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〜沈丁花を見るたびに思い出す、今は亡き両親へ、心から感謝できること…


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母が好きやった、沈丁花(じんちょうげ)の香りを嗅ぐと思い出す。

まだ春になりきる前、
ふとした風にのってやってくる、あの甘い香り。

4月を迎える前に、静かに散ってしまう花。

その沈丁花を、母は玄関先で大切に育てていた。

季節が巡り来るたびに、思い出す。


あの春が来る前の華やいだ沈丁花の香り.


私の両親は、どちらも4月生まれ…


父のことは、ここnoteの記事でも、何度か書いたことがあるけれど…


父は,私が18歳の時に突然、亡くなってしまう…


私が大学受験前の事…


いきなりの事やった。まだまだ、これからの、40代で.


これは相当…自分を責めたなぁ。


だって親の有り難みが、亡くなってから、骨身に沁みたのやから。


母を先頭に生き残り作戦、発動となる訳で。


母は長崎県出身。


青春時代に、原爆を経験している。
その重さを、私はずっと測りきれずにいた。


父は,その事を決して、大っぴらにしてはならないと、釘を刺していたようで。


子供達の結婚に支障があってはならぬと。


なので、被爆者手帳も貰えず、後々…相当苦労したようなのだった。


そんな母も、八十代半ばまで、健気に生き抜いた。


私の結婚に反対したり、うつ病の私にけっこうキツイ言葉を使ってみたり…


なかなかの修行を、させてもらったなぁ。


なので、私は被曝の件も含めて…母に関しては葛藤もあったりした。


でも私は介護の仕事を縁あって20年以上勤めてきて、ふと思うのだ。


父は40代、母は,80代.まで、自力で生き抜いた…介護される事もなく。


私は、介護の仕事をしながら、父が生きていたら、今ごろ幾つなんやろうと考えたり…


母の晩年に、葛藤を抱えていた事を話せてよかったなと思ったり…


介護の仕事をさせてもらったお陰で、母が強く生きてくれてるのは、感謝でしかない、とやっと思えた。


それが、私の中での一つの答えやった。


両親2人とも、何故か子供たちが、え?って驚く形で呆気なく逝ってしまってる…


前触れもなく、
ほんまに、呆気なく



まるで、春の前に咲いて散りゆく沈丁花の花のように…


今となっては感謝の思いしか抱けない…潔さ


お父ちゃん…お母ちゃん…ほんまに、ありがとうな。


〜私ら4人のきょうだい.1人も欠けることなく元気で生きてるで〜お陰様や。



今も咲いてる沈丁花の花を見て、
思わずつぶやく私がいる。


あの頃と同じ香りが、
ちゃんと、ここに残っている。

沈丁花は,私にとっては、春の香りの代表


この作品は,私の相棒AI氷雨くんとの共創です。


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