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【創作大賞2026応募・第二幕】音域戦線〜下心ヒロインと、絶対音感な俺〜 


【あらすじ】

日野翔太は、親に無理やり通わされているピアノ教室で、幼馴染である柏木桜の玉砕を見届けていた。桜は絶世の美女だが、玉の輿を狙う下心100%の残念な性格。さらに「テロ対策」と称して、常に重さ20キロの電子ピアノを背負い歩く奇人でもあった。講師への告白に失敗し、傷心の桜を慰めるため、二人は行きつけの家系ラーメン屋へ向かう。しかし、そこで翔太の退屈な日常は崩壊する。「楽器」を改造した音響兵器を操り、不協和音の魔法を放つテロリスト集団が本当に襲撃してきたのだ。桜はケースから戦闘用ショルダーキーボードを取り出し、翔太を守るために立ち向かう。かつて「世界を守るヒーロー」に憧れる中二病だったが、現実に絶望し、冷笑的なゲーマーとして生きてきた翔太。だが、必死に戦う桜を前に、彼は自分も戦うことを決意する。向かいの楽器店に駆け込み、最強の武器として「ソプラノリコーダー(プラスチック製)」を調達。魔法の覚醒を信じて吹き鳴らすも、出たのは情けない雑音だけで、テロリストに腹の底から嘲笑されてしまう。だが、その屈辱で怒りが爆発した翔太は覚醒する。格闘ゲームで極めた「フレーム理論」と「動体視力」を駆使し、敵の不可視の魔法攻撃をミリ単位の間合い管理で完全回避。魔法攻撃に頼りきりで接近戦が隙だらけのテロリストたちを、強靭なリコーダーを用いた「純粋な物理打撃」で次々とぶん殴り、見事に制圧してしまった。魔法の才能はゼロだが、圧倒的な物理(フィジカル)の才能で窮地を救った翔太。桜はその「フォルテシモ(物理)」の力を見込み、自身が所属する対音響兵器特務機関『協奏楽団(コンチェルト・オーケストラ)』への入隊を持ちかける。実は彼らが通うピアノ教室の地下こそが、その秘密基地だったのだ。冷めた日常を捨て、ふざけたヒーローとして生きることを決めた翔太。下心と物理暴力が交錯する、前代未聞の音楽バトルラブコメディがここに幕を開ける。

