その人が休むと止まる仕事は、マニュアルを作っても属人化が解消しない
「この業務は、○○さんしか分からない」
社内でこのような言葉を聞くことはないでしょうか。
普段は大きな問題がなくても、担当者が休んだり、異動したり、退職を申し出たりすると、急に業務が止まります。
そこで会社は、
「引き継ぎ資料を作ってください」
「マニュアルを残してください」
「ほかの人にも教えてください」
と対応します。
しかし、実際にはマニュアルを作っただけで、属人化が解消されるとは限りません。
手順書は存在するのに、担当者がいなければ判断できない。
後任者が読んでも、どこから手を付ければよいか分からない。
例外が起きるたびに、結局は元の担当者へ確認する。
こうした状態は珍しくありません。
私が複数の現場で業務の見直しに関わる中で感じているのは、属人化の本当の問題は、
作業手順が書かれていないことだけではない
ということです。
属人化を解消するには、手順だけでなく、判断基準、例外対応、業務の完了条件まで整理する必要があります。
属人化は「その人が優秀だから」だけでは起きない
属人化というと、
「担当者が情報を抱え込んでいる」
「ほかの人に仕事を教えたがらない」
という個人の問題として語られることがあります。
もちろん、そのようなケースもあるかもしれません。
しかし、多くの場合、属人化は担当者本人だけの問題ではありません。
長年にわたり、
新しい作業が少しずつ追加された
トラブルが起きるたびに例外対応が増えた
担当範囲が明確に決められていない
前任者から口頭で引き継がれた
忙しくて整理する時間がなかった
その人が対応した方が早かった
という積み重ねによって起こります。
担当者が優秀であればあるほど、周囲はその人に頼るようになります。
本人も、自分で処理した方が早いため、毎回説明するよりも仕事を引き取ってしまいます。
その結果、業務の中身が見えないまま、担当者だけが詳しくなっていきます。
これは個人の性格ではなく、会社の業務設計の問題です。
中小企業庁の白書でも、人材不足は企業規模を問わない共通課題として挙げられています。また、業務を見直した企業の取組として、「業務の標準化・マニュアル化」「不要・重複業務の見直し」「業務の見える化」が挙げられています。
人を増やすことが簡単ではない以上、今いる人の業務を共有できる状態にすることは、単なる引き継ぎ対策ではなく、経営上の課題だと考えます。
属人化している業務の5つの兆候
属人化は、担当者が退職を申し出てから初めて発覚するものではありません。
日常業務の中に、いくつもの兆候があります。
1.担当者が休むと、処理が止まる
最も分かりやすい兆候です。
担当者が休んだときに、
「復帰してから対応してもらおう」
「どこにデータがあるか分からない」
「ほかの人では判断できない」
となる業務は、属人化している可能性が高いでしょう。
注意したいのは、業務自体は止まっていないように見えるケースです。
実際には、担当者が休暇中にもメールやチャットを確認し、裏で対応していることがあります。
会社としては問題なく回っているように見えても、担当者の個人的な対応によって維持されているだけかもしれません。
2.業務の説明が「いつもこうしている」になる
業務の目的や判断基準を聞いたときに、
「昔からこのやり方です」
「前任者からそう聞いています」
「念のため確認しています」
という回答しか返ってこない場合も注意が必要です。
手順は残っていても、
なぜこの作業が必要なのか
誰が何のために確認しているのか
どのような状態なら問題ないのか
が整理されていません。
目的が分からないまま作業だけを引き継ぐと、不要な業務までそのまま残り続けます。
3.例外が起きると、特定の人へ確認する
通常の処理方法はマニュアルに書かれていても、少し条件が変わると対応できないケースがあります。
「この顧客の場合はどうするのか」
「金額が通常と違う場合はどうするのか」
「締め日を過ぎた場合はどうするのか」
こうした質問がすべて同じ担当者へ集まるのであれば、作業手順は共有されていても、判断が属人化しています。
業務を引き継ぐには、操作方法だけでなく、
何を基準に判断するか
自分で決めてよい範囲はどこか
どの条件なら上司へ相談するか
例外時に誰へ確認するか
まで決める必要があります。
4.業務がどこまで終われば完了なのか分からない
