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[連載小説]ソグディアナ物語⑦


前の話はこちら

ここまでのあらすじ

ソジュンと留学生・純一は、インディーズバンドを組んだ仲間。
その後ソジュンはデビュー、
純一はシルクロード研究を続けていた。
純一、ソジュンとマネージャーのアン・ミンジェの三人は、サマルカンドへ旅することに。
マネージャーのアンミンジェが、民宿の亡くなった息子と激似ということで宿の人たちは驚く。
その夜、歓迎の宴が開かれた。三人は宿の娘ロクサナの舞う西域の踊りに魅了された。
アンミンジェの持つ木簡は、ソグドの手紙であることが判明した。
宿の長老は自身がソグドの末裔であることを打ち明け、先祖ソグディアナの物語を語り始めた。


第七章 三人の娘の物語


 月明かりの下、長老の話は続いた。
「私どもが亀茲に住んでいた頃の伝説をお話しいたしましょう…」
 ドゥタールをき鳴らしながら、彼は一族に伝わる物語を語り出した。


前編 三人の娘の物語


 「遠い祖先が亀茲に住んでいた頃の話じゃ。
 男には一人の息子と三人の美しい娘が居ったそうじゃ。
 ラクダ百頭、二百頭の長い隊列を連ねて遠く唐に往来する薩保をしておった。大きな隊商の隊長をしておったんじゃな。

 ソグドの息子は五歳のころから字を学んだ。二十歳になったら他所よその土地に商いの修行に行くのが慣わしだった。

 一番上の娘は、草原への隊商に行った春に生まれたそうな。
 草原には色とりどりの花々が咲いている頃じゃったから、娘を『ローラ』と名付けて大切に育てたそうじゃ。

 次の娘は、天竺への薩保を組んだ初夏に生まれての。池に咲いていた美しい『蓮の花』にちなんで、『ニルファナ』と名づけたんだそうな。

 末の娘は、冬の星々の美しい日に生まれてな。『小さな光』を意味するロクサナと名付けたんじゃそうな。厳しい冬にも暖かな光に包まれて幸福に育つことを願っての。
 ロクサナが幼いころ、母親は、はやり病で亡くなってしまった。二人の姉や近所の人たちに大事にされたロクサナは、明るく元気に育っていったんじゃと。

 娘たちは、幼い頃から毎日、亀茲楽を聴いて育って行ったから自然と楽器を奏で、舞うようになっていった。

 二十歳になった上の息子は、ソグドの風習に従って別の土地へ修行に出たそうな。


長女ローラの物語
 娘たちが年頃になった頃、精悍な若者が馬に乗って訪れての。草原を駆け巡って暮らすチュルクの若者は、美しいローラに一目惚れしたんだそうな。たくさんの馬や羊たちを連れてやって来た若者は、ローラを嫁に欲しいと申し出た。
 ローラは見知らぬ遠い土地へ行くなんて不安でいっぱいだと言うたが、男は諦めんかった。
『青々とした草原を馬にまたがって風を切って駆け巡ると気持ちがいいぞ。我らは馬で移動しながら暮らす。馬の乗り方も教えてやろう。春になると草が芽吹いた草原には赤や黄色の花々が一斉に咲く、あの光景をローラにも見せてやりたい』
 ローラは、チュルクの若者のもとに嫁いでいったそうな。


次女ニルファナの物語
 次女のニルファナは楽器を奏でるのが上手じゃった。胡旋舞も亀茲で一番と評判での。幼馴染のチャドとはいつも一緒じゃった。二歳上のチャドは楽器職人の息子だったそうな。         
 チャドの母親は、ニルファナたちの母が亡くなった後は、妹のロクサナの乳母のように娘たちの世話をしておった。
 いつも一緒に育ったチャドは、いつしかニルファナに恋するようになっての。
 ニルファナは薩保のお嬢様。
 チャドは楽器職人の息子。
 そんな引け目もあってな、チャドは思いを打ち明けることもできずにおった。
 そんなある日、ニルファナたちの父親が、唐へ薩保として出向いた途中、盗賊に襲われてしまったんじゃと。
 荷を奪われ、けがを負い命からがら戻ってきた。大変な損害じゃった。とうとう借金のかたに、他の商団に『薩保』の権利を渡す事態になった。

 ニルファナは、こう言ったんじゃ。
『御父上、私が次の歌舞団に加わって唐へ参りましょう』とな。
 唐の歌舞団に加わると言うことはもう帰れないことを意味したんじゃな。

 男は思ったそうじゃ。
『借金のかたに泣く泣く唐への楽団に入る若い娘たちを多く見てきた。
今、自分の身に起きて、その痛みが初めてわかった』
そう言って、涙を流したそうじゃ。

