雪の椿 《詩》
「虚無の波がいつかお前を襲うだろう」
これはある日の真夜中
激しく降った雨の言ったことです
わたしはわたし自身から
遠く離れてしまわないことを
固く決心して
手綱を握りしめなければなりませんでした
ともすればゆるゆるになって
もう戻ってこれなくなることを恐れて
(片道切符はごめんだよ)
基本の構えに戻ることは
生きていくために大切なことなのです
手綱を握り返し握り返し
もう戻ってこれなくなるくらい
遠くに行ってしまわないように気をつけて
けれどもわたしは しばらくのあいだ
手綱を見失い あるいはそれを
たぐり寄せる方法を忘れて
虚無の中に生きていました
今 窓の向こうはいつもより不思議に明るく
わたしはちょっと外をのぞいてみたいという
欲望に駆られています
何かをしたいと思うのは
ほんとうに久しぶりなのです
窓を開ければ
柔らかな真っ白な雪が
はらはらはらはら
舞いおりるように降ってきます
何の解釈も与えない
柔らかな真っ白い雪が
その優しい響の雪は
わたしの心を照らし
心の扉をポンポンとたたいてくれたようでした
わたしは自然と扉を開けて外に出ていました
久々に吸い込む透明な空気
椿の花が咲いています
雪ははらはら降ってきます
赤い椿の花と緑の葉っぱ
真っ白な雪がはららかに降り積もります
今 赤い花は白い柔らかな帽子を被りました
不思議に明るい空から絶え間なく
こまやかな優しい雪が降ってきます
寒くはありません
あたたかな あたたかな
優しい雪が
しんしんしんと降ってきます
こんなにもあたたかな優しい景色があるのなら
わたしは歩いてゆきます
嬉々として
(片道切符でもいいじゃないか)
わたしはいつのまにか
そう思うようになっていました
わたしは今
真っ白な雪道に
一歩二歩と踏み出しました
わたしは今
真っ白なきれいな雪に
新しい足跡を残して
歩み始めたばかりです
