見出し画像

【後編】なぜ、さとちゃんはスピったのか?(笑)

挫折から“思い出す”へ

こんにちは、さとちゃんです。
今日は「なぜ、さとちゃんはスピったのか?(笑)」後編です。

前編でお話しした“戦いのルールに乗った僕”が、
どうやって戻っていったのか。続きを書いていきます。


1)30代中盤:外側の現実を変えようともがく

30代中盤に結婚をして、所帯を持ったからには、ますます
「成長しないと」「学ばないと」「変わらないと」と思っていました。

働きながら2年間大学院に通い、MBAを取りました。
その生活はそれはそれは大変なものでした笑
努力して勉強して成長して認められたい…と思っていたのだと思います。
いったい誰に認められたかったんでしょうね(笑)

僕は「正しさ」や「存在」を証明しようとしていたのかもしれません。
正体の分からないものと、必死に戦っていた感じです。

「外側の現実を変えようとすればするほど、変わらず満たされない」

考え始めたり違和感を持ち始めたりすると、
それまでうまくいっていたことも、うまくいかなくなることがありますよね。特に会社のように、周りの人と協力して進めることほど、それが顕著に出たりします。

その頃の僕は違和感の正体を知りたくて、それを拭いたくて、必死にもがいていました。


2)出向〜育休〜起業:人生が問い直されました

そのタイミングで異動辞令が出て、ずっといた部署から子会社へ出向になりました。
当時の僕は納得できませんでした。
「こんなに頑張って成果も出していたのに、なんで?」と思っていました。
(今の僕からすれば神さまの優しい導きだったなと思います笑)

少しして妻が妊娠し、長男の誕生をきっかけに1年間育休を取りました。
育児を通して、子どもたちの純粋さ・ピュアさ・素直さに触れる中で、
僕は自然と子供のころの感覚を少しずつ思い出していました。

損得ではない無償の愛を子どもたちに注げたことも、
自分の中にある愛を思い出す大きなきっかけになったような気もします。

しかし同時に、育休中、起業もして会社を立ち上げましたが、なかなか事業を軌道に乗せることができないでもがいていました。
「努力すれば突破できる」とやるのですが、不安ばかりが募っていきました。


3)アートの道への導き 個展開催

育休中、ビジネスの基盤をつくりたいと思い、家の近くのシェアオフィスに出入りするようになりました。
そこで異業種の人たちと仲良くなり、上下関係のない人間関係が居心地よく感じました。

その場所で絵を仕事にしている人と出会い、影響を受けて僕も絵を描くようになりました。ギャラリーのコンペに出した作品が最優秀賞をいただき、個展のお誘いも受けました。今振り返ると不思議です笑
ビジネスをつくりたくて通い始めたシェオフィスなのに、アートを始めることになるなんて、、、思いもよりませんでした。

育休が終わって復職し、仕事をしながら絵を描き、ビジネスも模索し、育児もして…という日々の中で体調も崩しました。
それでも、1回目の個展にこれまで関わりのあった人たちが沢山集まってくれたことは、本当に嬉しかったです。

その時に、言葉にしづらいのですが、
「つながっている」というか、人の集合的無意識のようなものを感じる瞬間がありました。
そこからユングやフロイトを調べるようになり、心理学の範囲で“内側の世界”がどんどん面白くなっていきました。

今思うとスピ前夜だなと思います笑
ただまだ感覚としては「スピった」というより、段々と感性が戻ってきた感じでした。


4)近所の公園での出会いと一瞥体験

子会社はなくなり、事業部ごと本体に吸収され、僕も本社に戻ることになりました。

そのタイミングで僕は、肩書は外してもらいました。
自分にとって違和感になっていたからです。

その後、二人目ができて、育休をもう一度取りました。

娘が生まれて嬉しいはずなのに、なぜか不安で眠れない日が続きました。
新しい家族ができて、もっとしっかりした自分でいたいのに、仕事で新しい自分を確立できていないことに強い恐怖とプレッシャーを感じていたのだと思います。エゴが大きな声で叫んでくるのです。「仕事は大丈夫なのか??お金は大丈夫なのか?絵なんか描いていて家族を守っていけるのか?」って笑