 チャドは、ニルファナのために琵琶を作った。自分に出来るのはそれだけだったからな。もう会えない大切なニルファナのために。
 琵琶の背面を縁取るように、たわわに実るブドウと葉と蔓を彫った。その内側には、敦煌の『鳴砂山めいささんの五色の砂』を使って絵を描いた。
 透明の石で『澄んだ池』を、
 緑の石で『葉』を、
 白と赤と黄の石で『蓮の花(ニルファナ)』を描いた。
 宝石で飾ったら貴人の目に留まって取り上げられるかもしれんと思ったのかのう。遠目には地味なものだった。
 その琵琶を手にしたニルファナはチャドの思いに涙し、唐の月明かりの下で、もう帰れぬ故郷を思って想い出の曲を弾いたそうじゃ」


 長老は客たちのほうに向き直って言った。

「旅の方々もお疲れでしょう。
長々と昔話をしてしまいました。
夜も更けましたので、今夜は、ここまでといたしましょう。三人目の娘のお話は、明日に、いたしましょうか」


「まあ、義叔父おじさん、私たちも初めてお聞きしましたわ。そんな長い歴史があったなんて驚きました。
夜も更けて、冷えてまいりましたので温かいお茶を入れましょうね」

 真っ暗なオアシスの夜更け。
天上の星々は、赤や青、金銀の宝石の如く瞬いていた。



後編 ソグディアナの木簡

 夜更けまで続いた話の後、客室に戻ると、部屋には香がたかれていた。
エキゾチックな香りが漂う部屋の壁には、三着の民族衣装が掛けてあった。

「旅の思い出にご用意しました。
明日、お召しになってください。その衣装を着て写真撮影を致しましょう。
ごゆっくり、お休みください」

 添えてあったメモを見た純一は、衣装を見あげた。

「ソジュン見てみろよ!ソウルで入ったハリーポッターのカフェの『衣装セット』みたいだよな。あれ着て写真撮影出来るってさ」
「チンチャ?いいじゃん。その衣装着てSNSにあげよう!」

 いつもお喋りなアン・ミンジェは、今日は物思いに耽るように静かで話に入ってこない。

 純一の方から口火を切った。
「それにしても不思議なご縁ですね…」
「ええ、まさか…この旅行で遠い祖先に繋がる人たちに出会うとは…驚きました」

 アン・ミンジェの言葉に、ソジュンも頷いていた。
 ソジュンは二人が訳してくれて概略は聞いたものの、詳しくは状況をつかめていなかった。小声で純一に尋ねた。
「でさ…結局そのソグドって何なの?」
「うーん、そうだな…シルクロードの商人。何ヵ国語も喋れるくらい語学堪能で、海外の国々と取引してたんだ。今で言ったら大きな商社を持っていて、ラクダで品物を届ける物流会社もやってシルクロードの交易を仕切っていたって感じかな」
「ふーん」
「あ、それでここの先祖の人たちは、楽器会社もして中国の唐へ楽団を送っていたらしい。
そうだなぁ…わかりやすく言ったら、ダンサーやミュージシャン育成して唐でコンサートしたってことかな。
唐でのプロモーションしたら大ブレークしてさ。唐に現地事務所置くくらいの大手プロダクションになった。
亀茲に楽器工房や演奏者やダンサーの養成所も作るレベルの大手に成長したってことかな」
「へぇー?!それじゃさ?
アン・マネージャーの先祖も芸能事務所の仕事してたってこと?!」
「うーん、そう言われたらそうかも。それにしても、不思議なことあるもんだな」



 いつもは、すぐ寝付くソジュンだが今夜は寝付けずにいた。
「サマルカンドで気になっていた娘がここの娘さんだったとは…
しかもアン・マネージャーがここの息子さんにそっくりで、その上、代々伝わる『古い木簡』が『ソグドの手紙』だったなんて……
いったい、どういうことなんだ…?」

 いろいろなことが頭に浮かんで寝付けなかった。
 彼は、机の上に置かれてあったアンマネージャーの「謎の木簡」を繁々と見つめ、手にとってみた。

 木箱を手に取ると、じわじわと温かくなっていくように感じられた。

「ヤバ、この箱『カイロ』みたく熱もってきたんじゃね?……そんなわけないか。まあ、とりあえず寝よう」

 ベッドに戻った彼が眠りについた頃、あの『木簡』は蛍のような柔らかな光を帯びだした。
 彼らが眠っている部屋の中。
 次第に強くなった光は螺旋状らせんじょうに光を放ち出した。やがて薄紫色の光がゆらゆらと部屋を包んだ。

 部屋に起きた静かな変化に気づかず、三人は眠りの中にいた。

 外の物音に目を覚ましたソジュンはベッドの中でつぶやいた。
 「何の音?動物の鳴き声?……
気のせいかな。もう一眠りしよう」

 彼は、そのまま眠りについた。


         第八章に続く

第八章

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