実在した人間動物園と、猿の惑星、ルッキズムの洗脳
文学好きの誰もが通る名著、プルースト『失われた時を求めて』 (1913〜1927年) 浸けだった頃の話。
写実は言うまでもなく、人間観察に特に秀でたプルーストによる感情表現描写やフロベールを想わせる美しい喩え。実存する藝術の引用も多い為に飽きず、リアルな目の前の世界として没入しまくって、心潤う時間を過ごしていましたが、仏文学の時代背景などを調べるほど、白人キャラクターに没入するのは難しいと感じました。
タイトル画は「民族展示会」 人間動物園 "Human zoo"。
英仏人が植民地化後に、現地人 = 「未開人」を園に集めて見物する、そんな時代があったということです。
欧州の見せもの小屋 Freak show 文化

18世紀、イギリスの王立ベスレム病院では精神病患者が見世物とされていた。またイギリスでは16世紀から1868年5月26日までの間、市民の見物を前提とした公開処刑がタイバーンやニューゲイト監獄といった各地で行われており、その執行の様子は庶民の定期的な娯楽とされていた。
メキシコのモンテスマに建造された動物園では動物だけではなく、小人症、アルビノ、脊柱側弯症といった身体障害者も収監されていた。
『ラス・メニーナス』 1656年

スペイン絵画の黄金期」より。
プラドにて
当時のヨーロッパの宮廷文化、特にスペイン・ハプスブルク家では、身体的な特徴を持つ人々(身体障害者、奇形の者など)を召使いや道化として雇い、彼らを「珍しい存在」や「気晴らしの対象」として宮廷内に置く習慣がありました。
宮廷に召し抱えられることで、彼らは衣食住が保障され、安定した生活を送ることができたのです。王族の庇護下に置かれることは、その時代の他の貧しい障害を持つ人々よりも、経済的・身体的に遥かに安全な地位を得ることを意味しました。
家族が矮人や道化を宮廷に差し出す際には、多額の金銭を受け取ることがあり、残された兄弟姉妹が教育を受けられるなど、家族にとっても喜ばれることが多かったようです。
その時の家族の様子を描いた小説があったけれど、何だったか…。
遠藤周作『留学』や夏目漱石のロンドン滞在記など、差別について何かと読み取ってはきましたが、人間動物園は衝撃でした。ヤプーじゃあるまいし。
ともかく敗戦後は、
西洋的なルッキズムに洗脳され過ぎ
下記で遠藤氏の描いたような「黒人がする白人の猿真似」を日本人もやる必要ないのに、とやるせない気持ちの筆者です。
遠藤周作『留学』 1968年
戦後間もない1950年代にフランスへ留学した主人公・工藤の黄色人種としての疎外感が描かれたシーン
・寮のフランス人学生たちが「今度、黄色人がはいるんだってサ」「便所が黄いろくなるぜ」と言うのを聞き、深い幻滅と疎外感を覚える。
・ある黒人学生が工藤の部屋を訪ねた際、最初は恐る恐る丁寧な態度だったのが、相手が日本人だとわかると一転して「なんだ、お前か」と無礼な態度に変わる。また、無理して白人の真似をする黒人学生の姿に、「あさましく憐れな感じ」を抱く。
夏目漱石『倫敦消息』ロンドン滞在記(1900年〜1902年頃)
・主に正岡子規に宛てた私信をまとめた『倫敦消息』
「何となく自分が肩身の狭い心持ちがする。向ふから人間並外れた低い奴が来た。占めたと思つてすれ違つてみると自分より二寸許り高い。此度は向ふから妙な顔色をした一寸法師が来たなと思ふと、是即ち乃公自身の影が姿見に写つたのである。」
Pierre Boulle 『猿の惑星』 1963年でも、日本人は猿扱いされます。
第二次世界大戦中、日本軍の捕虜となった作者の経験から描かれた作品なのですから。西洋人がそれまで「野蛮」と見下していた東洋人に支配されると言う屈辱が、
= 人間(白人)が猿(日本人)に家畜のように扱われる『猿の惑星』のアイデアになったのです。
植民地主義、人種差別、文明間の対立といった、当時の世界情勢が深く反映された作品。ブールはこの捕虜体験を元に、『戦場にかける橋』も書いています。
関連作品
ユゴー 『ノートルダム・ド・パリ』
家畜人ヤプー
広島に原爆を落とす日
『エレファントマン』
