【思わぬ大金を得た男の日記】 6話 「休みを取った日」
夜中、目が覚めた。
何時かは、確認しなかった。
隣では、妻が規則正しく息をしている。
昼間の後ろ姿とは違い、
今は完全にこちらを向いていない。
静かな寝息を邪魔しないように、
体を起こさず、天井を見る。
深く考えようとしてはいない。
それでも、眠れない。
こういう夜が、
最近、増えた気がしている。
理由を探そうとして、やめた。
探せば、それらしい答えはいくらでも出てくる。
仕事、将来、金のこと、子どもの成長。
どれも、間違ってはいない。
だからこそ、
どれでもない気もした。
スマホが枕元にある。
手を伸ばせば届く距離だ。
通知は来ていない。
すぐに確認し終えた画面を、
しばらく見つめる。
誰かに連絡を取るほどでもない。
何かを調べるほど、切羽詰まってもいない。
それでも、
このまま目を閉じるのが、
少しだけ惜しかった。
翌朝、いつもより少し遅く起きた。
子どもはすでに起きていて、
テレビの前で音のないアニメを見ている。
妻がキッチンに立っている。
背中越しに、
「おはよう」と言われる。
「おはよう」と返す。
声の調子は、昨日と変わらない。
朝食をとり、
支度をし、
玄関で靴を履く。
郵便受けに、
一枚のチラシが入っていた。
住宅ローンの見直し。
資産形成の無料相談。
昨日、ホームで見た文字と、
よく似た言葉だった。
そのまま、
畳んでポケットに入れる。
捨てるほどでもない。
持ち歩く理由も、特にない。
電車に揺られながら、
チラシの感触が、
ポケットの中で主張してくる。
取り出して読むほどではない。
だが、
無かったことにも、できない。
窓に映る自分の顔は、
思ったより、落ち着いて見えた。
焦っているようでもない。
満足している、と言うほどでもない。
ただ、
ここにいる。
会社に着き、
いつも通り仕事を始める。
キーボードを打ちながら、
ふと、考える。
もし、
何かを変えるとしたら。
その「何か」が、
思いつかないこと自体が、
答えなのかもしれない。
昼前、
勤怠システムを開いた。
有給休暇。
残日数は、まだ余裕がある。
理由を入力する欄で、
カーソルが点滅する。
私用。
それ以上、書く必要はない。
確認ボタンを押す前に、
一瞬だけ、手が止まった。
誰に聞かれたわけでもない。
説明を求められてもいない。
それでも、
うっすらと戻れなくなる気がした。
押した。
画面に、
「申請が完了しました」と表示される。
特別な音も、
演出もない。
ただ、
いつもより少しだけ、
昼休みが長く感じられた。
その日の帰り道、
空はまだ明るかった。
子どもが待っている。
妻が、いる。
それを理由にするのは、
少しずるい気もしたが、
今日は、それで十分だと思った。
ポケットの中で、
チラシが折れ曲がっている。
捨てるでもなく、
開くでもなく。
休みを取った理由は、
まだ、言葉になっていなかった。
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