【ショート④】待っている
「碧、待っていてね。帰ったらお散歩だよ」
ワン! ワン!
「あお、おるすばんだよ。まっててね」
……ふんっ。
ぼくをおきざりにして、ガチャリとドアが閉まる。
それにしても、なんであのチビスケは連れていってもらえるのにぼくは留守番なんだ。ぼくのほうがエライのに。
つい最近まで、ないて寝転んでいるだけだった
のに、ちょっと動くようになったら散歩にもついてくる。おかげで、遅いし、危ない危ないって好きなところに行けない。しかもなんだよ、調子にのってママのマネして「待ってて」だなんて。
だから、チビスケには返事なんかしてやらない。チビスケのことは待ってやらない。ママを待っているんだ。
あー、つまんない。散歩に早く行きたいな。
そうだ、今日の散歩の時間には、あのコ、いるかな? 塀の上からジーっとぼくのこと見つめているあのコ! いつもの場所で、待っているんだろうな!!
*
ここは見通しはいいけれど、午後は暑くてかなわない。それに、アイツが通るかもしれない。キャンキャン声をかけられてもメンドウだ。
ぐーーぅ
狭い塀の上でのびをする。
あっちの公園に行こうか……あそこは大きな木があって涼しい。夕方になれば、いろんな人間が代わる代わるこっそり食べ物を持ってくるから、お腹もいっぱいになる。
それにしても……なんでみんな自分勝手に名前をつけてくるんだろう。ミケとか、モコとか、他にもいっぱい。アタシはアタシで、アタシだけのものなんだから、勝手に名前をつけて自分だけのネコみたいな顔をされても困る。
あ、そうだ。
今日はあの家にいこう。アタシに名前をつけないあの人の家に。何にも言わないけど、たまにアタシが来るのを待っていると思うから。
**
もう、こんな時間だ。読みかけの本を置いて身支度をはじめる。
孫は可愛い。アサちゃんも、あの子にはもったいないくらい気が利くいい子だ。ちょこちょこソウタに会う機会を作ってくれる。ありがたい。
そう。ありがたいし、いい子なのだ。だからこそ、こちらも気をつかう。うれしいけれど、少しつかれる。
誰だろう? 孫は無責任に可愛がれるなんて言っていたのは。そんなことはないじゃないか。甘やかすのも、叱るのも自分勝手にはできない。あの子も一緒に会いに来てくれれば、それでもまだ気楽なのに。仕事が忙しいのはわかるけれど、年1回くらいしか顔を出さないなんて。気にせず叱れるのも、顔を見たいのもあの子なのに。
駅へ向かう道、目の前を茶トラの猫が横切る。
そうだ、あの三毛猫がそろそろ来るかもしれない。家猫じゃない割に品のいい顔をしているから、みんなに色々な名前で呼ばれ、エサにも不自由していない。『ルドルフとイッパイアッテナ』のイッパイアッテナみたいな猫だ。私も、うっかりエサをあげて撫でてしまったことがある。それからたまに、庭に来るようになってしまった。忘れた頃に来たのを適当に可愛がれるのは、つかれないし、うれしい。
今日の夕方あたり、私が家に帰る頃、ふらっと来てくれないかしら。
***
ガチャガチャ……
「ワン! ワン! ワン!」
「ただいまー……って、今日は草太も朝子も、母さんに会いに出かけているんだよね。おぉ、碧、ただいま。よしっ!」
あーあ、パパ、また床に靴下とか脱ぎ散らかして。土曜なのに午前中だけ仕事で、それはおつかれさまだけど、ママだってつかれてるんだぞ。帰って来たら……って、またカップ麺食べ散らかして……これは、ため息確定だな……。
ガチャガチャ。
「あ、パパー!! おかえり。あお、ただいまー」
「おかえり、草太ー。ママもおかえり」
「ただいまー。おかあさん、元気そうだっ……って、また散らかして! 片付けてよー」
「ごめん、ごめん。今やるから」
「ワン! ワン!(待ってたよ!ママ)」
「あお、おさんぽいきたいって」
「ワゥ! ワン!(チビスケとじゃない!)」
「わかった、わかった。ママ、俺、草太と言ってくるから」
「もー! せめて、靴下は自分で洗濯機に入れてっ!」
「はいはい、やりましたー。よし、草太、碧、行くぞ」
「はーい」「ワン」
一気に静かになった。コーヒーの香りが立ち込める。ママがソファに腰をおろす。
一緒に一息つく。
毎日毎日、この一家が私のところに帰ってくるのを待っている。変わらず同じように、いつもの日々が送れるように、待っている。
