学校の在り方を問う。ハンターと獲物を同じ檻に入れて起こった化学反応、映画『エレファント』 と、遺族を描いた『対峙』
公開当初に映画館で観て以来、筆者の映画ランク上位であり続け、DVDも所持する『エレファント』(2003)を、U-NEXTにて久しぶりに拝見。
実際に起きた、コロンバイン高校における無差別射殺事件(1999年4月)を描いた作品である。
テーマとその映像美のギャップ:
凄惨な事件がこれほど静かな日常として描かれたリアルさや、移り行く空模様が思春期の心を映し出す演出に、
GVSこそ、彼らの本当の理解者である
と感動した。
成績優秀だった内気な犯人と、
彼を追い詰めた強者たち。
無理やり学校という牢屋に押し込むから、こんな化学反応が起きるのだ。
宮台真司も昔よく学校生活における
「ガス抜き」が必要
だと言っていた。
1人でも校内に、彼らを面倒見る
理解者がいれば防げた?
初見時にそう思い、私はのちに数年間だが子供たちの面倒を見る仕事をするようになった。それとは別に、私にはこんな経験もある。
息子が海外のインターナショナルスクールに入った
のだ。当時は眼鏡に華奢な体、趣味はPCとゲーム、ポケモン。典型的アジア人の彼は、きっとカースト最下位だったろう。
新品の辞書は早速盗まれ、黒人のサポートスタッフからは蔑まれ差別行為を受ける、せっかく提出した宿題は添削されない、など問題は山積み、息子はこの学校を動物園と呼んでいた。
それでも彼は日本へ帰国するまで、無欠席で頑張った。
親としては毎日心配な日々だったが、
彼は言葉もあまり理解していなかったし、日本的な性善説を前提とし、マイペースな性格だった。
鈍感さは生き抜く上で重要である
と私は彼から学び、尊敬している。
日本での教育現場に戻ると、
先生方がどんな生徒にも親身に寄り添ってくれていると感じた。
ムスリムの子たちはお祈り時間も宗教行事も尊重され、給食も弁当で対応、言葉の壁も国際教室などでカバーしている。
ほぼ無償で通える日本における地方公立学校の方が、海外の高額なインター校より何倍も手厚いのだと私は痛感した。
そんな先生方の苦労にも関わらず、学級崩壊数は増加の一途だ。それは現場でしか知り得ないことなので、世間一般ではまだまだ認知が薄いと思われる。
さて、久々の『エレファント』鑑賞後
『対峙』(2021)を観た。
とある小さな教会の簡素な部屋で行われる、たった4人によるちょっとした会話。
けれど、人類にとってこれほど大きな出来事はない。
被害者遺族の会で、被害者側の目線のみが語られるのかと思ったら、タイトル通り、被害者遺族と加害者遺族が対話する話だった。
加害者の母リンダ役を演じた、Ann Dowdの演技が真に迫り、
まさか本人なのでは?
と調べてしまうほどだった。
長回しシーンが多く、臨場感たっぷり。対話が始まってからのシナリオがリアルだった。
加害者母の台詞
知らなくて息子を止められず
話す言葉がなくて何も言わなかった
加害者父の台詞
一言で何かを理解できると思うか?
それで安心(Safe)か?
事実は、それほど単純でも明確でもない …息子は無力だった。
被害者父の台詞
13:29 彼は息子の教室の真ん中に爆弾を投げ込み撃ち始め、全員殺せたが撃つのをやめて、ただ眺めた。
教室を出て6分後、あんたの息子が再び廊下に姿を現した。
最後の銃声は、13:36。その1発は息子の…頸動脈に命中した。
息子はまだ生きていて、逃げようとしてたんだぞ!
加害者母の台詞
あなたは「彼は私たちみんなの人生を破壊(destroy)した」と言い…確かにその通りだわ。
あの子がいなければ世界はもっとマシ(better)だった…
私にはそう思えないの。
彼の人生に価値がないと信じようとした、でも…そんな必要がありますか?
