【思わぬ大金を得た男の日記】 9話 「決まりかけていること」
朝は、
思っていたより普通に来た。
目覚ましが鳴る前に目が覚め、
いつも通り、天井を見る。
隣では、
妻がまだ眠っている。
静かに起き上がり、
リビングへ向かう。
引き出しを開ける。
右奥。
昨日、頭の中で確認していた場所に、
その封筒はあった。
持ち上げても、
やっぱり重くない。
音もしない。
コーヒーを淹れる。
湯が落ちる音を聞きながら、
封筒をテーブルに置く。
一度、座る。
一口飲む。
苦くも、薄くもない。
封筒に手を伸ばす。
ためらいは、
なかったと思う。
少なくとも、
自分ではそう感じていた。
端をつまみ、
紙を破る。
音がする。
思っていたより、
はっきりした音だった。
中身を引き出す。
紙が一枚。
文字が並んでいる。
金融機関の名前。
番号。
形式ばった文章。
視線が、
必要な行だけを拾っていく。
金額。
一瞬、
意味が追いつかない。
もう一度、
そこを見る。
数字は、
変わらない。
間違い探しのように、
ゼロの数を数える。
数え終わったところで、
自分が何をしているのかに気づく。
息を吐く。
驚いていない、
と思った。
声も出ない。
手も震えていない。
ただ、
胸の奥で、
何かが静かに位置を変えた感じがする。
それだけだ。
足音がする。
妻が起きてきた。
「早いね」
「うん」
封筒は、
さっきまでとは違って見えた。
「なに見てるの?」
聞かれて、
紙から目を離す。
少し考えてから、
答える。
「きのうのやつ」
それ以上、言葉が続かなかった。
それだけで、
妻は全て察したような顔をする。
近づいてきて、
紙を見る。
しばらく黙ったまま。
「……そう」
その声は、
高くも低くもなかった。
子どもが起きる音がする。
一日が、
始まろうとしている。
コーヒーは、
もう冷めていた。
この部屋の中で、
何かだけが、ずれてしまった気がしている。
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