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[連載小説]ソグディアナ物語13


ソグディアナ物語 (後編)


 厳しい冬を越えたオアシスの
 暁は眩しく輝く
 天山の雪解けが始まり
 水嵩みずかさを増した川は
 音を立てて流れ始めた

 ソジュンが辿り着いたのは
 オアシスが恵みの春を告げる頃の
 亀茲きじだった



 春の日差しを受けた胡楊こようの丸い若葉は水を得て喜び、葉が細くなった古木は千年の乾燥に耐える風格をみせている。

 天山南路の亀茲国は、西域の康国(サマルカンド)と唐の長安の中継地として栄えていた。

 亀茲きじはロクサナの父ダダンブクが、シルクロードの商いの本拠地とするオアシスの都市である。
 ダダンブクは、百頭、二百頭のラクダを連ねて西域各地の文物や宝物はもちろん、楽団を伴い唐へ西域の音楽を届ける薩保さっぽうをつとめてきた。
 薩保さっぽうというのは隊商をたばね往来するソグドの商人のおさのことである。

 春を迎えたとはいえ天山の雪解けの水を集めた川は、手を入れると今も冷たい。
 雨の少ない土地は、川から縦横に張り巡らされた水路カナートで潤うーーー
 水辺には遊ぶ鳥の声、カタンカタンと粉を引く水車の音がオアシスの穏やかな午後に音楽のように響いていた。
 水路カナートから水を引き入れた中庭にはあんずすももが青い実をつけ、柘榴ざくろの赤い花が咲き、駱駝舎の前ではラクダたちが長旅の疲れを癒していた。
 ロクサナの住む亀茲は、そういうところだった。

 ソグドの商人ダダンブクは、砂漠を越え西域を旅して遥々訪れた若者、金旭俊きむそじゅんと遣唐使田中臣純麻呂たなかのおみすみまろの二人を手厚くもてなした。

 宴は、夜更けまで続いた……
 ソジュンは、ロクサナの踊る姿を見た時、鼓動を抑えることが出来なくなってしまった。
 『夢の中の娘』が、今、彼の目の前にいた…
 頬を紅潮させ微笑みながら舞う、ロクサナの澄んだ瞳に見つめられた時、ソジュンは身体中が熱くなるのを覚えた……



前回の話/第十二章
亀茲の月灯りの下で




第十三章 亀茲の春

ロクサナへの思い

 部屋に戻っても、ソジュンは胸の高鳴りを抑えられずにいた。
 自分の身に起きたことを振り返った……

・ブハラで目覚めた朝、突然ラクダに乗せられ、訳もわからぬままに雪の山を越え、花いっぱいの草原を駆け抜けた。
・砂漠では深刻な熱中症に苦しみ九死に一生を得て、オアシスに辿り着いた。
・そこには純一激似の遣唐使の純麻呂がいた。
・アンミンジェそっくりの人物は、ソグド商人だという。


 理由はわからないが、古代のどこかに迷い込んだことは疑いない、と思えた。

 ロクサナとの出会いは、ソジュンにとっては「デジャヴな感覚」だった。
帰る方策を考えることよりも、今のソジュンの頭の中は、ロクサナのことでいっぱいだった。



楽器工房


 翌朝、ソジュンと純麻呂は、チャドの案内で工房へ行くことになった。

「ここが、私どもの楽器の工房にございます。あちらは白楊はくようの木を乾かしているところで……
琵琶作りには、白楊や桑の木を使います。最近では、高貴な方への献上品が多くなりまして……天竺てんじく産の白檀びゃくだん紫檀したんで作ることもあります」

 ソジュンには興味を惹くほどの話では無かったが、純麻呂は熱心に聴いていた。
 留学生りゅうがくしょうとして胡楽を学ぶ純麻呂は、琵琶を作る様子を繁々と見ては仕切りに頷き、時にチャドに質問をした。

「こちらで作っておられるのは、曲頸四弦のものか?それとも直頸五弦琵琶か?」

「純麻呂様はお詳しくいらっしゃいますね。亀茲楽では天竺と同様、五弦琵琶も使います。四弦は西域、康国よりも西の波斯国はしこく(ペルシャ)由来のものにございます。どちらも用いますが、今、作っておりますものも『直頸五絃の琵琶』にございます」
 純麻呂は、興味深く質問しながら製作工程を見学した。

 乾かした木材をくり抜き、腹板と胴を接着し固定する。次に覆手を接着し、さわりを調整していく。さらに絹の糸の弦を張り、仕上げに音色を確認していく。
 その過程を幾人もの楽器職人たちが分担し、丹念に作っていた。
 仕上げは表面の造形、飾り付けである。


