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ケガレの存在から国のトップへ。女性の社会参加の歴史と生理用品の関係を考える

"Johann Zoffany painted a group portrait of the Academicians in 1771-72."

当時のアカデミーにおける女性排除の姿勢を物語る作品。会員たちが一堂に会すなか、カウフマンとモーザーの女性2名はその場におらず、壁の肖像画として表現されている。男性のヌードモデルがいるからで、アカデミーで女性が陰部以外のヌードを描くことが許可されたのは1893年になってからだった。



こちらの記事と漫画を読んだのが、きっかけ

生理用品の開発努力をしてくれた方々に感謝しました。考えた人、天才🙌


記事で学んだ7つのこと

① 高性能な生理用品が存在しなかった時代、月経は単なる生理現象ではなく、社会的な穢れやタブーとして扱われた。

②  昔の女性は栄養状態や生活様式から月経回数が少なかった。とはいえ、月経期間が始まると小屋に隔離されたり、家畜のように納屋で過ごしたりする習慣が世界各地に存在した。

③ 近代以前の日本では、麻布や和紙、ちり紙、脱脂綿などを「月経帯」と呼ばれる下帯や、後のゴム製猿股式月経帯に挟んで使用した。漫画にもあるようにズレやすく、モレやムレなど問題だらけだった。

④ 皮肉だが、どうしても戦争は発明の母である。
第一次世界大戦中アメリカ:
戦場で看護師たちが負傷兵の止血に使われていた、吸水性の高い医療用脱脂綿(セルロース綿)を月経処理に応用できることを発見した。このアイデアに基づき登場したのが、

1921年にアメリカで世界初の商業的な使い捨てナプキンKotex


1961年には高度経済成長期の日本で、初の国産紙ナプキン「アンネナプキン」が発売された。
この使い捨てナプキンは、それまでの布や脱脂綿の5倍以上の吸収力と、使用後にトイレに流せるという利便性から爆発的に普及し、女性の生活スタイルを劇的に変えることになった。

⑥ 信頼性の高いナプキンの登場で、女性が月経の有無にかかわらず、学校に通い、労働に従事し、社会活動を継続できるようになった。これは、女性が経済的自立を果たし、社会における高い地位を得る上で非常に重要な役割を果たした。

⑦ 栄養状態の改善や初婚・出産年齢の上昇、出産回数の減少により、妊娠・授乳に伴う無月経期間が短くなったため、現代女性は昔の女性に比べ、生涯の月経回数が約5倍〜10倍に増えている。その結果、月経痛やPMSといった症状、さらには子宮内膜症などの疾患リスクも増加しており、低用量ピルなどの選択肢も重要になっている。

製品化前はどんなものを使っていた?

生理用品

英: Sanitary products, Period pads
仏: Produits d'hygiène, serviettes hygiénique

紀元前~古代
やわらかい植物の葉や苔、麻や葛の繊維など、素材をそのまま利用。

古代エジプト
筆記材料として知られるパピルスを柔らかく加工し、使用。

古代ギリシャ・ローマ
羊毛やリネンを筒状に巻いた、タンポンの原型とも言える方法

北米のネイティブアメリカン
動物の、草、コケ、植物の繊維などが活用された。

日本:平安時代
貴族の女性は、高価なを袋状に縫い合わせ、その中に真綿を入れた「姫の科」と呼ばれる、現代のナプキンに近い高級品を使用。
庶民は布や古紙の他に、ガガイモのような植物の穂を詰め物として利用していたと推測されている。

中世~近代
貞節を守るための貞操帯が布製の当て物を固定したり、漏れを防ぐ役割を果たしていた可能性。(筆者の推測)

日本:明治~大正時代
西洋技術を元に、漏れを防ぐ目的でゴム素材のサニタリーショーツが登場。

20世紀初頭
使い捨てナプキンが粘着テープで下着に固定される以前は、ナプキン本体にタブがついており、それを腰に巻いたベルト(月経帯)に吊るす形で固定するのが一般的だった。


