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【掌編小説】桃

注意:この作品には、幼少期の性的な悪戯や違和感を想起させる描写が含まれます。過去のつらい記憶を呼び起こす可能性がありますので、心の状態にあわせて、お読みください。

白い段ボールをカッターで切り開くと、もう甘い匂いが漂っていた。
緩衝材として新聞紙がぐちゃぐちゃに丸めてある。緩衝材だったとしても、新聞の一文字二文字ぐらいはどうしても目に入ってしまうものだ。

(右か左か、もはやわかんないね)

苦笑しつつ新聞紙を取り除いていくと、赤子の柔肌のような産毛に包まれた桃がいくつも並んでいた。あみあみの発泡スチロールに包まれている。あまりにも繊細なのが、一目瞭然。この長旅の間、よく潰れずにいてくれたものだ。

「叔父さんから?」
「そう。今から切る」
「生ハム巻いても旨いよなー」

夫の雅也がソファにもたれる後ろ姿が見える。結婚とともに買った深緑のソファベッドは、二人の家に馴染みつつあった。

桃にそっと包丁を沿わせる。皮がめくれていき、ところどころ赤くなった果肉が顔を出した。私はあまり皮を剥くのが得意ではない。左手が果汁でベタついていく。しずくが左手首を伝っていく。

「シオの叔父さんって、めっちゃ気ぃ利くよなぁ…」
雅也は輪郭のない、のどかな声で言った。

「う…うん」

私が幼い頃から、叔父は毎年実家に桃を送ってきた。結婚して実家を出た後は、もうこの桃は食べられないだろうと思っていたら、新居にも送ってくるようになった。

桃が送られてくると、叔父のことを思い出さざるを得ない。
私だけに聞こえるように呟いたあの一言を、雅也に伝える気にはなれなかった。

「へぇ。詩織が結婚…やることやってんだな」

せせら笑いながら言われた不意の一言に、曖昧に笑うことしかできなかった。後からあの言葉を思い出して、顔が熱くなる。しかし、叔父が去った後も、どう言い返せばいいのか分からなかった。

母に訴えようかと思ったけど、母は末弟である叔父をものすごく可愛がっているから、私を庇ってくれる保証はない。可愛がってるって言っても既に50は越えているのだが。

皮が剥けた桃は丁度食べごろらしく、ところどころ紅色のが入った白っぽい色だ。包丁を入れるとジャクッと水気を含んだ音を立てて、硬い部分で止まる。種に当たったのだ。桃の正しい切り方を、その時は調べようと思うのだが、手がベタベタで何も触りたくない。しかし、切り終わってしまうとそれで満足してしまい、結局正しい切り方は分からずじまいなのであった。

(叔父さんなら、知ってるのかな…)

そう、一瞬思ってしまった自分の都合の良さを恥じた。私は決してあの一言を許してはいないのだ。種の周りをなんとなく包丁で取り除き、端っこから同じ大きさに切っていく。まな板が透明な果汁で溢れて、洪水を起こしそうだった。

(小さい頃は、大好きな叔父さんだったのにな…)

親戚で集まると、いつも一番に話しかけてくれた叔父。新聞紙を使った面白い遊びを教えてくれたし、たくさんの服や髪飾りをいつもプレゼントしてくれた。木登りも教えてくれて、小さい頃はかなり高いところまで登っていた気がする。いつもこっちが驚くのを楽しんでいるみたいだった。小学生ぐらいになっても、ひょいと抱き上げて高い高いをする。やめて、って言ってもなかなかやめてくれなかった。そしてお風呂に入ってる時、わざとドアを開けたことも…

思わず桃の一切れを乱暴につかんで口に押し込んだ。口の中に果汁が広がる。噛まなくてもいいぐらい柔らかく、上顎で押し潰した。二切れ、三切れ、次々と口に押し込む。ダメだ、雅也の分が…と思うのに止められず、頬が桃でいっぱいになる。口の中が果肉と果汁でいっぱいになり、唇にはみ出そうになると同時に、涙が溢れた。

