【前編】なぜ、さとちゃんはスピったのか?(笑)
社会の“戦いのルール”に乗った話
こんにちは、さとちゃんです。
今回はちょっとタイトルからふざけています。
「なぜ、さとちゃんはスピったのか?(笑)」前編です🪐
僕の中ではけっこう大事な話です。
“スピった”というより、もともとあったものを思い出して、戻っていったような感覚の話をしていきます。
🌎自己紹介(再掲)
はじめまして、さとちゃんです。
都内在住、2児の父です。アーティストとして活動しながら、現実創造や意識の探求を日常で実践しています。
ちなみに母方は、画家や彫刻家などアーティストが多い家系です。
今思えば「表現」することや「見えないものを面白いと感じる」のようなことは、もともとどこかにあったのかもしれません。
🪄前提:僕はスピりたいと思っていたわけではなく・・・
最初にお伝えしたいのは、僕は、
覚醒したいとか、悟りたいとか、次元上昇したいとか、波動を上げたいとか…そういうことが目的ではなく・・・。
ただ、この世界の仕組み=真理を知りたいと思っています。
正確に言うと忘れていたことを「思い出したい」という感覚に近いです。
そして、その探求の過程が
読んでくれる方の安心や希望、あるいは現実が軽く動くことにつながったら…それは最高だなと思っています。
世の中や地球って、不思議なことだらけだと思いませんか。
「え、これ何?」みたいなことが、普通に日常に転がっています。
だから、みんなが本当は知っていたことを思い出す“きっかけ”になれたら嬉しいです。
1)幼少期〜学生:もともとは穏やかな子でした
背景を理解してもらうために、生い立ちから少しお話しします。
僕は基本的に、わりと穏やかで温厚な性格でした。人を笑わせたり、人に喜んでもらえること、本を読むことと絵を描くことが好きでした。父が車のおもちゃを買ってくれても、遊ばずに絵を描いていたみたいです。
父は会社経営、母は元CAで、恵まれた裕福な環境で育ちました。
ただ、家の中は父と母の喧嘩が多くて、子どもながらにとても怖かったです。
だから早く大人になって自立して生きていきたいと強く思っていました。
幼稚園は父の仕事の都合で新潟の十日町にいて、自然の中で育ちました。小学校から大学まで東京の私立の学校に通っていました。
そこもキリスト教系で毎日教会で礼拝がある。そんな環境で過ごしました。
今になって思うことがあります。
子どもの頃は何の感謝もなく、当たり前のように過ごしていましたが、
あの頃は神さまがいつもそばにいて守ってくれていたのかもしれないな、と。
「小さい頃は神さまがいて毎日夢を叶えてくれた」って歌がありますが、そんな感覚、あれ、すごく分かる気がします。
小さい頃は、自然と神さまと一緒にいられたのかもしれません。
大人になって忘れてしまっていても、
きっとずっと見守ってくれていたのかな、と今は思っています。
2)社会人20代:社会の“戦いのルール”に乗っていきました
教員になることも考えましたが、教育実習で「ちょっとお堅いな…」と感じました。
就職活動にも強い違和感がありました。
「自分じゃないものにならなきゃいけない感じ」があったんです。
ただ、早く家を出て自立したい気持ちもあり、いわゆる普通の会社員になろうとして頑張りました。
人材系の会社で営業職になりましたが、社会人生活の前半は…まったく売れませんでした(笑)
営業に行くのが嫌すぎて、テレアポで取れたアポを同期にあげたりしていました。
当時は頑張る意味がわからなくて、先輩や同期が必死になって頑張っているのを見て不思議に思っていました。
みんなが頑張るほど、会社が儲かるだけじゃない?…みたいな笑
同時に、ガチで勝負をして負けてしまうことも怖かったのかもしれません。
でも、どこかでカチッとスイッチが入りました。
20代中盤から、「やられる前にやる」みたいなモードになったんです。
そして本気を出した結果、20代後半に自分を酷使しすぎて、対人恐怖っぽくなりました。
鏡越しでしか人と話せない時期もありました。
それを乗り越えて、成果が出て、一定の評価をされて、管理職になっていきます。
ここがポイントで、成功自体は現実的に価値があるのですが、
同時に少しずつ、「自分の価値=成果」に置き換わっていった気がします。
3)30代前半:成長の延長線で息が苦しくなりました
在籍していた会社の良いところは、若いうちから大事な仕事を任せてもらえるところでした。
それがやりがいになり、競争の中で僕は勝ち負けに没入していきました。
そうすると、だんだんこうなります。
「もっと変わらなきゃ」
「もっと学ばないと」
「もっと立派にならないと」
“もっともっと”が増えていきました。
さらに、不条理や「べき・ねば」も気になるようになり、理想や正義感が出てきて、自分を縛っていきました。
それだけではないですが、
今思えば恐れも大きなエンジンになっていたと思います。
失敗したくない
置いていかれたくない
ちゃんとしていないと認められない
外から見たら順調なのに、内側は
「頑張っているのに安心できない」
「満たされない」
となっていきました。
そして成長の延長線で停滞がきます。
「このまま進んでも、何かが違う」という感覚です。
まとめ(前編)
ここまでが前編です。僕の人生をざっくり言うと、
穏やかに生まれる
→ 社会のルールに違和感
→ 戦いに乗る
→ 一定の成功
→ でも苦しくなる
という流れでした。
次回(後編)では、そこからどうやって
“恐れの選択”から“愛の選択”へ戻っていったのかをお話しします。
MBA、出向、挫折、育休、起業、アート、個展、そして近所の公園で起きたこと…。
あのあたりから僕は“スピっ”ていったのです笑
(後編はこちら → )
▼Voicy スピピピラジオー意識と現実のあいだー|さとちゃん
▼Threads さとちゃん|世界一楽しく現実創造🌏
▼note:さとちゃん|アーティスト🎨
