恐怖は、「自分が見ている世界」を教えてくれる

こんにちは。心理整理カウンセラーのあやかです。
最近、こっそり続けているアメブロ経由で、
営業のLINEを送ってくださった方がいました。
こんにちは♪よろしくお願いします。
とても素敵な記事ですね。
こちも参考になれば幸いです!(アメブロ集客コンサルのリンク)
これからも楽しみにしています。
今回は「私の作った動線がうまく機能してるな」と感じましたが、
前は、営業DMが来るだけで心がざわついていました。
嫌だったんですよね。怖かったし、恥ずかしかった。
営業DM自体が怖かったわけじゃなかった
以前の私は、「営業DMに屈しない」みたいな感覚を持っていました。
だから、
怖いと思うこと自体が負け。
反応したらダメ。
なんとも思わない自分でいなきゃ。
そんなふうに、自分を保とうとしていたんです。
でも今振り返ると、
本当に怖かったのは営業DMそのものじゃありませんでした。
それを見た瞬間、
「あなた、できてないよね」
「本当は苦しいんでしょ」
「もっと頑張らなきゃダメなんじゃない?」
そうやって、自分が自分を責めて、勝手に傷ついていたんです。
人は“事実”ではなく、“解釈”で傷つく
実際に起きていたことは、すごくシンプルでした。
知らない人から、「お力になれることがあれば」と営業DMが来た。
ただ、それだけ。
でも私は、そこに勝手に意味を足していたんです。
「未熟だと思われた」
「見透かされた」
「ちゃんとできてないって言われた」
つまり私は、
送ってきた相手ではなく“できていない自分”に反応していたんです。
「営業する人は、私を深く見ている」と思っていた
たぶん私は、
人との関わり方を“自分基準”で見ていたんですよね。
私にとってDMやコメントって、
相手のことを考えて、言葉を選んで、失礼がないように、
ちゃんと気持ちを届けるもの。
そんな感覚でした。
だから営業してくる人も、
「私を見て」「私を理解した上で」声をかけている。
どこかでそう思っていたんです。
でも実際は違いました。
今回のような営業って、
一人ひとりを深く見ているというより、
まずは数を送ることが目的だったりします。
言ってしまえば、私は“たくさん送った中の一人”だったんです。
でも当時の私は、それを“自分への評価”として受け取っていたんです。
「怖い」は、本音を教えてくれる
私はよく、「恐怖を知る」という言葉を使います。
でもそれって、怖くなくなることじゃありません。
怖いままでもいい。
嫌な気持ちのままでもいい。
大事なのは、
“私は何を怖がっているんだろう”を知ることなんです。
今回の営業DMで言えば、
「こんな自分じゃダメだ」
「もっとできるようにならなきゃ」
そうやって、
私はずっと自分を追い立てていました。
だから営業DMが怖かった。
つまり、営業DMは“原因”じゃなかったんです。
恐怖は、「自分が見ている世界」を教えてくれる
営業されても平気な人。
ちゃんと自立している人。
以前の私は、
そういう人間にならなきゃいけないと思っていました。
だから少しでも「できてない自分」を感じると、
許せなくなっていたんです。
でも今は、
「私は、できてないと思われるのが怖かったんだな」と理解できる。
その怖さは、
誰かに言われたわけじゃなく、確かに私の中にあったものです。
私は、
「できてない自分は、一人前として見てもらえない」
そんな価値観で世界を見ていたんです。
これを知るだけで、見える世界って少し変わるんです。
恐怖を受け入れるって、感情を消すことじゃありません。
“自分がどんな前提で世界を見ていたか”を知ることなんだと思います。
怖い気持ちは、そこにあっていい。
嫌な気持ちのままでもいい。
ただ、「私は何を怖がっていたんだろう」と見つめてみる。
すると少しずつ、
“怖い世界”だったものが、“自分がそう見ていた世界”へ変わっていく。
恐怖を知るって、そういうことなんだと思います。
こうした反応を繰り返してしまう根本的な原因や、
心の深い構造については、こちらの記事で詳しく解説しています。
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またお会いできることを、楽しみにしています。