叔父には、一人息子…つまり私の従弟がいた。この前会ったら、背が伸びてかなり好青年になっていた。久しぶり過ぎて、お互い敬語がなかなか外せなかった。医学部を卒業して研修医をしているらしい。叔父にとって、自慢の息子だろうと思う。

私は幼い頃、密かにこの従弟に思いを寄せていた。

クラスの男の子とはほとんど話したことがなかったのに、この同年代の男の子は、私にいつも話しかけてくれる。かけっこや木登りにも誘ってくれた。木登りをする前、いつもこう言っていたのを覚えている。

「詩織ちゃんが先に登りなよ」
「…いいの?」
「スカートが引っかかって、危ないから。落っこちそうになったら、僕が受け止める」

なんてやさしいんだろう。まるで王子様みたいだな…小学校低学年ぐらいだったのに、そう思った。

でも、どうして。
あの時…スカートだったのだろう。
絶対に、ズボンの方が登りやすいはずなのに…。

そうだ。

叔父さんが買ってきた服を着ろって言われて…
木を登りながら、ちらっと彼を見ると、目を細めて薄く笑っていた。

先に登らせたのは、ほんとうに、やさしさだったのか…

私は思わず新しい桃を引っ掴んだ。皮もむいてない桃を握りしめて、かぶりついた。果肉に深い歯形がつく。苦い皮をぺっとシンクに吐き出して、口中で貪るように桃に齧り付いた。口の中で果汁が迸る、果汁に、果肉に溺れてしまえばいい。じゅるじゅると果汁がしたたり落ちた。


「…シオ?」
気づくと、雅也が隣で私の手首を握っていた。

「桃…俺に分けてくれへんの?」
雅也が困った顔で覗き込んでいる。
「ごめん…」

雅也は静かに首を横に振った。
「一人で食べてると…おなかにさわるで」


(2124字)

読んでいただきありがとうございました。
キュッとなってしまう話だったかと思います💦

「 #何の企画でも賞でもない小説を普段から書けるようにしておきたい 」という自分一人でしている取り組みの、2作目です。
1作目は下記です。めちゃくちゃ気に入ってますのでぜひ読んでください。

今回の作品を、どのような発想で書いたかを記します。

1.短歌

1作目と同じように、短歌から発想しました。

https://x.com/amanumiyu/status/1894950323619615123

「許したくなる」って、どういうことかな…と考えて物語が生まれました。親戚って家族のように接してくれて、安全性の高い人もいれば、家族の気やすさでデリカシーのない人もいるなあ、と感じてます。

私は今回の主人公の叔父のように嫌な人はいませんでした。ただ、20代の頃にとある親戚から「色気ねえなあ」と言われて(お前のために色気見せとらんわ!怒)と思ったことから発想しました(笑)

子供の頃大好きでも大人になってから色々知ってしまい…という人もいれば、子供の頃あんまり好きじゃないな…と思っても大人になると好感が持てる、という人もいます。親戚も、人間なんで色々ですよね。

2.カズレーザーさん

カズレーザーさんの結婚ニュースを聞きました。カズレーザーさんは私の中で「派手なインテリ芸人」という括りでした。

そういえば私も初期に「派手インテリな陽気芸人が妻の前ではおとなしかったら…」という物語を書いていたので、この物語に登場する夫婦「雅也と詩織」を登場させました。

なので夫、雅也は芸人さんなんです(笑)

興味がありましたら読んでみてください。
第一話がAI との共作、二話目以降が完全自作です。
家でほとんど愛情表現をしない雅也がアメトーク的な番組の「奥さん大好き芸人」に出る…という話が第四話〜五話にあります。

改めてまして、私の取り組みにお付き合いいただき、読んでいただきありがとうございます!引き続きよろしくお願いします。

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亜麻布みゆ📕言の葉みゆフィーユ チップのご検討、ありがとうございます。 3歳児を育てつつ、スキマ時間に創作を続けています。 いただいたチップは、家事の時短や創作時間の確保に使わせていただき、より楽しい文章をお届けする力に変えていきます。応援が本当に励みになります。