ヘイデン(加害者)が16歳の時のこと。
子どもたちは冷酷で、酷い虐めに遭った後、夕食も食べず、息子はPCを弄っていた。注意をすると、
幸せになんてなりたくない!と怒鳴られて…出てけ、殴るぞ!ぶちのめしてやる!と、彼は喚き始めてしまった。その姿は恐ろしくて…私は部屋へ行き、鍵をかけた。
でもね、今思えば、私は彼の望むように、自分を殴らせるべきだった。そうしたら彼の本当の姿が見えたかもしれないのに。
自分の子が突然学校で殺されたことに、
理由 を求める被害者遺族と
どれほど考えを尽くしても答えが出ない加害者遺族
のやり取りに、どちらの立場としても、親として泣いてしまった。
『エレファント』のタイトルについて
wikiではタイトルの由来として、
Elephant in the room=臭い物に蓋をする を挙げているが、
映画のオマージュ元である、1989年アラン・クラークの同タイトル映画の冒頭で
"For some of us 'The Troubles' is the elephant in our living room"
とある。
「すべての人々にとってではないが、私たちの中には、北アイルランド紛争という問題が今なお見過ごせない大きな問題として残っている」
と言う意味だ。
'The Troubles'は、北アイルランド紛争のことだが、GVSの『エレファント』における「問題」は、
彼が受ける虐め=醜い暴力行為
なのではないかと思う。
そして 周りの人間は気にもとめない暴力の数々が
彼の中に蓄積され根を張り、やがてぐんぐんと育ってゆき、象のように膨れ上がったそのドロドロを、彼はコントロールできなくなってゆく
それが「目の前の象」という事なのかも知れない。
何だか、
ぼくをみて ぼくのなかのかいぶつがこんなにおおきくなったよ
というフレーズを思い出す。
さて、日本において象は聖なる動物としても描かれるが、デイヴィッド・リンチの『エレファント・マン』(1980)のように、西洋で象は醜いもの、コントロールできないものとして扱われることが多いようだ。
改めて、『エレファント』を観返す。
主役は、高校生たち全員。
酷く虐めた奴らも、軽く嘲った人らも、それを見て見ぬ振りした人たちも、無関係な人たちも、
全員加害者であり被害者である。
それは観客も、遠く離れた国の私たちにも言えることだと思う。
周りにある社会問題を見て見ぬ振りするのは、大事な処世術なのだから。
1989年アラン・クラーク映画の動画のコメント欄にて、こんな意見がトップに上がっている。
"unsure if they are going to be the killer or the victim"
また、GVSは知らなかったであろう諺
「群盲象を評す」
もwikiに載っているが、思いがけず的を射た解釈に繋がり、嬉しい誤算と言えるだろう。
私たちは環境によって
狩られる側にも、狩る側にもなり得る
狩る側、狩られる側、どちらでもない立場を守る処世術で、綱渡りしているに過ぎない。
月光を奏でる姿が余りにも切なく、
小兎のような彼。
繊細なその胸の中で、どれほどのドロドロをしまい込んでいたのか。
この事件が教えてくれる事実は、
この世に平等は存在しない
死のみが、平等を実現する
と言うこと。ペシミスト過ぎるか…。
自己防衛のための不登校だけではなく、怠惰など原因は様々だが、インターネットで自分の立ち位置が容易に分かってしまう現在、
義務教育のやり方も変えていかなくては
日本でも『象』はどんどん大きくなるのではないかと、クラス崩壊の現場にいた立場として警告したい。
数珠繋ぎ作品
『パラノイドパーク』(2007)
『永遠の僕たち』Restless (2011)
GVS流のセカチュウ的ストーリー。特攻隊員の方々の手紙は、どんな時に出逢っても泣ける…。
ジーン・セバーグのような風貌のヒロインと、劇中歌としてPink Martini "Je ne veux pas travailler" がかかったりして♪
監督、ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』も撮ってくれないかしら、と仄かな願望。
『エレファント・マン』(1980)
浦沢直樹 Monster
『マイ・ガール』(1991)
『告白』(2010)
『乾き。』(2014)
『怪物』(2023)

