【連載小説】男友達との約束:4
女同士の最悪の飲み会の翌日、悠也に「話があるの」とメッセージを送った。本当は家まで押しかけてやりたいくらいの気持ちだったが、彼女さんに誤解されたくないと言われてしまったから、家には行けなかった。だから、悠也が一人暮らしをしているアパート近くの公園に彼を呼び出した。週末の公園には、幼児を連れた母親や小学生くらいの子どもたちの姿が目立つ。古びたアスレチック遊具がど真ん中に設置されている広々とした公園で、丸太で作った短い吊り橋の上とか、てっぺんまで登るための網目状のロープとかで子どもたちが遊んでいる。
私は、隅っこのベンチに1人で座って悠也を待っていた。公園なんて、もう何年も使っていない。こうやってベンチに腰掛けて人を待っていると、まるで学生時代に戻ったような気分だった。学生時代の私たちは常に金欠だったから、お金を使わなくても集まれる場所をいつも探していた。あの頃はお金なんて無くても、学校帰りに公園に集まってくだらないお喋りをして、それだけでよかった。大人になっても、私と悠也の関係は変わらないと信じていたし、実際、変わっていないはずだ。私たちは1番の親友。
「どうしたんだよ、愛里」
アスレチックで遊ぶ子どもたちをぼーっと眺めながら自分の学生時代を思い出していると、真横で悠也の声がした。慌てて顔を上げる。困ったような表情で、悠也が傍に立っていた。
「話って何だよ? 急ぎの用事?」
悠也はひたすら困った顔をしていて、呼び出された心当たりはまったく無いようだ。私は腹が立っていた。私と芽依、2人と同じ約束を交わしていたなんて裏切り行為だ。
「昨日、芽依に会ったよ」
半ば脅すような口調で言ったけど、悠也はまったくピンとこないようで、「芽依がどうかしたのか?」と、首を傾げる。悠也にとっては、忘れてしまうような何気ない会話だったのだろうか。それとも、芽依とのことなんてどうでもいいと思っているのか。
急に呼び出された悠也は私の意図がわからないみたいだけど、私が怒っていることだけは口調で伝わったらしく、視線が困ったように泳いでいた。私はベンチに座ったままで悠也を睨み上げ、真剣な口調で問いかける。
「ねえ、悠也。芽依とも同じ約束してたの? 30歳までに相手がいなかったら結婚しようって。あれは私との大事な約束だよね?」
その事実を言葉にした途端、私の中の怒りが増す。芽依の自信なさげな表情が脳裏に蘇った。手首の安っぽいブレスレットを指先でしきりに弄る目障りな仕草。
「……え? 俺、芽依にそんなこと言ったっけ? よく覚えてないな」
増幅していく私の怒りとは逆に、悠也の口調は拍子抜けするほどあっさりしていた。やっぱり、悠也にとっては、芽依の存在はさほど重要ではないのだ。安堵したけれど、腹は立つ。どうでもいい相手なのに、私と同じ約束を口にしていたなんて。
「どうせ、酔っ払ってテキトーに言ったんでしょ?」
「うーん……。そうかもな」
「ちゃんと訂正しといた方がいいよ。芽依に誤解させちゃってるかもしれないし」
芽依は昨日の飲み会で、悠也との約束を面白おかしく吹聴していた。本気にはしていなかったみたいだけど、内心はわからない。それに、芽依は、私が悠也に恋愛感情を抱いていると思い込んでいるみたいで、そんな勘違いをされてしまったことにも腹が立つ。悠也のせいだ。
「愛里、怒ってるのか?」
「怒ってるよ。当たり前でしょ。あの約束は私との約束なのに」
「……ごめん。嫌な気分にさせたなら謝るよ。そんな顔しないでくれないか」
悠也の真っ直ぐな謝罪に、私の怒りは次第に落ち着いていった。思っていることを吐き出してしまえば、あとは元通り。溜め込まない。だから、嫉妬とか独占欲とか、そういった陰湿でめんどくさい感情とは縁がない。それが男友達の良いところだ。
私が「いいよ」と答えて笑うと、悠也も安堵したように笑って、隣に腰掛けてきた。古いベンチが不穏に軋む。
「あのさ、俺も話があるんだけど」
唐突に悠也が切り出してきたので、私は身構える。いったい何だろう。並んで座っている悠也の横顔に視線を向けるけれど、彼はアスレチックで遊んでいる子どもたちを眺めているだけで、感情が読み取れない。
