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連作の睡蓮=唱え続ける念仏?日本人に刺さるモネの祈り:【睡蓮のとき】【モネ展覧会】

以前、モネの代表連作である睡蓮について、「睡蓮が仏教でいう極楽浄土に関連する花(蓮華)だということをモネは知っていたかな?」という疑問から「睡蓮モチーフ集めた展覧会やらないかな」という勝手な記事を書きました。

また別の睡蓮の記事で芸術関連の記事を書いていらっしゃるnoteしゅうぼうさんから、「睡蓮はあまりピンとこない」という感覚を教えていただきました。(以下、理由としていただいたコメントです)

たぶん自分で造園して太鼓橋まで、拘った庭を描くわけだから、彼の執念、拘り、情念、その他の感情が通常に描いている絵画とは向き合い方が全然違うように感じます。
自然を描くのを本文とする彼が睡蓮を描く時は徐々に何かにこだわったような描き方をするようになり作風が変遷していったように思う。晩年の睡蓮は特に私には合わない感じがします。初期の方はそうでもないですけど。
オランジュリー美術館に作成された4つのパネルの睡蓮も見ましたが、私の感じ方はイマイチでした。この4つのパネルの睡蓮はこの美術館のために描かれたというからビックリです。でもこのシリーズ以外は大好きな画家の一人です。

確かに、、、!
モネの睡蓮は、「自作の庭」「白内障」「大装飾画」といろいろな条件も重なりそれまでの彼の作品、連作の中でも異様さを持っているのは間違いない。しゅうぼうさんの「あまり好きではない」という感覚は今まで自分の中ではなく、聞いたこともなかったので、かなりハッとさせられました。オランジュリー羨ましい。

睡蓮は言わずと知れたモネの代表作でありながら、日本国内の西洋美術界でトップ1、2を争う稼ぎ頭とも言えるでしょう。

国立西洋美術館「モネ 睡蓮のとき」(2024年10月~2025年2月)は、来場者 80万7,566人 を記録し、同館企画展としては歴代4位の規模。さらに京都・愛知の巡回展を合わせると、 日本全会場で100万人超 の来場者数に到達しているらしい!西美上位3位はルーヴルとかそういう括りのものなので、ほぼ睡蓮と日本の橋シリーズの構成のものでこの結果は破格!やっぱ超すごいモネ、実際なすにきびが行ったときも超人混みでした。

ここまでくるといい意味でも悪い意味でも、あの連作には芸術の追求とはまた別の括りの大きな力がある、そんな気がする!

冒頭、以前の記事で述べた「モネ睡蓮ー極楽浄土」のつながりは、美術評論家の山田五郎さんのYoutubeのモネ回で、五郎さん的見解を述べています。

モネが極楽浄土の存在を日本人や仏教圏の人、例えば松方幸次郎などから聞いていて、最初の妻カミーユへの追悼も込めて睡蓮を描き続けた、あるかもしれない。なんならモネは極楽浄土を知ってから、自らも救われるために睡蓮を描き始めたんじゃないか?なので今回は

〈睡蓮の連作は救いのための念仏だった〉

ここまで解釈を拡大させて妄想してみる。

極楽浄土と言えば、阿弥陀如来。「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えれば誰もが死後極楽浄土から阿弥陀如来様が迎えに来てくれるという、誰もが救われることができるというもの。ひたすら念仏を唱えることで阿弥陀如来の人々を救う本願に心を一心に寄せることができる→他力本願。

睡蓮の絵にはその「ひたすら」感が確かにある。浄土宗などでいう、専修念仏っていうのはおそらくこういうことですよね。他の植物や水平線を入れず、画面を水と水に映る空と睡蓮だけで埋め尽くしているのもその要素がある。

阿弥陀如来がやってくる、極楽浄土は西方、ちょうどモネが日本庭園を自費で制作し、晩年を過ごした土地であるジヴェルニーもパリから見ると北西に位置している。いろいろな良い条件はあったのだろうけれど、「西」も大事な要素の一つだった、、、?

「積みわら」など他の連作と比べても睡蓮は描くにつれて、どんどんズームして一つ一つの葉と花が大きくなったり、形が抽象化して行ったり、シチュエーション に執着が浮き彫りになっている感じはたしかにあります。

睡蓮は昼夜で花の開閉を繰り返す花。(モネの庭にあった睡蓮はおそらく昼に作タイプ?)「光」の研究に特化したかったという目的でもちろん納得できるけれど、逆の考え方だと、「蓮台上に悟って生まれる、救われる=開かれた花」と言う意味で、開かれた花しか描きたくなかったと言う見方もできなくない、と思ったら全然閉じた花も描いていた。

自らと、亡き妻・子供たちと、一次大戦と、睡蓮は救済を求めたモネの祈りだった。光の追求はおまけだったのかも。この説自体は帰納的なこじつけで仮説とも言えないただの勝手な妄想ですが、その祈りに日本人は知らずのうち親近感を感じて、神社仏閣のお参りのようにモネを楽しむ。そう考えると日本のモネ、特に睡蓮人気は必然的とも言えるのではないでしょうか。

曼荼羅、来迎図、六道絵や念仏絵巻など念仏というより、教えや信仰自体を描いた仏教美術はいっぱいあるけれど、モネの睡蓮を念仏と見てしまえば、ここまで一人の人間が絵という形で唱え続けた例は他にないのではないでしょうか!称名念仏、踊念仏に続く、描(えがき)念仏。

ご存知の通り、白内障で視力を失いかけても睡蓮と日本庭を描き続けたモネは1926年、ジヴェルニーで86年の生涯を閉じます。彼は極楽浄土に旅立てたのかな。睡蓮の祈りが叶ったのなら、観音菩薩としてカミーユが、モネが乗る蓮台を持ってやって来たかも。

そして今ちょうど上野の蓮が開花しまくっているらしい!行きたい。

おわり

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なすにきび...勝手美術 偏った美術愛ですが、面白いなと思っていただけたら、いいねフォローなどよろしくお願いします。大変はしゃぎます。