担当者は、自分の経験から業務の終わりを理解しています。
しかし、ほかの人から見ると、
「入力が終われば完了なのか」
「承認を得れば完了なのか」
「関係者へ連絡するまで必要なのか」
「請求や入金を確認するまで続くのか」
が分からないことがあります。
作業の一部だけをマニュアルにしても、業務全体を引き継ぐことはできません。
特に、複数の部署やシステムをまたぐ業務では、前工程の担当者は「自分の処理は終わった」と考え、後工程の担当者は「まだ依頼を受けていない」と考えることがあります。
属人化を解消するには、開始条件だけでなく、完了条件も明確にしなければなりません。
5.担当者自身も、業務の全体量を説明できない
属人化した業務は、担当者本人も全体を把握できていない場合があります。
毎日行う作業。
月末だけ行う作業。
四半期ごとに行う作業。
年に一度だけ行う作業。
問題が起きたときだけ行う作業。
これらが一つの業務として整理されず、カレンダー、メール、個人のメモ、記憶の中に分散しています。
そのため、
「担当業務をすべて書き出してください」
と依頼しても、日常的な作業だけが提出され、年次業務や例外対応が漏れることがあります。
担当者の頭の中にある業務を、一度のヒアリングですべて把握することは困難です。
なぜマニュアルを作っても引き継げないのか
属人化への対策として、まずマニュアルを作る会社は多いと思います。
しかし、マニュアル作成そのものが目的になると、実際には使われない資料が増えてしまいます。
操作方法しか書かれていない
画面のスクリーンショットを貼り、
「ここをクリックする」
「この項目を入力する」
「登録ボタンを押す」
と説明するだけでは、操作マニュアルにしかなりません。
実務で難しいのは、操作よりも、
どの案件を処理の対象にするか
入力内容が正しいかをどう判断するか
どのような場合に差し戻すか
例外が起きたらどう対応するか
という部分です。
システムの操作を説明できても、業務を引き継げるとは限りません。
詳しすぎて、誰も読めない
抜け漏れを防ごうとして、非常に長いマニュアルを作ることもあります。
しかし、数十ページある資料を、日常業務のたびに最初から読む人は多くありません。
細かく書くこと自体が悪いのではありませんが、
最初に確認する概要
通常時の手順
判断に迷ったときの基準
例外対応
詳細な参考資料
を分けた方が、実際には使いやすくなります。
すべてを一つの文書へ詰め込むのではなく、利用場面に応じて情報へたどり着ける構造が必要です。
作った後に更新されない
マニュアルを作った時点では正しくても、業務は変わります。
組織変更、システム改修、取引条件の変更、新しい例外対応などによって、内容は少しずつ古くなります。
ところが、
誰が更新するのか
どのタイミングで見直すのか
変更内容を誰が承認するのか
が決まっていないと、マニュアルはすぐに現場と合わなくなります。
一度でも「マニュアルどおりにやったら間違っていた」という経験をすると、利用者は資料を信用しなくなります。
属人化を解消する最初の一歩
属人化を解消するために、いきなり詳細なマニュアルを作る必要はありません。
最初に行うべきなのは、業務の構造を見えるようにすることです。
IPAの関連講座でも、業務の情報を整理し、現状を可視化することで、どの範囲をどの程度変える必要があるか判断できると説明されています。
少なくとも、次の項目を業務ごとに整理します。
業務名
業務の目的
開始する条件
実施する頻度
主担当者
副担当者
判断が必要な場面
判断基準
例外対応
使用するシステムやファイル
関係する部署
完了条件
担当者不在時の対応
ここで重要なのは、最初から完璧に書こうとしないことです。
業務を一覧にし、どの仕事が危険な状態なのかを把握することから始めます。
作業・判断・例外を分けて考える
業務を整理するときは、すべてを一つの手順として扱わず、次の三つに分けると見えやすくなります。
作業
決められた方法で処理できるものです。
例えば、
システムへ情報を入力する
決まった帳票を出力する
関係者へ定型メールを送る
といった作業です。
作業は、比較的マニュアル化しやすい領域です。
判断
条件によって対応が変わるものです。
例えば、
この申請を承認してよいか
どの勘定科目を使うか
顧客へどの条件を提示するか
上司へ相談すべき案件か
