[連載小説]ソグディアナ物語⑧
前の話はこちら
ここまでのあらすじ
ソジュンと留学生・純一は、インディーズバンドを組んだ仲間。
その後ソジュンはデビュー、純一はシルクロード研究を続けていた。
純一、ソジュン、マネージャーのアン・ミンジェの三人はサマルカンド旅行に。
アンミンジェが、ブハラの民宿の亡くなった息子と激似ということに皆、驚く。
歓迎の宴の後、アンミンジェは家に伝わる古い木簡を長老に見せた。
長老は「木簡はソグドの手紙だ」と言い、彼らはソグドの末裔であると打ち明けた。先祖に伝わるソグディアナの物語を語りだした。
三人が部屋に戻ると民族衣装が用意させていた。
寝付けないでいたソジュンが木簡を触ると木簡は熱を持ち始めた。気に留めずにソジュンは、そのまま眠りについた。
彼らが寝ついた部屋でその木箱は光を放ち出した。
第八章 チュルクの若者と征く草原の道
ソジュンが目を覚ました時に、二人の姿は無かった。衣装も彼の分だけになっていた。
「先に食事に行ったのかもな」
彼は慌てて着替え、ぶどう棚の下に行ったが彼らはいなかった。宿の女主人が彼に気づいて声を掛けた。
「あら、お目覚めになりましたか?朝食を用意しましょうね」
彼女は厨房に戻ると焼き立てのナンと熱々のスープを運んできた。
「朝は冷えますからね。スープで温まってください。お茶も用意しますね」
二人がどこかと聞きたくても、ここの言葉がわからない。彼は、黙々と食べていた。
「食事はお済みになりましたか?」
「ごちそうさま。美味しかったです」
(あれ?へんだな。ここの言葉がいつのまにか、わかってる?)
彼女の言うことがわかって会話していることを、ソジュンは不思議に思った。
「ラクダが到着しましたので外へどうぞ。お荷物も載せますから」
彼女に促されて、彼は宿の前に出た。車を停めていたはずのアーモンドの木の下に行くと、宿の脇には数頭のラクダがつながれていた。
その時、聞き慣れた声がした。
「おはようございます、お客様。昨夜は、お休みになれましたか?」
その男は言った。
「アン・マネージャー?!」
ソジュンは驚いて声をあげたが、彼はその言葉を気に留めず話を続けた。
「…少し長旅になりますけどね。こいつは気立てのいい、おとなしいフタコブラクダですから。すぐに慣れますよ」
「同行のものは、先に行ったのですか?」
「お供の方ですか?分かりませんな…私は旭俊様のお迎えにと言われて来ましたんでね…」
(え、別人?似た人が多いな…じゃ、彼らとは現地集合ってこと?)
アン・マネージャーとそっくりと言っても大体髪型が違う。ターバンの下の髪は長く束ねてあった。あまりに似ていて不思議には思ったものの、物事を深く考えないソジュンは、「彼らは先に出発して現地集合なんだろう」と解釈した。
(旅の思い出にって民族衣装まで用意してくれてたからな。『ブハラ観光ラクダ体験ツアー』か。リアルだな)
ソジュンは、目の前のラクダを見つめていた。
するとラクダは大きな優しい目をこちらに向け、「さあ、どうぞ」と言うように長いまつ毛をバサバサさせ瞬きし乗りやすい体勢をとってくれた。
「ラクダは、乗ってみたかったんだ。よろしくね」と声をかけ分厚い毛織物を背に載せたフタコブラクダの背にまたがった。
「うわー、高っ!」
ラクダに揺られて行くと、別の方角からやって来た何頭ものラクダが合流してきた。
砂塵の向こうから湧くようにラクダの隊列が加わっていく。男たちがまたがったラクダは、背の左右にたくさんの荷物を載せたラクダたちを引き連れて砂を巻き上げながら沙漠を進んだ。
隊列の後方には数十頭の山羊や羊たちの群れも塊となって「メェメェ」と賑やかに砂埃をあげラクダに続いた。
いつしか百頭を超える長い隊列になっていった。
「ヤバくない?本格的過ぎる…
まさかロケ?オレに内緒でアン・マネージャーが仕込んだドッキリとか?…それにしても純一とアンマネージャーは、どこにいったんだ?」
疑問には思ったがラクダに乗るのに必死なソジュンは、今は前に進むしかない、と思った。
昨日来た道と違い、周囲には民家もない。ゴロゴロした砂礫が転がる道は、かなり悪い。
(確かに車は、運転しにくいかもな。
こんな所の移動だからラクダなのかも)と、彼は納得する理由を探してみた。
ラクダの背中は広々としているし、ブハラの沙漠が遠くまで見渡せた。
(それにしても建物が全然ないな…)
険しい山道に差し掛かった。ラクダの背中から落ちないように足に力が入る。雪もちらつき出した。手もかじかむ。向こうの山々の頂には、真っ白な雪が積もっているのが見え、キャラバンは途中で何度も暖を取りながら山道を進んだ。
(様子がおかしい…さすがに変だ)
いつも楽天的なソジュンも、さすがに不安になった。
道が細くなり出した頃…正面から馬の蹄の音が近づいてきた。馬にまたがった精悍な男たちは、親しげな笑顔でこちらに向かって来る。
毛皮に身を包んだ若者は、笑顔で叫んだ。
「兄貴、久しぶりでしたな」
「おお!お前か、迎えまで、ありがとう!元気そうで何よりだ。父上も変わりなく元気だ。ローラと甥っ子たちは無事に過ごしているか?」
「おかげさまで、元気にしてますよ。兄貴、まずは俺たちのテントへ!温まるものを準備しておいたんで」
(若者は、迎えに来た男の妹の婿なのか?『ローラ』って言ったか?どこかで聞いた名前だな…)
そう思いながらソジュンたちは、馬にまたがる若者についていった。
冬場はもっと下へ移動し草原の『冬テント』で過ごしている。義兄からの連絡を受けて中継地で休めるように、ここにテントを張って待ってくれたのだという。
中は広く何枚もの毛織の厚い絨毯が敷き詰められていた。壁面には外気を遮断するように毛皮の掛け物で覆われ、テント内は暖かい。
「このスープは、俺たち『チュルク』が冬を越える特別煮込み料理だぞ。食べたら体の芯からあったまるんで。そっちの兄さんも遠慮なく!」
何日も煮込んだ柔らかい山羊肉とネギ入りのスープを飲んだら、ソジュンの頭にも血が通いだした。
(あの馬に乗って迎えに来た人たち、『チュルク』って言ったか?…
それで今晩は、ここに泊まり…?)