「……俺の彼女なんだけど、俺が女友達と2人きりで会うと怒るんだよ」
真っ直ぐ前を向いたまま、悠也は淡々とした口調で言った。それを聞いても、私は別に驚かなかった。むしろ、当然だろうなと思ったくらいだ。私に彼氏がいた時も、悠也と2人きりでは会わなかった。互いに恋人ができた時は、恋人との時間が最優先。わざわざ口にしなくても、私たちの間では暗黙の了解なのに。
「それは仕方ないよ。彼女さんとの時間を優先しないと。たまには彼女さんの惚気話とか聞かせてね」
悠也とは頻繁に会えなくても構わない。メッセージを送り合うだけでも、私たちが親友である事実は変わりない。適切な距離を保ちながら、私たちの関係は今日まで続いてきたから。
「いや、違うんだ。もう連絡するのもやめようと思ってて。愛里のメッセージアプリ、ブロックするよ」
「……は?」
悠也の表情はまったく変わらない。けれど、その口から出てきた言葉が、私は信じられなかった。連絡するのをやめる? メッセージアプリをブロック? そんなことしたら、私と悠也は親友と呼べる関係ではなくなってしまうのではないか。悠也は何を言ってるんだ。
「待ってよ。どうしてそこまでする必要があるの。私たちって、ただの友達でしょ? 浮気とかじゃないのに、彼女さんに浮気を疑われてるの?」
「疑ってないよ。ただ、自分の彼氏に女の親友がいるのが嫌だってさ。俺にとっては彼女の方が大事だし。愛里には悪いけど」
何それ、女友達とは問答無用で縁を切れってこと? 彼氏の人間関係までコントロールするなんて、とんでもない束縛系の彼女じゃないか。悠也がメッセージアプリのアイコンをツーショットにした時から、少しだけ嫌な予感はしていたけど、その予感は当たってしまった。束縛系のヤバい彼女に唆されて、悠也は本気で私と親友を止めようとしているなんて。
「彼女さんは私と悠也の関係を勘違いしてるんでしょ? ただの友達なのに!」
「勘違いはしてないと思う。……ていうか、俺だって彼女が男友達と頻繁に連絡取ってるのは嫌だから、彼女の気持ちもわかるんだ」
悠也の口調がずっと冷静なのが辛かった。私との縁が切れようとしているのに、悠也はちっとも傷ついていないし、躊躇ってもいない。この温度差は何だろう。私たちは、こんなに簡単に切れてしまう関係なの?
「私たちって、親友じゃないの?」
問いかけた瞬間、自分でも意識していないうちに涙が頬を伝っていった。慌てて両手で自分の顔を覆う。不安と混乱で頭がいっぱいになる。本当に悠也は私の前からいなくなってしまうの? もう連絡も取れないし、会えないの?
涙が止まらなくなってしまい、嗚咽が漏れる。悠也が「泣いてるのか?」と、上擦った声を上げた。目尻から零れ落ちる涙を手の甲で拭いながら顔を上げると、悠也は忙しなく瞬きを繰り返し、困惑と焦りが入り混じった表情で私を見下ろしていた。私は何とか涙を引っ込めようとして強く目を閉じたり開いたりしていたけど、一方で、悠也の感情を少しでも揺さぶることができて満足していた。
「ごめん、愛里。泣くなよ。俺が間違ってた。ブロックなんてしない。大丈夫だから」
悠也が慌てて自分の言葉を撤回した。不安が一瞬で吹き飛ぶ。悠也との友情は切れない。そのことに心の底から安堵すると同時に、当然だろう、という気もしていた。ほらね、悠也だって、私と離れたくないんだ。いきなり現れた束縛系彼女なんかに、私と悠也の友情を引き裂けるわけがない。
「ありがとう、悠也。泣いちゃってごめん。こんなの私らしくないね」
悠也は優しげな微笑みを浮かべ、ちょっとだけ呆れたように肩を竦めていた。その表情は、いつも私の愚痴やワガママを受け止めてくれる悠也で、私たちの間にわだかまりが無くなったことを意味していた。
これで、元通りだ。思っていることを吐き出してしまえば、あとは元通り。めんどくさい感情は溜め込まない。それが親友で、男友達。
ふと、遊具が設置されている広場の方に視線を戻すと、公園に集っている主婦らしき女性たちが、好奇心を隠しきれない様子でこちらを指差し、噂話をしていた。まさか別れ話だと誤解されてないよね? やめてよ。私たちはそんな関係じゃないのに。恋人じゃなくて親友なのに。そこらへんにいるありきたりな恋人同士と一緒にしないで、お願いだから。
