加納さんが遠慮がちに微笑みながら立っていた。「な、何ですか?」と問い返す声が裏返ってしまったせいで、2人の間の緊張感が高まる。

「あのね、言おうかどうかすっごく迷ったんだけど……気を悪くしたらごめんね。最近、愛里ちゃんの香水の匂いがけっこう強くて……」

 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。香水? ひょっとして、加納さんは私の香水が臭いって言ってるの? 悠也にもらった香水が? 

「隣の席だから、匂いが気になっちゃうんだよね。もう少しだけ控え目にしてくれると助かるな」

 何か返事をしなければと頭ではわかっているのに、言葉が出てこない。どうしても素直に「はい」とは言えなかったし、言いたくなかった。だけど、目の前で曖昧に微笑む加納さんに早く去ってほしくて、やっと無言で頷く。加納さんは「ありがとう」と言い残して逃げるようにオフィスを出て行った。
 どうして。どうして私だけ?
 私だって加納さんの頻繁な溜め息に疲れてたし、エンターキーが強打される度に怖かった。隣の席に座っている私にしかわからない苦痛を毎日積み重ねていたのに、どうして私だけが加害者みたいに言われなきゃいけないの。
 オフィスで噂話をしていた加納さんの声が脳裏に蘇る。

――……そうでしょ? 下手に注意してパワハラとか言われちゃうのも困るし。ほんと嫌な世の中よね。

 この前、加納さんが他の社員と噂していたのはこの件だったんだ。私の香水が臭いって、周りに言いふらしているのかな。だとしたら理不尽すぎる。
 先に被害を訴えた方が勝つ。被害者面したもん勝ち。香水の匂いを我慢してる私、カワイソウ! って言いふらした方が勝つんだ。私は社内で加納さんの悪口を言ったことなんて一度も無いのに。
 そもそも、私が香水を会社につけてくるようになったのは加納さんのせいだ。悠也にもらった香水をつければ、加納さんのエンターキー強打も溜め息攻撃も乗り切れる。だから、私の香水の匂いがきついとしたら、それは加納さんの自業自得だ。
 世界中が私の気持ちを否定している気がする。いったい何がいけないのか。悠也を大切に想っている。それの何が悪いの。悠也にもらった香水をつけることすら許されないの?
 少しでも油断すると涙が溢れてしまいそうだったので、デスクに突っ伏して涙を止める。だいたい、加納さんが匂いに敏感すぎるだけじゃないの? これまで一度も香水の匂いを指摘されたことなんて無い。
 大きく息を吐いてデスクから顔を上げると、ちょうど同期の男性社員がオフィスに入ってきた。何か忘れ物を取りに来たのかもしれない。私の向かい側の席で忙しなくデスク上を漁っている。その男性社員に「ねえ」と声をかけると、男性社員はデスクを漁る手を止め、私の顔を正面から見た。

「私の香水の匂いって、そんなにきついかな?」

「うーん……。そんなことないよ」

 あっさり答えてくれた男性社員は、再びデスクの上を真剣な表情で漁り始めた。私の胸に一気に安堵が広がっていく。……ほら、やっぱり。他の人は気にしてないんだ。気にしているのは加納さんだけ。
 気持ちが落ち着いてくると、悠也の彼女さんの問題を思い出した。そうだった。今の彼女さんはとんでもない束縛女だと悠也に警告しなければならないんだった。
 スマホの液晶画面を操作し、悠也の彼女さんのSNSアカウントを開く。本名で登録されている彼女さんのSNSアカウントは、おしゃれなカフェやスイーツの写真で溢れている。友達と思われる人物の写真もいくつも投稿されていて、なんと悠也と2人で写っている写真も暈さずに投稿されていて目眩がした。SNSは全世界の人が閲覧できることを知らないのだろうか。実際、会ったこともない私がこうやって彼女さんの私生活を覗き込んでいるというのに。
 ふと、彼女さんの過去の投稿の中に気になる写真を見つけた。居酒屋らしき場所に10人くらいの男女が集まっている写真で、「会社の飲み会」というタグがついている。気になったのは、彼女さんが若い男性と仲良く顔を寄せ合って笑顔で写真に写っているということだ。会社の飲み会とはいえ、そんなに寄り添っているなんて怪しくないか。悠也を束縛して私との縁を切らせようとしていたくせに、自分は会社の飲み会で男性社員と顔を寄せ合っているなんて。
 悠也は今時珍しいくらいSNSに興味がないから、彼女さんの裏の顔を知らないんだろう。教えてあげないと可哀想だ。彼女さんの飲み会の投稿をスクリーンショットし、彼女さんと男性社員が寄り添って写っている部分だけをトリミングして保存する。これでわかりやすくなった。
 私が悠也を守る。今までもそうだった。私が親友として彼を守ってきた。悠也はいつも変な女ばかり選ぶから。私がいなかったら、悠也は今頃、地雷女に振り回されて悩まされていたはずだ。
 高校時代に悠也が付き合っていた彼女は、明るくて誰とでも仲良くできるクラスの人気者だったけど、他の男と平気で手を繋いだり2人きりで出かけるような尻軽女だった。彼女の裏の顔は男子生徒の情報網に届いていなかったから、私が悠也にこっそり教えてあげた。
 悠也が社会人になって初めてできた彼女さんは、とても清楚で良い人そうだった。だけど、友達になって探りを入れてみたら、案の定、男遊びが激しい人だった。
 決して私が別れさせたわけじゃない。別れを選択したのは悠也だ。私は情報を与えただけ。悠也はいつも「愛里のおかげだ、ありがとう」と言ってくれた。
 30歳まで、もう少し。
 私は悠也と結婚することになるかもしれない。結婚しても、親友として傍にいよう。キスもセックスもいらない。私は、悠也とずっと友達でいたいだけ。私と悠也は親友。それだけだ。結婚しても親友であり続ける。私たちには、それができると信じている。
 もちろん、悠也の恋愛がうまくいくなら、それがベストだ。でも、今回の彼女さんも、あまり良い人とは言えないみたいだ。スクショで保存した悠也の彼女さんのSNS写真を眺める。男性とかなり近くまで顔を寄せ合っている。どう見ても、ただの同僚の距離感ではない。トリミングしたおかげで余計にカップル感が増していた。この写真をさっそく悠也に送ろうかと思ったけれど、直接会って話したいし、深刻な相談を受けることになってしまいそうだから、悠也の家の前で待っていた方が早いかもしれない。
 ……と、今後の段取りを考えていると、メッセージ受信のプッシュ通知が液晶画面に表示された。芽依からのメッセージだ。悠也との約束を小馬鹿にしていた芽依の含み笑いを思い出し、ついムッとしたけれど、送られてきたメッセージに目を通す。

「悠也君のことで話があるんだけど、少し会えない?」

 短くて簡潔なメッセージだった。けれど、私の頭を混乱させるにはじゅうぶんすぎる情報量で。芽依が、悠也のことで話がある? どうして?
 疑問が多すぎて胸がざわつく。芽依は悠也について、私が知らない何かを知っているのだろうか。……いや、そんなはずない。悠也の親友は私だ。それは芽依にも確認したはず。
 だけど、「私は悠也君のことは何とも思ってないよ」と言った時の、芽依の心配そうな目つきが唐突に脳裏に蘇って、そのまま離れてくれない。自信なさげに視線を泳がせ、手首に絡ませた安っぽいブレスレットを弄っていた芽依。不安そうな、あの目つき。

【続】

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