喪失感を埋めながら生きていた時期の話|ギャンブル依存症を受け入れて生きる⑤
仕事も彼女も失って、1年ほどが経った頃、次の仕事を探し始めた。
見つけたのは、業界新聞の記者の仕事だった。
4〜5人でやっている小さな会社だった。
でも、それがよかった。
前の会社とは全然違った。
自由があった。仕事のやり方も、雰囲気も。
アットホームで、働きやすかった。
給料は前より3分の2くらいになった。
でも、そっちの方がよかった。
お金より、自分が納得できる仕事をしたかった。
今思えば、あの頃から文章や言葉に興味があったんだと思う。
記者といっても小さな会社だから、営業も、取材も、文字起こしも、編集も、構成も、製本まで、みんなで全部やった。
京都や愛媛に取材で出張に行ったりもした。
先輩と熊本に出張に行くことも多かった。
旅をしながら仕事になる感じで、楽しかった。
社長に連れて行ってもらったスナックで、ちょっと気になるお姉さんができた。
こっそりと、一人で行くようになった 笑
スロットで勝った日は、会いに行っていた。
今思い出したら、なかなかやってた 笑
その頃になって、やっと彼女のことから立ち直ってきた。
合コンもするようになった。
また誰かと付き合いたいって思えるようになってきた。
青春時代をずっと彼女と過ごしてきたから、大学でもコンパなんてしたことがなかった。
だからこの頃が、初めての合コンだった。
あまり悪い記憶がない時期だった。
でも、一つだけずっと消えないものがあった。
借金だった。
消費者金融に100万円ほどあった。
当時の利息は25%近くあったから、毎月3万円返済しても、なかなか元金が減らなかった。
年間20万円以上が利息で消えていった。
負けたらまた借りてた。
返しても返しても、借金はなくならなかった。
楽しい日々の裏で、ずっとそれだけが残り続けていた。
あの頃は、喪失感を埋めながら生きていた時期だった。
スナックのお姉さん、合コン、スロット。
全部、心のどこかにあいた穴を埋めようとしていた。
でも借金は消えない。
スロットもやめていない。
楽しそうに見えて、依存症の根っこはずっとそこにあった。
次の記事では、行政書士の資格に挑戦したことを書く。
独学で1年、人生で一番勉強した時期のことを。
同じように苦しんでいる人に、少しでも届けば嬉しい。
最後まで読んでくれてありがとう。
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