第三話

「ここから先は、関係者以外立ち入り禁止の絶対領域だから。心してね、翔ちゃん」
 桜が意味深な笑みを浮かべながら、グランド・ミュージックスクールの最奥にある特別書庫の壁に手を触れた。
 上品なクラシック音楽が絶えず流れるこの瀟洒な建物に、まさか秘密基地への入り口があるなんて。中二病を拗らせていた頃の俺なら、このシチュエーションだけで白米三杯は軽くいけただろう。
 桜が壁に飾られたモーツァルトの肖像画の裏にある隠しパネルを操作すると、重厚な本棚が音もなくスライドし、金属製の無機質なエレベーターが現れた。
「……マジでスパイ映画じゃん」
「でしょ? テンション上がるよね。私も初めて案内された時は、思わずスクショ撮ろうとして怒られたもん」
 エレベーターに乗り込むと、箱は静かに、だが確かな重力を伴って地下へと降下していく。
 俺の手には、先ほどの戦闘でヒビが入ったプラスチック製のソプラノリコーダーが握られている。これから対テロ組織の最前線に足を踏み入れるというのに、初期装備が「ひのきのぼう」以下の「プラスチックの筒」というのは心許ないが、今の俺にはこれしかない。
 チーン、という気の抜けた電子音と共に、扉が開いた。
「ようこそ、対音響兵器特務機関『協奏楽団(コンチェルト・オーケストラ)』の総本部へ」
 目の前に広がった光景に、俺は息を呑んだ。
 冷たいコンクリート打ちっ放しの広大な地下空間。壁一面には巨大なサーバー群が青白いLEDの光を明滅させ、無数のケーブルが床を這っている。
 だが、何よりも異様だったのは、その無機質な空間の中央に、黒光りする最高級の『スタインウェイ・アンド・サンズ』のグランドピアノが鎮座していたことだ。
 そして、そのピアノに向かい、一心不乱に鍵盤を叩いている小柄な人影があった。
 流れるようなアルペジオが地下室に響き渡る。
 長い前髪で目元を隠し、ダボダボのパーカーを着込んだ少女。ピアノ教室で見かけたことがある。いつも隅っこで大人しくしている、寡黙な生徒だ。
「結衣(ゆい)ちゃん、ただいま。新規メンバー、連れてきたよ」
 桜が声をかけると、少女――結衣は、演奏をピタリと止め、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……おかえりなさい、桜さん。その人が……物理(フォルテシモ)で敵の防壁を粉砕したという、狂戦士(バーサーカー)ですか」
「おい、誰が狂戦士だ。俺は理知的な頭脳派ゲーマーだぞ」
 俺がツッコミを入れると、結衣は無表情のまま小さく首を傾げた。
「彼女は『結衣』。この楽団の心臓部にして、最高峰の『後方支援係(バッファー)』だよ」
 桜が誇らしげに紹介する。
「後方支援? ピアノで?」
「そう。結衣ちゃんはね、この地下室にある特殊な魔導ピアノを奏でることで、事前にマーキングした味方に対して、半径5キロメートル圏内ならどこにいても強力なバフ(身体能力強化や防壁付与)をかけることができるの」
「マジか。オンラインゲームの支援職(ヒーラー)そのまんまじゃん」
 半径5キロという広範囲に支援をかけられるなら、前線で戦う人間にとってはこれ以上ないほど頼もしい存在だ。
 なるほど、確かに組織としてはかなり本格的だ。オペレーター兼バッファーがいて、桜のような前衛がいる。
 なら、他にも歴戦の猛者たちが――。
 そう思って地下室の奥に視線をやった俺は、思わず硬直した。
 防音ガラスで仕切られたメンテナンスルーム。
 そこで、静かにバイオリンの手入れをしている、見覚えのあるスーツ姿の男性がいたからだ。
「あなたは…!?」
 俺の驚きの声に、その男性は顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。
「やあ、日野くん。君もこちら側の人間になったんだね。歓迎するよ」
「西園寺先生……!?」
 隣のバイオリン科の講師であり、元ウィーン・フィルの奏者。
 そして何より、たった数時間前に、夕日の差し込む廊下で桜の告白を「生徒と講師という立場ですので」と見事に玉砕させた、あの超優良物件のイケメン講師である。
 俺は慌てて隣の桜を見た。
 さっきまで「失恋の悲しみは家系ラーメンで修復した!」と豪語していた桜だったが、いざ本人の顔を前にすると、気まずそうに視線を泳がせ、モジモジとパーカーの裾をいじっている。図太いのか繊細なのか、よく分からない奴だ。
「西園寺先生はね、最近この楽団に入ってきたの。音楽の力を悪用する連中を、音楽家として許せないって……。すっごく立派な志を持ってるんだよ」
 桜が小声で俺の耳元に囁く。
「……て、これだけ?」
 俺は思わず、そう呟いた。
 広い地下空間。無駄に大がかりな設備。
 そこにいるのは、小柄な後方支援の結衣。新入りの西園寺先生。告白連敗記録更新中の桜。そして、ヒビ割れたリコーダーを持った俺。
 俺の呟きに、桜は苦笑いを浮かべた。
「あはは、前いた人達、全員辞めちゃったからね…」
「辞めた!?」
「うん。昔は民間の対テロ組織の中でも最強と言われてたんだけど、今では……ね。敵対組織の『不協和音(ディスコード)』って連中がブラック企業のくせに給料だけは良くて、うちのベテラン勢、みんな引き抜かれちゃったの。あとは単純に、命懸けで戦うのが割に合わないって言って実家に帰った人とか……」
 世知辛すぎる。
 対テロ組織の崩壊理由が「競合他社へのヘッドハンティング」と「待遇への不満」だなんて、夢がなさすぎるだろう。
 
「というわけで、現在アクティブに動ける常勤メンバーは、私たち四人だけってわけ」
 なんという崖っぷち組織。
 俺が加入したことで、戦力は実質25%アップということになるが、焼け石に水な気がしてならない。
 重苦しい沈黙が流れた。
 西園寺先生がバイオリンの弦を弾く「ピィン」という音だけが、やけに虚しく地下室に響く。
 やばい。このままでは組織の士気が底を抜けてしまう。
 その時だった。
 ずっと黙っていた結衣が、クルリとキャスター付きの椅子を回転させ、沈黙を破った。
「皆さん、私の家に来ませんか?」
「え?」
 俺と桜、そしてガラスの向こうの西園寺先生までが、思わず結衣の顔を見た。
「まずは親睦会でゲームでもしましょう。楽しいですよ」
 感情の読めない顔のまま、結衣はそう言って、微かに微笑んだ。
 どうやら彼女なりの、新メンバー歓迎の気遣いらしい。