といった内容です。
判断を引き継ぐには、結論だけでなく、判断基準を言葉にする必要があります。
例外
通常の手順では処理できないものです。
すべての例外を事前に予測することはできません。
そのため、
どこまで自分で判断してよいか
誰へ相談するか
何を記録するか
今後の標準ルールへ反映するか
を決めます。
この三つを分けずにマニュアルを作ると、通常作業は細かく書かれているのに、実際に困る判断や例外の説明がない資料になりがちです。
「ほかの人ができるか」で確認する
属人化が解消されたかどうかは、マニュアルが完成したかではなく、
担当者がいなくても、別の人が業務を完了できるか
で確認します。
例えば、担当者がそばにいる状態で説明を受けながら操作できても、引き継げたとはいえません。
一定期間、担当者が直接手を出さず、副担当者だけで処理してみます。
その際に、
どこで迷ったか
何を確認したか
マニュアルに不足していた情報は何か
判断できなかった条件は何か
誰に質問したか
を記録します。
この結果をもとに、業務の整理や資料を修正します。
つまり、引き継ぎは説明会ではなく、テストです。
すべての業務を同じ深さで整理しない
社内のすべての業務について、詳細なマニュアルを作る必要はありません。
優先すべきなのは、
担当者が一人しかいない
停止すると売上や顧客対応に影響する
金銭や法令、個人情報に関係する
実施頻度が低く、忘れやすい
判断や例外対応が多い
引き継ぎに長い期間が必要
過去にミスや遅延が起きている
といった業務です。
反対に、短時間で習得でき、止まっても影響が小さい作業まで同じ粒度で整理すると、資料作成だけで疲弊します。
業務の重要度と属人化の程度を分けて評価し、優先順位を付けることが必要です。
属人化をなくすことが目的ではない
すべての人が、すべての仕事を同じレベルでできる状態を目指す必要はありません。
専門性が必要な仕事や、経験を積まなければできない判断は存在します。
重要なのは、特定の人に専門性があることではなく、
その人しか状況を把握していない
不在時の代替方法がない
判断の根拠が共有されていない
会社としてリスクを認識していない
という状態を放置しないことです。
専門性は会社の強みになります。
一方で、業務の入口も出口も分からず、担当者がいなければ何も進まない状態は、専門性ではなく経営リスクです。
属人化を解消するとは、担当者の価値を下げることではありません。
その人が日常的な処理を抱え続けなくてもよい状態をつくり、より重要な判断や改善へ時間を使えるようにすることです。
まず「誰が休むと何が止まるか」を確認する
属人化対策というと、大がかりな業務改革を想像するかもしれません。
しかし、最初の確認はシンプルです。
明日、この担当者が突然一か月休んだら、どの仕事が止まるか。
この質問に答えられないのであれば、会社は業務の全体像を把握できていません。
止まる仕事が分かったら、すぐに長大なマニュアルを作るのではなく、
業務の目的を確認する
作業・判断・例外を分ける
主担当と副担当を決める
完了条件を明確にする
実際に別の人が対応してみる
という順番で整理します。
マニュアルは、その結果を残すための手段です。
マニュアルを作ること自体が、属人化解消の目的ではありません。
実際に、自社の業務を棚卸ししたい方へ
この記事でお伝えした、
明日、この担当者が突然一か月休んだら、どの仕事が止まるか。
という問いを、自社の業務で具体的に整理するための実践編を公開しました。
有料記事「その人が休むと止まる仕事」を、最初の90分で見える化するでは、付属するExcelワークブックを使いながら、次の順番で進めます。
担当者不在で止まる業務を洗い出す
業務を「作業・判断・例外」に分ける
属人化リスクを点数化する
優先して改善する3業務を決める
主担当・副担当・相談先を整理する
引き継ぎテストの日程を決める
30日間の改善計画を作る
購入者向けに、すぐ入力を始められる空欄版と、月次請求・入社準備・設備故障対応を収録した記入例版のExcelワークブックを付属しています。
会社全体を一度に整理する必要はありません。
まずは一人の担当者、または一つの部署を対象に、10~30件の業務から始められます。
「問題は分かったが、具体的にどこから手を付ければよいか分からない」という方に向けた、実務用の記事です。
