[連載小説]ソグディアナ物語19/唐に向かう薩保ダダンブク
前回の話
あらすじ
『シルクロードJUN JUN』のソジュンはデビューし、ミュージカルでも活躍。
シルクロードの研究者になった初期メンバーの純一とマネージャーのアン・ミンジェと三人は、サマルカンドへ旅に出た。
ところがソジュンは、ひょんなことから夢で何度も見た砂漠のオアシスに辿り着いた。
ソジュンが消えブハラに残されたアンミンジェの前に古代の出立ちの『金旭俊』と名乗る若者が現れた。
遅れて到着したNAOまでが翌朝消えた。
長老は、
「どうやら『時の扉』があいてしまったかもしれない。NAOは、過去からやって来たナオシャンダ姫かもしれない」と言い出した。
一方で、古代のオアシス亀茲に到着したナオシャンダとニルファナたちは、歓迎の宴で迎えられた。
またダダンブクは、タクラマカン砂漠を越え唐に急いでいた。
唐に向かう薩保ダダンブク
灼熱の地獄で奪われた疲労が回復しないまま、隊列は夜を迎えていた。昼の遅れを取り戻そうと、ラクダの鈴を響かせながら、長い隊列は夜を進んだ。
薩保のダダンブクは、いつもなら無理をしない。しかし今夜に限って、急ぎの要求に応えようと峠の向こうの小さなオアシスまで行くことにしていた。
峠に差し掛かった瞬間、急に風向きが変わった。風が背中を押すように吹き始めた。
「マズイ……!」
ダダンブクの心は、ざわめいた。
(いかん、不吉な予感がする……
砂漠で夜営した方がよかったやもしれん…)
背中を押す風の中は進みやすいが、風下に音を知られてしまう。山に差し掛かかるタイミングで、最悪な風向きになってしまった。
その瞬間、山影から馬にまたがる屈強な男たち数十人が飛び出し、彼らの行手を塞いだ。
「何やつ!?」
商団の護衛隊は剣をかざし、応戦した。
屈強で腕っぷしの強い突厥で編成された護衛隊は、盗賊には慣れている。だが今回の盗賊団は、かなりの人数だった。護衛隊に襲いかかる筋骨隆々な盗賊たちの向こうでは、すばしっこい奴らがラクダに跨る者たちを剣で脅し、ザンダニジを載せたラクダごと奪い取っていった。
山羊や羊たちは、「メエエ〜〜メエエ〜〜ッ」と上擦った声をあげ、砂を巻き上げ散り散りになった。盗賊たちは、逃げ惑う群れを、自分たちの方へと追い込んでいった。
当然、彼らが目をつけていたのは玉の方だった。
今回の隊商が大量のザンダニジの他にも、高価な玉を運んでいるのを知っていたかのように、ザンダニジ錦を手荒に投げ捨て、玉を探した。
「ねえぞ!」
「錦ばかりじゃねえか!チェッ、コイツら、玉をどこに隠してやがる…」
「無いのか?誰が持っておる!」
「ダダンブク…ダダンブクを探せ!!」
錦の間に玉を隠してないか確かめては、バサッバサッと錦を砂に放り投げた。砂まみれになった錦を手荒に拾い上げ、ラクダの背に載せた。
「おったぞ!!頭ぁ!!薩保を見つけましたぞ!!」
「お前だな?!ダダンブク」
盗賊は目を光らせダダンブクに襲いかかり、喉元に剣を突き立てた。
「ダダンブク、おまえだな。さあ、玉をおとなしく渡せ!!」
盗賊たちはダダンブクを取り囲み、取り押さえ剣を向けた。
今回の大量注文を強奪されたら、巨額の損失となるだろう。しかも商人としてのダダンブクの信用が失墜し薩保の権利を失う事態が危ぶまれた。
(玉の財宝が残ったからとて、すでに大勢の護衛が負傷し、仲間たちの中には命を落とした者もいる。山羊や羊も奴等の手に落ちた。このまま進んでも、すぐに食糧と水が尽きるだろう)
「どうする?玉を守ってオレらの相手をするか?命を取るか?」
盗賊は、二択を迫った。
ダダンブクは、腹を決めた。
(隊商の者たちの命だけは護る!)