彼には、何が起きているか見当がつかなかった。
「これもどうぞ」
チュルクの若者は、塩漬けにした肉をナイフで薄くスライスしながら勧めた。「チーズ、塩パンも遠慮なくどんどん召し上がれ」と膳の上に山の様に盛ってくれた。腹一杯食べた一行は、その夜、そこに泊まった。
翌朝、男は毛皮の帽子とコートを渡した。
「兄貴、しばらく雪道が続くんで、この毛皮を。ここからの山道は凍結している。遠回りだが天山の北を回って草原を通る方が良さそうだ。我らの馬で誘導しましょう」
チュルクの若者の馬を先頭に、ラクダの長い隊列は、険しい山道を進んだ。後方のチュルクの男たちは、ヤギを追いながら進んだ。
岩場の下には川が見える。切り立つ山の細い道をギリギリ抜けて進めば、石がコロコロと落下する。ヒヤリとする瞬間が何度もあった。
ソジュンのまたがるラクダの足元の石も坂を転げ、深い谷に落下していった。
(怖っ!!このツアー、ヤバいよな?)
ソジュンは体が震えてきた。しかし今の彼は、ただラクダに身を任せていくしかなかった。
後方につけたチュルクの男たちは、軽々とヤギを追いながら山道を進んだ。
この地を駆け巡るチュルクにとっては慣れた山だった。長いラクダの隊列を先導して、また後続を守るように通りやすい道へと次第に誘導した。馬の後について細い山道を抜けると、目の前には美しい緑の草原が広がっていた。昨日まで通った真冬の雪景色は、一気に春となった。湖のほとりの草原には、赤や黄色のチューリップが咲き乱れていた。
「うわー、スゲー!」ソジュンは一面の花畑に歓声をあげた。
「ローラに話していた通りだ。チュルク(突厥)の暮らす土地は美しいですなあー」
後ろから、明るい声が聞こえた。
「兄さーん!」
「おじちゃん!!」
駆け寄ってくる子どもの声も聞こえた。
「おお!ローラ、お前たち!元気だったか?」
迎えに来たのはチュルクの若者の家族。そこは広々とした草原に張られた突厥(チュルク)たちの居所のテントだった。
草の上に腰を下ろし、休憩をとった。草原の草は風にそよぎ、小川の流れる軽やかな音もする。
ローラは山羊肉の塩漬けの煮込み、山羊乳を熟成したチーズ等、心尽くしのチュルク料理を振る舞い、彼らを歓迎した。
ラクダたちは、小川の澄んだ水をガブガブと美味そうに飲み、塩を舐めた。オアシスで見つけたという好物のナツメヤシの実をもらって、ご機嫌だった。
ヤギも馬も思う存分、草を喰み、寛いでいた。
腹を満たした昼下がりの草原。
草の上に円を描くように腰を下ろした。
中央に座ったチュルクの男は、コムズ(ウードに似た弦楽器)を奏で、草原の向こうまで響き渡るような歌声で歌った。
しばしの休息の後、いよいよ草原の道を発つ事に。子どももローラも途中までは、一行に連なった。
チュルク(突厥)の遊牧民は、この時代、天山山中を本拠地としてユーラシアの中央から西北までを駆け巡り生活していた。その辺りは彼らの庭のようなものだった。
着込んでいた毛皮のコートや帽子もいらないくらい暖かだ。上着を脱ぎ清々しい風が吹き抜ける中、その隊列は進んだ。
次のオアシスに至った時、チュルクの若者は言った。
「私どもは車師国(トゥルファン)に行くので、ここで失礼する。このまま西に行けば亀茲国に通じるんで。
この先は砂漠が続くから…これをどうぞ。ウチで作った塩味の『クルト』だ。これを食いながら行くといい」
彼は、たっぷりの塩を効かせて作ったヤギ乳のまん丸いチーズのような保存食を手渡した。
「ありがたい。遠慮なくいただくよ。パミールまで迎えに来てくれたおかげで雪山を迂回できて助かった。案内、ありがとう」
チュルクの男が差し出した包みを受け取って感謝を伝えた。
「また来るぞ、ローラ。楽しい時間を過ごせた。甥っ子たちが大きくなったら、亀茲の父上にも孫の顔を見せに来てくれ」
「兄上の顔が見られてよかったです。父上、ロクサナにもよろしく。この子たちが馬の乗り方に慣れて来た頃、必ず参ります」
第九章に続く
いいなと思ったら応援しよう!
応援頂き、ありがとうございます😭
応援に応えて作品を書いていきます!