やっぱ、ダブル飛行機雲は消えちゃえ【短編小説】
「あっ!智ちゃん、海だよッ!!」
「馬鹿、あれは湖だよ」
俺と一緒に自転車で走る、愛緒衣が叫んだ言葉にツッコむ。
「見てみてッ!飛行機雲ぉ!!願い事しなきゃッ」
「おっー、何をお願いするんだ?」
目に付くもの全てが珍しいみたいに、愛緒衣は叫ぶ。通い慣れたはずの通学路なのに。そんな彼女の様子に、俺はグッとくるものを堪える。
俺のほうが、ダブル飛行機雲へ願い事を叫びたいぐらいだった。
「愛緒衣の記憶が戻りますように」と。
飛行機の事故だった――高校の短期留学で、帰国の便が不時着に失敗したのだ。幸いなことに、愛緒衣の命は助かった。
最近の記憶を失うという代償を払って。今の彼女は、幼少期の記憶しかない。
自転車をこぐ愛緒衣は、デニムミニスカートを履いている。
――「豚みたいに太ったから」と言って、最近は着ていなかったのに
試しに、インドネシア限定「ケンタ」の話を振った時だって。
――一緒に食べたはずの、サンバルソース味を知らないみたいだった
そんなことを考えていると、愛緒衣が急ブレーキをかけた音がした。俺も止まって振り向くと、彼女は草が生い茂った脇道の前で指を指していた。
「智ちゃん!今日はこっち行かないの?」
「今日は……?」
「いつもみたいに、かき氷を食べようよッ!」
「……」
俺が返事をする前に、愛緒衣は自転車を細道へ走らせてしまった。ハァ、と溜め息を付いて俺も後を追う。草だらけのガタガタ道だ。
しばらくすると、ぱっと光が差し込んで見覚えのない道路へ出た。
「智ちゃ――んッ!100円あるゥ?」
道路の脇に、小さい売店があった。その前で愛緒衣が叫んでいる。「かき氷100円」の手描き看板に、随分良心的な店だと思いながらかき氷を2つ買う。
「ねぇ、智ちゃん。覚えている?」
「何を」
覚えていないのは、お前だろ。
――そんな言葉を呑み込む。
「前にさ、ここでかき氷を食べた時。約束した事」
「……何を?」
「来年も、その次も、ずーっとずっ―――と!おじいちゃんになっても、ここで一緒にかき氷食べようねって約束だよ!覚えてないの?」
「…………」
黙ったままの俺に、愛緒衣は泣きそうな顔になる。
そして、声を上げて彼女は叫んだ。
「智ちゃんと私、結婚するって約束したじゃんッ!!」
「……は?」
結婚……?
俺と、愛緒衣が……?
俺は、、、
そんな約束をした記憶はない……
でも、そうか
ああ――
「これはきついって……」
俺は思わず笑ってしまい、片手で顔を覆う。
同時に涙がぽたぽたと止まらない。
俺は愛緒衣に、最近の記憶を思い出してほしかった。だって――留学前に思い切って、俺は愛緒衣へ告白していたから。
俺たちは、付き合い始めたばかりだった。
「智ちゃんは、私と一緒に遊んだ記憶がないんでしょ?お母さんが言ってた。だから、結婚の約束も忘れちゃった……?」
ああ、そうだよ
俺も飛行機事故で、昔の記憶を失ってしまった
けど――
俺と愛緒衣は、昔から両想いだったんだな……
最近の記憶を失った、愛緒衣
昔の記憶を失った、俺
俺たちは、それでも恋人繋ぎをしながら笑い合えるんだ。

