人生を賭けてやりたいこと:自分が暮らす流域から地域を捉え直し、次世代に紡ぐために何が必要なのか学び、集落で自立した自治の範囲をなるべく拡げるということ
すこし、難しいことを長く書きます。
心のなかでは、ちゃんと書いていつ出そうか考えてたのですが、遂にタイミングがきたので、しっかり書き残しておこうと思います。もし興味があれば読んでいただけると嬉しいです。
僕が住む「福島県双葉郡松館地区」

写真の区域ですが、井出川という二級河川の中流の扇状地を中心した、とても自然豊かな里山の集落です。僕は2021年からこの地区で住まわせてもらってますが、周りに共にくらすじっじばっば、兄さん姉さんは外から移住してきた僕に対して本当に優しく甘やかしてくれて、時には頼ってもらえる世界で一番自然も人も豊かな里山だと自負しています。




流域の歴史
この流域の山林では、明治時代以降、木材を生産し、竜田駅から常磐線で東京に送り、そのあとは炭鉱から石炭を掘り出し、東京に送り出していました。
参考:https://geo.d51498.com/sendaiairport/hamadouri/fn5.htm
その後、1971年には双葉町・大熊町にまたがる福島第一原子力発電所が、1982年には富岡町・楢葉町にまたがる福島第二原子力発電所が作られ、首都圏にエネルギーを送ってきました。その恩恵として電源立地交付金の莫大な資金がずっとこの地域では入り続けてきたので、大きな行政の中で暮らしが豊かになっていきました。
そして、2011年。震災により巨大地震・津波が発生し、福島第一原子力発電所は原子炉を冷やすための全交流電源を喪失し、水素爆発を起こし、放射性物質が風に乗って広域に渡って飛散し、周辺の地域住民は強制避難を強いられました。
楢葉町では避難から4年半後の2015年9月に避難指示が解除され、徐々に住民が帰還し、住宅は取り壊され、空き地はかなり増え、管理しきれない土地にはソーラーパネルが乱立してしまったものの、今では震災後そこかしこにあった放射性廃棄物のつまったフレコンバックの山はなくなり、震災の痕はほぼ見えなくなりました。

震災による深刻な次世代の後継者不足問題
松館地区では帰還した50~70代の方を中心として農業の復興が始まり、現在では全国でも珍しい地区単位の有志で組織された「有機農業組合」でJAS認証を受けた有機米と極限まで農薬使用を減らした特別栽培米の生産を行い、慣行栽培の倍以上の値段で販売ができるように地域住民だけで自立して農業を行っています。地域の食堂に卸した米を食べてくださった人たちからは「とても美味しい!」という声が多くあがっていて、自分が栽培したわけではないのですが、とても誇らしい気持ちでした。

しかし、今この地域を守っている世代は60代後半~70代の方たちです。次の世代を担う30代~50代の人は震災の避難によって外に出たため、一気に人数が少なくなっています。僕が知っている限りでは20代は0人です。じっじたちに、息子たちは帰ってこないのか聞いても、「帰ってこないんじゃないかなぁ」とほぼ諦め、悲しそうな声で話していたのが、個人的には一番ショックな内容でした。
このまま何も変えることができなければ、10年後にはこの土地を守ることができなくなってしまうのは誰が見ても明白です。
この土地が守れなくなり、荒廃するとどうなるでしょうか。多分ですが、川下の地域の生態系・農業も荒れて、その後周辺海域の漁業にも影響が出るのではと考えてしまいます。実際に井出川の南側を流れる木戸川では楢葉町の一大産業だった鮭の栽培がおこおなわれており震災前は平均8万匹遡上していたのですが、漁業震災で断絶し、2019年の台風、により再びダメージを受け、気候変動の影響も受け遂に昨年度は25匹しか遡上が確認できませんでした。

「田舎はなくなってしまっても仕方ない」そういう声もどこからか聞こえてきますが、僕は必ずしもそうは思いません。日本全国の米、野菜、肉、魚の殆どは田舎で生産されているのです。それを守れなければ国全体の食料自給率は落ち、日本は自立した国ではいられなくなるでしょう。
この松館地区に住んでいるからこそ、この流域を守ることの重要性をひしひしと感じています。山は林業が廃れて以降、管理が行き届いていないでしょうし、最近ニュースで話題になり続けている熊だったり、山火事などのリスクは他人事ではありません。
だから、僕はこの井出川流域をなんとか人が暮らし続けられるように、次を世代担う少ない若者たちで管理ができるようにシステムと仕組み、経済の循環を作っていきたいと考えています。これの取り組みを先駆けて行っていくことは将来の日本全国のためにも役に立てると確信しています。しかし、僕には山の管理や農業に関する知識、それをマネタイズするノウハウは皆無です。何から手をつければいいのかサッパリな状態です。だからこそ学ばなければなりません。
ずっともがき続けてきた中で出てきた解決策
そんなタイミングで、2018年からお世話になっているNext Commons Lab Fouderの 林 篤志さんが、ちょうどドンピシャのことを学べる「Local Regen School」の立ち上げを発表しました。

三重県尾鷲市・鹿児島県奄美大島の龍郷町ではすでに先進的に取り組みを始めていて、現地での研修があったり、さらにオンラインで14回もの講義が設定されてるとても濃密な学びの場です。僕は必ずこのスクールで学び、松館地区で活かしていきます。そして、福島県浜通りが日本で一番若者が幸せだと若者たちが胸を張って言える場所にする。これは願望ではなく、完全に腹を決めた「決意」であり決定事項です。
しかし…!参加費150,000円+現地視察の交通費は、マイクロな4つの事業を抱えながら、今年2つの新規事業開発に自分の収入を全投資している僕にとっては正直かなり苦しいです。年齢面で多分スカラシッププログラムも厳しいでしょう。なんとか工面できるように資金面の整理を行っていきますが、もしどうにもならなかった場合、どうかこれを最後まで読んでいただいているみなさんに頼らせていただきたいです。必ず松館地区、楢葉町、双葉郡、福島県、地元の大阪府富田林市、そして日本全国、世界のために得た知識を持って、できることはすべてやる。全て行動で恩返しをします。
という説明会を聞いた直後にそのままの熱で書いた決意表明でした。さて決意表明したからには、生きているうちにやりきれるように頑張るぞーっと。
プロフィール

堺 亮裕|Sakai Ryosuke
1992年生 大阪府富田林市出身 福島県双葉郡楢葉町松館地区在住
2011年:大阪府立長野高等学校を卒業し、指定校推薦で関西大学社会安全学部に入学、大学では東北3件の各地を訪問、浜通りの被災状況を知り、楢葉町の復興について興味を持つ。
2018年:同大学院を中退し福島県双葉郡楢葉町に移住し、まちづくり会社の一般社団法人ならはみらいに就職し地域コミュニティづくりや交流館運営に関わる業務に従事。
2019年~:個人事業主として独立し、地域企業インターンシップや副業のコーディネートを皮切りに、アーティストインレジデンスの設立に関わるなど福島県浜通り各地のプロジェクトに携わる。
2023年8月個別志導塾 燈-tomoshibi-開業、2024年12月〜クラウドファンディングCAMPFIRE公認サポーターとして活動開始、その他BBQインストラクター、カメラマンなどとしても活動。
趣味:野球観戦・楽器演奏・アウトドア全般・BBQ・自動車レース・カメラ・ゲーム・eスポーツ・Youtube・Vtuber
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