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第10編|失敗を前提にした役割と評価の設計―― 新規事業や変革PJの"成果が出ない時間"を引き受ける勇気 ――


成功と失敗を分けるものは何か

ある会議でのことです。
市場テストはまだ途中。手応えはある。
けれど、数字としては説明しきれない。

そんな状態で、役員からこう言われました。
「で、結局これは成功なの?失敗なの?」
その瞬間、場の空気が止まりました。

まだ分からない。だから試している。
でも「分からない」とは言えない。

結果的に、誰かが「失敗だった」と引き受けなければならない空気になる。
プロジェクトの責任者は苦しい立場に置かれます。


成功しやすい案件、そうでない案件

そして、この問いの背景には、もう一つの前提があります。「年度内に成果は出るのか?」

単年度で評価される組織では、複数年にまたがる探索は、それだけで不利になります。

1年では判断できない取り組みは、「未達」か「評価不能」として扱われやすい。

だから、本来は時間をかけて育てるべき仮説ほど、最初から持ち込まれなくなる。

これは「プロジェクトをどう評価するのか」の問題であると共に「人をどう評価するのか」にも直結します。


過程は「成功か失敗」の二択では測れない

挑戦が止まるのは、失敗を恐れているから、というシンプルな話ではありません。

多くの組織で本当に起きているのは、
途中の状態が評価できないという問題です。

結果が出ていない。成功とも失敗とも言えない。
まだ判断材料が揃っていない。

こうした「途中の状態」は、評価の言葉を持たない組織では、存在しないものとして扱われてしまいます。

多くの組織は、「結果を見ている」と言います。
しかし実際には、見ているのは結果そのものではありません。

社内で説明できるかどうかです。

・計画通りか
・前例と比べてどうか
・誰にどう説明できるか

こうした基準に乗らないテーマは、
それだけで「優先度の低い案件」へと
追いやられていく。


その評価軸は誰が決めたものか

評価者が閉じると、挑戦者も閉じます。

仮説は出なくなる。未完成なアイデアは出てこなくなる。それでも何とかしたい、という想いも消えていく。

それは、心理的安全性が足りないからではありません。評価が閉じているからです。

こういった環境において、
「失敗を許そう」「挑戦を称賛しよう」
こうした言葉が効かないのはなぜか。

理由は明確です。

失敗を許容する前に、学びの途中状態を評価できる設計になっていない。
挑戦するメリットが無いのです。


本当に評価すべきは「問いを解く力」ではなく「問いを立てる力」

必要なのは、結果評価をやめることではありません。

評価の対象を、ずらすことです。

・どんな仮説を置いたのか
・なぜその判断をしたのか
・何が分かり、何が分からなかったのか
・次に、何を試そうとしているのか

これは言い換えると「問いを定義できる力」を評価できるかどうか、ということです。

どの選択肢を選ぶかではなく、そもそも何を解くべき問題として捉えるのか。ここが曖昧なままでは、判断も学習も積み上がりません。

「判断と学習のプロセス」を、評価の言葉で扱えるかどうか。

ここに、挑戦が続くかどうかの分岐点があります。


学びが残らない組織で起きていること

学びが残らない組織では、

・失敗は個人の経験で終わる
・成功は正解として固定化される
・説明は後講釈になる
・次の判断に活かされない

結果として、同じ挑戦が何度もゼロから繰り返されます。

人が学んでいないのではありません。
組織が学びを残せない構造になっているのです。


あなたの組織は、評価の前に判断と学習が残っているか?

この章で扱いたいのは、成功と失敗の話ではありません。

扱いたいのは、判断と学習が、
組織の中で「仕事として残るかどうか」
という問いです。

次章では、判断・学習・説明が循環する「実験場」を、組織としてどう設計するかを考えていきます。

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