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【思わぬ大金を得た男の日記】    11話 「今日はここまで」

キッチンで、コーヒーを淹れる。
湯が落ちる音を聞きながら、
昨日の画面のことを思い出していた。

数字の並び。
グラフの形。

どれも、もう少し見れば理解できそうで、
そのままにしておいたものだ。

カップを二つ出す。 
一つは、自分の分。 
もう一つは、妻の分。

声をかけようとして、やめる。 
理由が定まらないまま話すと、 
余計なところまで伝わりそうな気がした。

「今日は早いね」

背中越しに、そう言われる。

「うん」

それだけ返す。

食卓に座り、コーヒーを飲む。

少し苦い。 
いつもと同じはずなのに、味に意識が向く。

頭の中では、 
いくつかの数字が並び替えられている。

全額。

半分。

やらない、という選択。

どれも、まだ確定していない。

スマホを取り出し、何気なくニュースを見る。

市場がどうとか、 
専門家のコメントとか。
読み流せる内容ばかりだ。

画面を閉じる。
何かを決めたわけではない。

ただ、
決めないという選択を、
今日は選んだだけだ。

洗い物を手伝う。
子どもが、今日の給食の話をしてくる。

うなずきながら聞く。
ちゃんと聞いている。

少なくとも、そうしようとはしている。

夜、布団に入る。
部屋の明かりを消す前に、
一瞬だけ、昨日開いていた画面を思い浮かべる。

そのまま、目を閉じる。

明日も、たぶん同じ時間に起きる。

それでいい、
と思えるかどうかは、
まだ分からない。


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