月経小屋

月経中の女性は共同生活の場から隔離され、ネパールのチャウパディや日本の月経小屋といった慣習を生み出した。

ネパール:チャウパディ(Chhaupadi)
現在、世界で最も厳しい月経隔離の慣習として知られている。
月経中や産後女性を、家や村から離れたチャウ・ゴート(Chhau Goth)と言う隔離小屋で生活させます。
この小屋はしばしば粗末な石や泥でできたもので、時には家畜、特に牛やヤギを飼育する納屋と兼用されているか、非常に狭く不衛生な場所に設置されている。彼女たちはこの期間中、男性や家族との接触、特定の食物の摂取、宗教的な活動などが厳しく禁止される。

危険性: この慣習はネパールでは法律で禁止されたが、いまだに根強く残っており、隔離された小屋での寒さ、動物の噛みつき、ヘビや野生動物の襲撃、そして暖を取るための火の不始末による煙の吸い込み(一酸化炭素中毒)による死亡事故が報告されている。

日本の歴史:主に農村部や漁村部で隔離の慣習が存在し、月経小屋、忌み小屋などと呼ばれていた。
これらの慣習は、近代化や衛生観念の変化、そして特に第二次世界大戦後の生活様式の変化に伴い、ほとんどが消滅した。

現在の女性トップたち

2016年5月〜 台湾総統、蔡 英文
2019年12月〜 EU欧州委員会委員長、 ウルズラ・フォン・デア・ライエン
2021年1月〜 米国副大統領、カマラ・ハリス
2021年1月〜 エストニア首相、カーヤ・カラス
2021年12月〜 ドイツ外務大臣、アナレーナ・ベアボック
2022年5月〜 ハンガリー大統領、ノバーク・カタリン
2022年10月〜 イタリア首相、ジョルジャ・メローニ
2025年10月〜 日本首相、高市 早苗

女性の地位を遡ってみる

女性に認められていた権利

財産を持つ、離婚を請求する(限定的)、寡婦の保護

紀元前18世紀頃
古代バビロニアのハンムラビ法典


財産を所有・管理する、契約を結ぶ、法廷で訴える権利
ハトシェプストのような女性ファラオも存在した。

古代エジプト

紀元前15世紀:ハトシェプスト
古代エジプト第18王朝のファラオ。エジプト史上、最も成功した女性統治者の一人とされる。

筆者が訪れた、ハトシェプスト女王葬祭殿
カイロの考古学博物館にて。
男装用のつけ髭がよく分かる。


アテネなどの都市国家ですら、女性は市民権を持たず、政治に参加できなかった。家父長制のもとで、殆どの女性は家庭内に閉じ込められ、財産権も厳しく制限されていた。
しかし、スパルタでは女性が教育を受け、財産を持つことが出来た。

古代ギリシャ


共和政初期は厳格な家父長制だったが、帝政期には女性の法的な地位が徐々に向上し、結婚後の財産の管理や離婚の権利が比較的容易になった。しかし、政治への参加権は最後まで認められなかった

古代ローマ


歴史を代表する女性たちの例

1世紀:卑弥呼
『魏志倭人伝』に登場。当時日本の小国家群・邪馬台国の中で、宗教的・政治的指導者として君臨した。

7世紀:則天武后
中国史上唯一の女帝。唐の高宗の皇后から、自ら武周王朝を樹立し皇帝に即位。

11世紀初頭:紫式部、清少納言
平安時代の女流作家。世界最古の長編小説とされる『源氏物語』、随筆『枕草子』をそれぞれ著した。

15〜19世紀の「ハーレム」
オスマン帝国などで、スルタン(皇帝)の私的な居所で、多くの妻妾や側室、女官が住んでいた。基本的に女性は男性の所有物(奴隷)として扱われた制度。

