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【思わぬ大金を得た男の日記】    10話 「考えているだけの日」

パソコンを開くのは、久しぶりだった。
仕事のためではない。
誰かと連絡を取るわけでもない。

ただ、数字を見てみようと思った。

検索欄に言葉を打ち込み、
いくつかのページを開く。
専門用語が並んでいるが、
意味が分からないほどではない。

条件を変えて、
シミュレーションを回す。
想定される数字は、悪くなかった。

全額を入れた場合。
少し抑えた場合。
途中でやめた場合。

画面の中では、
どの選択肢もそれなりに整って見えた。

「このくらいなら」

そう思う自分が、
いないわけではなかった。

過去の記憶も、
頭の端をよぎる。
ニュースで見た名前。
一夜で状況が変わった話。

あれは特別な出来事だった、
と言い切ることもできる。
でも、
絶対に起きないとも言い切れない。

何十年も何も起きなかった事はない。

画面を閉じる。
すぐには閉じず、
カーソルをしばらく動かしたままにしてから。

今日は、ここまでにした。

夕方、
いつもと同じ時間に家に帰る。
玄関で靴を揃え、
手を洗い、
冷蔵庫を開ける。

子どもはテレビを見ていて、
妻はキッチンに立っている。

「おかえり」

「ただいま」

それだけのやり取り。

食卓に並ぶものも、
いつもと変わらない。
値段も、
量も。

食べながら、
昼間に見た数字を思い出す。
思い出そうとして、
途中でやめる。

今、考える必要はない気がした。

食後、
テーブルを拭き、
ゴミをまとめる。

外はもう暗くなっていて、
特別な気配はなかった。

風呂に入る。
湯の温度を確かめる。
少しだけ長く浸かる。
一回だけ深呼吸してみる。

それだけだ。

布団に入ると、
今日一日を振り返る。

何かを決めたわけでもない。
何かを失った感じもない。

ただ、
考えていただけだった。

それでいいと思った。

今日は、
そういう日だった。


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