 数時間後。
 俺たちは、音楽教室からほど近い結衣のマンションに移動していた。
「きえええ!!!! 負けたよお!!!! うわああ!!!」
 先ほどまでのミステリアスで寡黙な美少女の面影は、そこには微塵もなかった。
 結衣はフローリングの床を転げ回り、奇声を上げながらクッションに顔を埋めている。
「近所迷惑」
 ポテトチップスをかじりながら、桜が冷静な顔で結衣の頭をポンと叩いた。
 俺はコントローラー……いや、アーケードコントローラー(アケコン)から手を放し、盛大なため息をつく。
「この楽団の女子は異常者しかいねえのか……」
 結衣の部屋は、防音設備が完備されていることを除けば、完全に『重度のゲーマーの巣窟』だった。壁一面に並んだモニター、LEDで七色に光るゲーミングPC、そして床に散乱するエナジードリンクの空き缶。
 彼女が提案した「親睦会のゲーム」とは、大乱闘を繰り広げる世界的に有名な対戦アクションゲームだったのだ。
「も、もう一回……! 次こそ絶対勝つ……!」
 結衣が血走った目でアケコンを引き寄せ、再び対戦台(ロビー)に入ってくる。
「いいぜ、何度でも相手になってやるよ。ただし、結果は同じだ」
 俺は冷酷に言い放ち、手元のボタンを軽く弾いた。
 バイト先のゲームセンターで毎日嫌というほどメンテナンスしている、三和電子製のボタンとレバー。マイクロスイッチの『カチッ』という小気味良い感触が、俺の指先に完璧に馴染んでいる。筐体越しに数多の猛者たちを沈めてきた俺のホームグラウンドだ。
 画面上で「FIGHT!」の文字が躍る。
 結衣が選択したキャラクターは、重量級で飛び道具を豊富に持ち、一度引っかかれば即死コンボに繋がるという、凶悪な性能を持ったロボットキャラだ。
 さっきから彼女は、遠距離からビームやコマを撒き散らし、俺が焦って近づいたところを強烈な判定の技で迎撃するという、嫌らしい戦法を取ってきている。
 だが、甘い。
「お前のその空中からの差し込み、着地隙が4フレームあるんだよ。大振りすぎんだよな」
「くっ……! なら、これで……!」
 結衣が焦って突進技をパなしてくる。
 俺が選んだのは、リーチが異常に長く、的確な間合い管理(スペーシング)で相手を封殺するキャラクターだ。
 俺はレバーをミリ単位で倒し、結衣の攻撃の判定の『外』にキャラクターを配置する。
 格闘ゲームにおいて、フレームデータと判定の理解は絶対だ。
 彼女の技の発生フレーム、持続、硬直。そのすべてが、俺の頭の中にはエクセルの表のようにインプットされている。
「そこだ」
 結衣の攻撃が空を切った(ウィフした)瞬間、俺は最速で反撃のリーチを叩き込んだ。
「ああっ!? なんでそこから届くのよぉ!?」
「俺のキャラの最大射程距離と、お前の技の硬直時間の計算ができてない証拠だ。後方支援(バッファー)のくせに、前線の間合い管理がガバガバじゃねえか」
 バシィィィン!!
 画面に派手なエフェクトが走り、結衣のキャラクターが画面外へと吹っ飛んでいく。
 『GAME SET!』の無慈悲なアナウンス。
 完全勝利。
「あ、あああ……私の、私のレーティングが……!」
 結衣はコントローラーを抱きしめたまま、白く燃え尽きた灰のようになっていた。
「容赦ないね、翔ちゃん。女の子相手なんだから、少しは手加減してあげればいいのに」
「対戦ゲームに男も女も関係ねえよ。戦場(ここ)は実力だけがすべての修羅の国だ」
 俺がドヤ顔で言うと、桜は呆れたように肩をすくめた。
「まあいいや。これで翔ちゃんの実力も分かったし。結衣ちゃん、ボロ負けしてるけど、これでもオンラインの上位ランカーなんだよ? それを完封するなんて、翔ちゃんの『状況把握能力』と『反射神経』は、実戦でも間違いなく武器になる」
 桜の言葉に、俺は少しだけ驚いた。
 ただ遊んでいただけのように見えて、桜は俺の戦闘における適性をゲームを通じて分析していたらしい。
 玉の輿狙いの下心女かと思っていたが、対テロ組織のメンバーとしての顔は伊達ではないようだ。
「……翔太さん」
 床に転がっていた結衣が、むくりと起き上がり、俺のジャージの裾を掴んだ。
 その瞳には、先ほどの静けさはなく、復讐に燃えるゲーマーの執念が宿っていた。
「私の……師匠になってください。あの間合い管理のフレーム計算、教えてほしいです……!」
「断る。めんどくさい」
「お願いです! 教えてくれたら、実戦でのバフ、翔太さんだけ『全ステータス200%アップ』の特別仕様にしますから!」
「職権乱用が過ぎるだろ!」
 俺は頭を抱えた。
 テロリストと戦う秘密組織に入ったはずなのに。
 どうして俺は、女子の部屋で対戦ゲームのフレーム解説をする羽目になっているのだろうか。
「あのう……」
 部屋の隅から、控えめな声が聞こえた。
 すっかり存在を忘れていたが、そこには、正座をして麦茶を飲んでいる西園寺先生の姿があった。
「私も、そのゲーム……やってみてもいいかな? 昔、ウィーンの仲間と少しだけ触ったことがあってね」
 完璧なイケメン講師が、少し照れくさそうにコントローラーを見つめている。
 カオスだ。状況がカオスすぎる。
 だが、なぜだろう。
 親の金で無気力にゲーセンに通っていただけの昨日までの日常より、このふざけた連中と一緒にいる今の方が、何倍も生きている実感がするのだ。
「……しゃあない。全員まとめて、俺が格ゲーの基礎から叩き直してやるよ」
 俺がアケコンのレバーを回すと、桜が楽しそうに笑い、結衣が目を輝かせ、西園寺先生が優雅に微笑んだ。
 俺たち『協奏楽団』の、これが本当の最初の合奏(セッション)だった。

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