そこで、何とかその状況を抜け出したくて、早朝に近所の公園へ行き、散歩と運動をするようになりました。
ラジオ体操をしている70代くらいのおばさまたちの輪に入れてもらって、
有明の月、季節の花、草木などを一緒に愛でるような生活になっていきました。毎朝、瞑想とジャーナリングもしていました。

そしてその中の一人に、一度臨死体験をされているようなおばさまがいて、人生の色んなことを教えてもらい、言葉にしづらいのですが、一緒にいるだけで癒されていく感覚がありました。

そう過ごしているうちに、
ある日、街を歩いていたら“一瞥体験”のようなものが起きました。
歩いている人も、街路樹も、街も、あり得ないくらい美しく見えたのです。

「ガーン」ときました。

こんなに美しくて優しい世界なのに、
僕はなんで今まで自分から不足ばかりを見ていたんだろう…と思って、
訳が分からなくなって嗚咽していました。

その体験が同じ時期に4〜5回ほど続き、感覚がまるっきり変わっていきました。小学生のように世界が新鮮に見えるようになり、どんどん軽く、楽になっていきました。
これまで関わってきた全ての人が愛おしい、と感じるようになりました。

そして、思考が静かになったのです。エゴのけたたましい声も。
そして静かになると、もともとあったものが見えてきました。
そして忘れかけていた神さまの存在も思い出すようになりました。

目に見えない大きな力があると確信し、
世界と自分の人生を信頼をし始めて僕は“スピ”りました。

それは恐れで人生を動かすのをやめて、愛で選び直し始めること。
そういうことなのだと思います。


5)僕の中で起きた変化(言語化すると)

後から整理すると、変化はこんな感じでした。

  • 内側が外側の現実を創っていることを、頭ではなく体感で理解しました

  • 自分は思考でも感情でも肉体でもなく、エネルギー体なのだと理解しました

  • 競争や比較によって、いつの間にか“分離ゲーム”をして苦しくなっていたことに気づきました

  • すでに全部あった(ずっと満たされ続けていた)ことに気づきました

  • 「幸せになるためには○○しないと」という条件を無意識につけていました
    → 条件を外せば、いま幸せになれます

  • 自分が“戦う世界”を選んでいたので、会社の中での体験も戦いになっていました
    → 内側が矛盾していたから、外側も混沌としていただけでした

僕は会社や資本主義や唯物主義を否定したいわけではありません。
ただ、それぞれ自分の魂に合う生き方というものがあって、それを忘れて進んでいると、苦しくなるようにできているのだと思います。

僕の場合は、絵と子どもと自然、人との出会いを通して神さまが導いてくれました。自然体でいられる時間が増え、やりたいことをやるようになりました。今ではアートで、東京・ニューヨークで個展、アート雑誌の特集に掲載されるまでになったのです。


6)最後に:もし今、苦しい方がいたら

前編でもお話ししましたが
僕は悟りたいわけでも、覚醒したいわけでもありません。
ただ真理を知りたい、思い出したい、探求したい。
そのプロセス自体をいま楽しんでいる、そんな感じです。

そして結果として、家族や仲間や社会が、
少しでも軽く、楽しく、優しくなっていくなら最高です。

だから、これを読んでいる方で
今苦しい方、迷っている方、悩んでいる方が、
僕の話をきっかけに何かを思い出して、少しでも気が楽になれたら嬉しいです。

僕はようやく、思い出し始めることができたようです。
皆さんと一緒に、これからこの旅路を楽しみたいな。そう思っています。

(前編はこちら → ※https://note.com/lovejoymessenger/n/n1fe61cf61cd3


▼Voicy スピピピラジオー意識と現実のあいだー|さとちゃん

▼Threads さとちゃん|世界一楽しく現実創造🌏


▼note:さとちゃん|アーティスト🎨


いいなと思ったら応援しよう!