「お前らの頭はどこにおる?ここに連れて参れ」
白い馬が駆け寄ってダダンブクの前で止まった。顔に深い傷のある男が、馬の上から彼を見下ろしニヤッと目を光らせ叫んだ。
「俺だ!」
ラクダから降りたダダンブクは、目をつぶって、ゆっくりとひざまづき、手を合わせ命乞いをした。
「旦那、錦も玉も持って行かれませ。
ただし、条件を守ってくれましたらですぞ。皆の命を助けてくださる約束をしてくださるなら、お渡ししましょう」
「なあに、お前らの命なんかいらねーさ!さっさと玉を寄越せ!!」
盗賊の頭の顔を見たダダンブクの護衛が、上擦った声で言った。
「お、お前は?!」
「そうよ、久しぶりだな!お前と、こんなところで会うとはな。ガキの頃は並んで、草っ原を駆け巡ってたのによ〜皮肉なもんだな!」
護衛の若者は、敵となった幼馴染のすっかり変わった姿に思った。
(アイツ、西突厥と東突厥の抗争の混乱の中、どちらにも属せず徒党を組んで盗賊となっちまったのか?)
この時代は、突厥にとっても混乱期にあった。
ダダンブクは、何人かに分けて持っていた重い革の鞄を盗賊の頭の前に投げるように差し出した。
中を確かめた後、頭は言った。
「フン!!玉さえあれば用無しよ。お前らの命など、俺らたちには関係ねーからな。
アイツとの昔のよしみだ。まあ、そっちのラクダだけは残してやるさ。せめてもの情けよ。
タクラマカンじゃ、いつだって命懸けさな!
こっから生き延びれるかなんて、お前たちの運次第よ。あっちの地獄と戦うんだな。あばよ!」
台詞を吐き捨て、砂埃を巻き上げ盗賊たちはアジトのある山の向こうに駆け去った。
砂漠を二百頭連ねて旅してきたダダンブクの隊商は、ラクダ十数頭になった。
(食糧と水が尽きる前に、亀茲に戻るのだ。命は助かったとはいえ、食糧を持ち去られ傷を負った隊商で、タクラマカンを引き返すのか…)
「ダダンブク様、辱い。ワシら護衛がいながら、面目ない……」
「いや、あの時、俺が風を見誤ったんじゃ。
お前たちこそ傷を負わせてしまった。すまない。深手を負った者はおらぬか?手当てを頼もう」
ダダンブクは、自身の不安を隠し、傷を負って戦った者たちを労った。
隊列の後方にいた若いソグド商人の一人が言った。
「ダダンブク様、たいへんなことになりました……ここから、どうしたら良いのでしょう」
「うむ。まずは残った水と食糧を確認せよ。今夜の寝ぐらのオアシスまで何とか持ち堪えよう。とりあえずの手当てをして、そこで傷を負った者の手当てを頼む」
「かしこまりました!ダダンブク様」
同伴の薬師は、答えた。
彼らは、星を頼りに方角を定め、一番近い、オアシスに向かった。そこで夜営を貼ることにした。
胡楊の木の下に腰を下ろしたダダンブクは、深い溜め息をついた。
(あれは、単なる盗賊ではないかもしれぬ。ワシを狙ってきたのだ……
考えてみたら怪しい事がたくさんあった。
唐からの大量のザンダニジの注文。
玉を急ぎで持ってくるようにとの連絡。矢継ぎ早の注文で隊商の者が分散された。
本来なら短距離移送の駅伝方式で引き継ぐのが慣習なのに、長距離移動せざるを得なくなった。
だから今回は、無理な隊商を見込んで息子に加勢を頼んだのだ。
しかし天竺への楽器の急な発注で、息子はそちらに行かされた。
そのため護衛の数が分散された………
もしやワシの薩保の権利を奪うための謀だったのか……?)
モヤモヤした気分が、ダダンブクの頭をよぎった。
アイツら、唐での利権を奪うため俺を狙う商人と手を組んだのかもしれない……
月の光の無い砂漠は、闇の底に引き摺り込まれるように重く暗かった。
第二十章に続く
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