イスタンブール、トプカプ宮にて。まず入れられる奴隷部屋。気に入られたら、ここから出ることが出来る。
例え寵姫となっても、王が変わる時に前王の子を孕んでいる女性は、目の前のボスポラス海峡に投げ捨てられた。
国立西洋にて、ドラクロワ風のルノワール。
Parisiennes in Algerian Costume or
Harem
ルノワール初期の代表作の一つ。ハーレムの官能的な女たちが描かれ、ドラクロワの(アルジェの女たち)などを下敷きにして、きらびやかな衣服を被ったパリの女たちのまわりに装飾豊かな絨毯や家具を配し、東方趣味を存分に表現している。
シャワールームのような場所。王妃クラスは湯船などもあった。
外の世界は明るく、美しい
奴隷部屋にはハマム(風呂)やトイレが隣接されていて生々しく、ゾワゾワした。
こちらはグラナダ、アルハンブラ宮殿にて、ハーレム。

17〜19世紀の「大奥」
将軍の私的な居住空間で、将軍と、その世継ぎである幼い男児以外の男子禁制だった。女性は殿の所有物ではなく、高い俸禄と明確な階級制度などが設けられていた。しかし、世間と隔離され大奥法度により厳しく管理された。

18世紀:マリア・テレジア
オーストリア大公、ハンガリー女王。ハプスブルク君主国唯一の女性統治者。

18世紀:エカチェリーナ2世
ロシア女帝。夫を退位させて即位し、「大帝」と称されるほどの功績を残した。

18〜19世紀:ベナン共和国にあったダホメ王国には、ミノ(Minos)と呼ばれる数百人規模の女性兵団が実在し戦っていた。このように、女性が軍事的な力を持った実例もある。 wiki


1979〜90年:サッチャー

イギリス初の女性首相。国有企業の民営化や労働組合の弱体化など、新自由主義的な改革で経済と社会構造を大きく変革。

2005〜21年:メルケル
ドイツ初の女性首相。


女性の参政権、投票権の歴史

1893年:ニュージーランド
世界初、女性の投票権
(被選挙権は1919年)
1906年:フィンランド(当時ロシア帝国自治領)
投票権と被選挙権
(世界初)

以下、主要国の参政権獲得を列挙。
1917年: ソ連
1918年: UK
30歳以上、カナダ 一部
1919年: ドイツ、オーストリア、オランダ、スウェーデン、ポーランド
1920年: 米国
連邦レベル、カナダ
1928年: UK
 男女平等、制限撤廃
1932年: ブラジル
1944年: フランス
1945年: イタリア
1946年: 日本
1947年: インド
1948年: 韓国
1949年: 中国
1953年: メキシコ
1956年:エジプト
アフリカ・アラブ諸国の中では比較的早く、女性参政権が認められた。
1994年: 南アフリカ
 すべての人種に平等な権利として

wiki

マドモワゼルと言われたら、あなたは舐められている

マドモワゼルmademoiselle とは、未婚女性のことです。よく聞く「マダム」madameは、結婚している女性のことでしたが、今では一人前の女性に対してマダム(淑女)と呼びます。
「 マドモワゼル」 は2012年から公式の書類で使われなくなりました。と言うのも、男性はmonsieur(紳士)の呼称しかないため、平等にする流れからです。

若く見られることが良いことだと錯覚している日本女性がおり、マドモワゼル、等と失礼なことを言われて喜ぶのを見ました。看護師さんではなく看護婦のねーちゃんと言われてなぜ喜ぶのか、理解に苦しみます。筆者は20歳前後の頃はマドモワゼルと呼ばれて悔しく、徐々にマダムと言われるようになり嬉しかったです。


生理と宗教

人類史における女性の月経は、穢れの対象だった。
多くの世界的な宗教において、月経や出産に伴う出血は不浄と見なされ、女性の特定の宗教活動や社会活動が制限されてきた。

1.  ✝️キリスト教
旧約聖書で定められた律法、特にレビ記の影響

月経期間中の女性は7日間穢れているとされ、その寝床や座る場所、あるいは彼女に触れた者も穢れるとされ、清めの儀式(衣服を洗い、身を清める)が必要とされ、月経中の女性との性行為を禁じた。

レビ記 15章、18章

中世ヨーロッパでは、月経中の女性は教会に入ることを避けたり、聖餐式に参加しない時期があったりするなど、宗教的な儀式への参加が制限されることがあった。

2. 🕉️ ヒンドゥー教
月経中の女性はアシュッド(不浄)と見なされ寺院への立ち入り、神像への接触、台所での調理、家族との接触などが厳しく禁止される地域が多く、ネパールの一部で見られるチャウパディのような隔離の慣習に繋がった。