 そこにやって来たのは、前日もてなしてくれたチャドの母、マフシード(Mahšid )だった。

「純麻呂様、旭俊様、おはようございます。昨夜はよくお休みになれましたか?今日は工房に来られると息子に聞いて参りましたの。
チャド、あちらの貝細工の部屋は、ご案内しましたか?」
「ちょうど、これからで……純麻呂様、旭俊様、うちの母は、もともと貝工芸の職人でして…せっかくなので母から螺鈿らでんの説明を」
「わかりました。ご説明させていただきますね。
琵琶作りには装飾も重要になります。特に献上品の琵琶には、ひとつひとつ磨き上げた貝を貼り丹念に装飾するのです。『螺鈿らでん』に使う最上級の貝といったら夜光貝ですが……
夜光貝というのは、天竺てんじくの南方の海や、唐の向こうの東の海から取り寄せた貝を用いますが……なかなか手に入いらない貴重な貝なのです。名の通り『夜に光る』美しい貝なのですよ」

 驚いた表情で話を聞いていた純麻呂は、言った。

「『夜光貝』を使うとおっしゃいましたか?……実は、昨日、ダダンブク様にお話しましたが……の母方の祖父は夜光貝を取り引きする貝交易商でございます」
「え?何と申されましたか?貝交易の?しかも、南海の夜光貝をお取り引きされておられるのですか?!」
「ええ…実はここに、祖父から御守りにと貰った夜光貝の首飾りや腕輪を持っています」

 純麻呂は、懐から絹の袋に大切にしまった夜光貝を彼女に見せた。

「まあ!!なんて立派な夜光貝!」
 彼女は、しばらく見惚れるように貝を眺めていた。

「誠に見事な貝ですね!……あっ、そうだわ!純麻呂様、旭俊様、螺鈿職人の父が作った琵琶を奥の部屋から持って参ります。ちょっとだけ、お待ちいただけますか?」

 彼女は奥の部屋から琵琶を持って出てきた。

「この貝で作った貴人への献上品の方は納めたのですが、この一体だけは形見として大切にしていました…よろしかったら弾いてみられませんか?」
「そんな貴重な琵琶を触ってもよろしいのか?」
「もちろんでございます」

 琵琶を受け取った純麻呂は、弦を爪弾いた。

 ビーン…
 バーン…
 張りのある音が響く。
 その時、工房の外から呼応するように鳥たちがさえずりだした。

 水車の音、川の音…
 オアシスでは、自然の音すら音楽に聴こえるようだった。

「はあ〜この音色は…今までが弾いてきた楽器とは明らかに違う。
天まで届きそうな張りのある高い音、しかも低音は優しくまろやかな響きがする」

「ここの土地は楽器作りに適しているのです。手間のかかる作業ですが、楽器作りにとって奏でて頂けることが喜びにございます。祖父はよく『どこで奏でられるかも考え作っておる』と申しておりました。
乾いた土地での音と、湿った土地での音とでは異なった奏でになるそうなのです」

チャドは、二人を促すように言った。

「向こうに参りましょうか。他の楽器を作る職人がおりますので」

 別の棟からは賑やかな試しの音が聴こえる。そこでは、くうごう・笙を作っていた。亀茲楽では、たくさんの楽器を用いて演奏するが、それは華やぎを加える楽器たちだ。

 外では山羊の皮を乾かし、部屋の中では乾燥させた山羊の皮を張り羯鼓かっこを作っていた。羯鼓かっこは、西域の太鼓である。
そこにパールヴァンがやってきた。

「金旭俊様、純麻呂様、ようこそいつらっしゃいました。ここの工房のパールヴァンでございます。
鞨鼓かっこ珍しいですか?西域から伝わった太鼓なんですよ。ドンドンドドドドドッと撥で何度も叩いて、何度もスピードを上げて回転する胡旋舞を盛り上げたり、手で叩いて迫力を加えることができるんです」

 鞨鼓かっこを気に入ったソジュンは叩かせてもらった。
「おお、これは凄い!!」
 (杖鼓チャンゴに似てるな)とソジュンは思った。

 山羊皮は、質の良い草を食んで育てたものを遊牧民たちから仕入れることが多かった。
 チュルクは移動して山羊や羊たちを育てて暮らす遊牧民で必要な物資の仕入れのため、年に数回、ここを訪れる。
 家畜から作られる乳製品や楽器制作に欠かせない山羊皮、防寒着用の毛皮を持ち込んで、ソグドの民の絹や農産物と物々交換するのだ。

 チャドが言った。
「そう言えば、旭俊様。草原を通って来られたとお聴きしましたが…
ダダンブク様の長女ローラ様の嫁ぎ先の突厥の旦那様に、お会いになりましたか?草原の皆様も、夏のはじめには、バザールに降りて来られるかもしれません」
「ローラ様も来られるかしら?お子様たちにも早くお会いしたいわぁー」


          第14章に続く



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