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「動けなくなることが始まりだった」—データはそれを裏付けていた。

前回、1年前までリハビリで関わっていた80代の女性の方が亡くなられていたという話を書きました。

その記事を書きながら、ひとつの問いが残りました。

「動けなくなったことが始まりだったのかもしれない」という感覚——これは、データで言えることなのだろうか、と。

調べてみました。

「動けるかどうか」で、生存率が変わる

結論から言うと、これはかなり強いレベルで言えます。

70歳以上の高齢者で、身体機能が低いほど死亡率が上がることは複数の研究で一貫して示されています。歩く・立つ・起きるといった日常動作レベルの可動性が1単位改善するごとに、死亡リスクが約2%低下するという報告があります。また活動量が高い人は、そうでない人と比べて死亡リスクが最大51%低いというデータもあります。

医療の現場でも、モビリティ(動ける状態)は死亡予測の指標として実際に使われています。高齢者施設のAI解析でも、死亡リスクの重要な因子として「動けるかどうか」が挙がっています。

「運動しているかどうか」ではなく、「普通に動けているかどうか」—データはそこを見ています。

「動きの質」が、寿命の指標になっている

さらに踏み込んだ研究もあります。

床から立ち上がるテストができる人ほど死亡率が低い。柔軟性が高い人ほど死亡率が低い傾向がある。こういった結果が出ています。

つまり「動きの質=寿命の指標」になっているのです。

特別な運動をしているかどうかより、日常の中でどれだけ自然に動けているか。筋トレをしているかどうかより、歩く・立つ・起きるという当たり前の動作がどれだけ機能しているか。その差が、長い目で見ると生存率に関わってくる。

70代の健康状態が、その後を左右する

フレイル(加齢による心身の衰弱)の研究では、高齢になるほど「回復力と耐性が崩れやすくなる」ことが示されています。

それまでは、何かあっても回復できる。ただ年齢を重ねるほど、同じダメージでも崩れやすくなる。

だとすれば、70代でどれだけ動ける体の状態を保てているかが、その後の回復力を大きく左右します。

前回の記事に登場したNさんの話に戻ると、腰痛→骨折→外出困難という流れは、まさにこの「動けなくなる」ことが連鎖した状態でした。ひとつのきっかけが、外に出る機会を奪い、歩く量を減らし、人と会う機会を縮小させていった。

その流れが、思っている以上に速かったのかもしれません。

筋トレより、ケアより、「動けているか」

筋トレをしているか→それだけでは不十分。ケアをしているか→それも不十分。

大切なのは、「日常の中でどう使えているか」という問いです。

外に出る、歩く、人と会う——そういった当たり前の動きが、その人の状態を支えている。データはそれを示しています。

Radix Movement Designが最初に確認するのも、「今の体が日常の中でどう機能しているか」という現在地です。動ける体を保てているかどうか——それが、その後の人生を大きく左右する可能性がある。

前回の記事で感じた「動けなくなったことが始まりだった」という感覚は、データとしても裏付けられていました。

痛くなる前に、知っておく。その意味が、改めて重く感じられます。

参考:PMC「Physical function and mortality in older adults」/ OUP Academic「Mobility and all-cause mortality」/ arXiv「AI analysis of frailty and mortality risk」

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