3. ✡️ ユダヤ教  こちらより
旧約聖書の律法に基づくニッダーNiddah: 月経期間中の女性を指す。
この期間中は夫との性的な接触が禁じられ、儀式的な沐浴(ミクヴァ)を行って清められるまでトゥマー(不浄)な状態にあるとされる。これは主に家庭生活における規定。

4. ☪️ イスラム教
月経中の女性はハイド(Hayd)と呼ばれ、一時的に不浄と見なされる。
礼拝(サラート)や断食(サウム)、コーランを読むこと、カーバ神殿の周りを巡ること(タワーフ)、夫との性的な接触などが一時的に禁止されます。月経が終わった後、身を清める儀式(グスル)を行うことで、再び清浄な状態に戻る。

5. ⛩️ 神道・仏教
神道: 血液、出産、死などが穢れと見なされ、神聖な場所である神社や祭祀への参加が制限された。
仏教: 女人五障という思想により、女性は悟りを開くことが難しいとされ、修行の場である山や寺への立ち入りが禁じられた。

ギリシャ、アトス山:
ギリシャ北部の半島全体が自治修道院共和国となっており、女人禁制が徹底されている。


生理嫌悪と処女崇拝

聖母マリア信仰との繋がりを考えてみる。血はと結びつきやすいため、聖母マリアを永遠の処女(無原罪の御宿り)として崇拝し、月経や性と無縁の無垢で清純な理想像を創り上げ、現実の女性の身体特性は無視(ないことに)した。
マリア信仰以前からも、神々に仕える巫女は処女であることを重んじられた。
日本の巫女やシャーマンの卑弥呼、古代ギリシャのデルフォイの神託を伝えるピュティアなど、男性の支配者にも神の言葉として助言を与える特別な地位を持つ女性は世界中に存在した。

貞潔と処女性を非常に重んじたダイアナ(アルテミス)の逸話も印象に残るものだ。
自分の裸体を見た狩人アクタイオンを鹿に変えて殺害させた話や、妊娠したニンフ・カリストを追放した話など、その純潔への侵害に対しては極めて厳しい。

処女崇拝とロリコン

これらはもしかして、ロリコン心理に続くかも知れない。女性の生理現象に対する無意識の嫌悪や恐怖が潜んでいる可能性がある。
ロリコンの対象となる少女は、しばしば月経が始まる前である。

スポーツと女性の歴史

古代ギリシャのオリンピア祭典では、競技に参加できるのはギリシャ市民の男性のみであり、女性は観戦すら禁止(男性の裸を見ないように)されていた。


その他

着物が汚れたらどう洗ったか?

wikiより
絹の着物は水に弱く、縮みや水シミができやすいため、血液汚れのようなタンパク質を含む汚れには細心の注意が必要だった。

平安時代〜洗い張り
縫い糸をすべて解いて一枚の反物に戻し、これを水で洗い乾燥後に再び張り板などに張り付けて形を整える。

江戸時代、専門家の登場
汚れた部分を優しく叩いたり、つまんだりして汚れを布に移すという手法が取られていたと推測される。
庶民の着物は木綿や麻が主で、絹よりも水洗いに適していた。
専門職、洗い張り専門の職人(悉皆屋しっかいやなど)が増え、より専門的なシミ抜きや色修正も行われていた。血液汚れのような落としにくい汚れは、彼らに任せられた。

女性の社会進出による出生率の変化、代理出産



あとがき

毎月血を流さずに済む男性方にとっては、そりゃ驚くしさぞ不浄に感じられたことでしょう。
月経が始まると、家畜のように納屋に隔離されていた地域も世界で多かったみたいですし、現在もそのような地域が未だに存在している模様。
女性が今のような高い地位を得て、人間として扱われるのも、生理用品の開発をしてくれた方々のお陰だと理解しました。
ありがとう、生理用品さま✨


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